秋元康の作詞数
「天才を決定づけるのは『量』にほかならない」
天才を定義することはむずかしい。なぜなら天才とはほとんどの場合、ある特定のジャンルにおいて「定義」そのものを作ってしまう人物、を指すからだ。
作詞家でありながらアイドルのプロデューサーとして働く秋元康という人物の内に天与の才を見出し認めるならば、それはまず、アイドルとは夢見る少女たちが一箇所に集合するグループアイドルつまりAKB48のことだとする共通認識を決定づけた点、つまり「アイドル」におけるあたらしい枠組みを作り出した点に一致するだろう。
また、AKB48のヒットによってアイドルシーンがかつてないほどの盛り上がりを見せ、隆盛を誇るにもかかわらず、そのアイドルを批評することで生活を成り立たせる作家がこれまでに一人も生まれていないという、アイドルの成熟化に行き詰まった状況にあるなかで、詩作を通しアイドルを物語ることで自己をあらためて知っていく、つまり自己の生活をゆたかにしていくという、正真正銘のアイドル批評を叶えてしまう唯一の存在として、アイドル批評の枠組みを作り上げた最初の作家としても秋元康は「天才」の称号を得るだろう。
そしてなによりも秋元康という人を天才たらしめるのがその詩作のペース、執筆の熱量であり、本人の言によれば、40年の作詞家キャリアのなかでノートに記した曲数は約8000。実際に制作に至った楽曲数は約4500、と常人離れしたモチベーションを打ち出している。文豪バルザックをして、あるいはエミール・ゾラをして、天才とはつまり「量」である、と打ち立てられた格言に作詞家・秋元康もまた一致するのではないか。
と、ここで気になるのは、ではその4500曲の内、AKB48から連なるアイドルシーンに投げあたえられた楽曲数はいくつか、という点で、今回は、秋元康が作詞した、AKBグループひいては坂道シリーズにおけるアイドルソングの総数を調べ、数えてみた。調べた、とは言っても、あくまでも「アイドルの値打ち」を書く際に役立てる情報として個人的にメモしていたものをあらためて指を折って数え上げたにすぎず、個人の趣向明らかなデータであることはあらかじめ付言しておきたい。
秋元康が作詞した曲数は以下のようになった。
AKB:464曲
SKE:184曲
NMB:195曲
HKT:103曲
NGT:46曲
STU:49曲
SDN:21曲
乃木坂:262曲
欅坂:76曲
櫻坂:41曲
日向坂:82曲
吉本坂:17曲
計1540曲 (2023/03/19時点)
この「1540」という数字を前にしてまず思い馳せるべきは、なにを今更、と嘲笑われるかもしれないが、その「1540」が一人の人間の手によって積み上げられてきたものだという点だろう。
これまでに秋元康プロデュースのもと約1200人の少女がアイドルとしてデビューしてきたが、2006年にアイドルのことを桜の花びらに喩え歌ったその日から間断なく散り亡んできた夢見る少女たちのなかにあって、変わることなくつねに現実とフィクションのあいだを、現在と過去のあいだを行き交いし青春を反復してきた作詞家のその詩情がシーンにあって唯一、成熟していることは当然の結実と云うしかない。
言葉を作る、というのは、そのまま、考える、ということである。考える人は、つねに成長する。アイドルの魅力とはビルドゥングスロマン、すなわち「成長物語」にある、と唱えるとき、そのアイドルの物語を編み続ける作家がほかのだれよりも成長してきたことはこの上ない頼もしさを投げると同時に、それが今日のアイドルの幼稚性に一役買っていることもまた確信させる。
シーンに誕生してはまた去っていく少女たちの循環、つまりアイドルから卒業することで本物の成熟を入手する少女たちをよそに、一人ずっと同じ場所で、アイドルの横顔に重なるべく現在を見たり、過去を見たり、青春を反復することは当然、未来へと成長し成熟していく作詞家の思惟に矛盾を生じさせる、のではないか。詩を、文章を、言葉を書くことで成長しようとする自己の足をつかむのが、ほかでもないアイドルだという倒錯した情況に作詞家・秋元康は立たされてきたのではないか。
作詞家・秋元康はたしかに成長している。たとえば詩作において詩情を投げ捨て散文に傾倒することでそこに小説のような物語を映し出すことに成功するその手腕は、AKB48を立ち上げた当時の秋元康には備わっていないものだった。しかしアイドルを通して詩作を試みる際には、多くの場面においてその手腕は音楽に傷をつけているように見えるし、なによりも多くのアイドルにとっての「現在」から遠く離れているかのように思われる。
この、自己の成長を最大限に活かすことができない虚しさが、今日のアイドルシーンの幼稚性を相対として映していることは、もはや説明するまでもない。
こうした作詞家の横顔への想像=これまでに持つことができなかった視点を前にして、今回、当サイト「アイドルの値打ち」のなかで批評してきた楽曲の、その「歌詞」に対して付した点数のいくつかを見直すことにした。結果、20点満点中、16点以上を付した作品は以下のようになった。
20点
・365日の紙飛行機
・僕のこと、知ってる?
19点
・10月のプールに飛び込んだ
・君の名は希望
18点
・桜月
・僕らの春夏秋冬
・青春と気づかないまま
・ひと夏の長さより…
・絶望の後で
・Sing Out!
・他人のそら似
17点
・サイレントマジョリティー
・心にもないこと
・絶望の一秒前
・最後のTight Hug
・きっかけ
・後悔ばっかり
・もう森へ帰ろうか
・片想いの入り口
・恋するフォーチュンクッキー
・帰り道は遠回りしたくなる
・ブランコ
・二人セゾン
・空気感
・君に叱られた
16点
・Darkness
・ここにはないもの
・イマニミテイロ
・エキセントリック
・全部夢のまま
・錆びたコンパス
・他の星から
・暗闇
・アンビバレント
・今日は負けでもいい
・しあわせの保護色
・夜明けまで強がらなくてもいい
・サヨナラの意味
・何度目の青空か?
・全力グローイングアップ
・悲しみの忘れ方
・青春の馬
・黒い羊
・Green Flash
・人は夢を二度見る
2023/03/19 楠木かなえ