乃木坂46 他人のそら似 評判記
「他人のそら似」
楽曲、歌詞について、
『君に叱られた』のカップリング曲。グループ結成10周年記念作品。
結成10周年記念セレモニーで初披露された。乃木坂46に所属するアイドル全員が歌唱メンバーに名を連ねる、「詩」の系譜に立つ楽曲。ゆえに「集大成」と言うよりも「クロニクル」の趣が強い。一連の過去作品の振り付けを、散文詩にのせストーリー仕立てに組み上げることで、乃木坂のメモリーを明快に打ち出している。
まず、タイトルが良い。こういった日常における神秘の出来事を拾い上げ、音楽のなかで物語を起こしていく際の作詞家・秋元康の力量・熱量には目をみはるものがある。青春の日々を現在に蘇らせるその鉄壁の手腕、ノスタルジーを活用して未来への希望をひらくその手腕は、比べるものがない。
表題作(『君に叱られた』)のテーマにしっかりとならっている点も良い。恋愛を歌うことが「アイドル」を想うことに結ばれるという、落とし込みを忘れていない。過去の恋人の優しさに、今眼の前に立つ恋人を眺めることで初めて気づく。そうすることでより”彼女”のことを愛していく、という、恋愛の循環を表現した表題作と並べた際の今作の特徴は、ノスタルジーに、つまり古い思い出になってしまったもの、つまり「過去」と偶然にも出会うことで、その体験を経て未来をひらいていく、前を向く、という希望の物語を印している点だろうか。
今作における、他人のそら似というシチュエーションに見る魅力は、大別すると次の2つになるのではないか。
ひとつは、アイドルを卒業し、現実へと還っていた元アイドルとの邂逅の物語。これはかなりロマンチックで、情動を揺さぶるものがある。数多くのアイドルを、夢見る少女とその泡沫を間近で眺めてきた人間だけが、体験し、想像し得るシチュエーションと言えるかもしれない。もちろん、そのすれ違った人が、ほんとうに元アイドルである必要はない。すれ違った際に、ふと、過去の記憶が呼び覚まされるのならば、それで良い。それだけで、そのひとつの出来事、ひとつの瞬間があるというだけで、アイドルたちは救われるのではないか。
もうひとつは、その呼び覚まされた「過去」が、グループにあたらしく加入するアイドルに重なりあっていくであろう点である。以前どこかで見かけたことがあるような、むかし好きになった少女のひとりに似ているような、ほかのなによりも大切なものだったはずなのに、いつのまにか忘れていたことを思い出す、ような、運命がすこし違えば描かれるはずだった物語、という気づくことのなかった可能性を前にして、ひしがれ、失ってしまったものを取り戻そうとする、ような、運命のいたずらが目の前に立ち現れたと宿命的に錯覚するような、一種のデジャブが、あたらしく出会った少女の魅力の戸口を開くことに成功する。
ある一人のアイドルの卒業を見送ったアイドルファンが、心地の良い思い出・感傷の時間から脱し、次の、あたらしい時代を生きる、次世代アイドルの物語を読み始めようと、重い腰を上げるきっかけとは、往々にして、かつて自分が”推した”、夢に乗ると誓ったアイドルと遠く近く響き合う横顔をもった、どこか懐かしいと感じさせる少女との偶会、ではないか。過去と現在がつながった瞬間、ファンのこころの内に、アイドルの系譜図が引かれ、新しい物語が自己の内に編み上げられるわけである。
一つのアイドルグループが、10年続いた、ということの意味、計り知れない価値を考えるとき、その原動力にあるものはなにか、問うならば、やはり連綿と続くアイドルたちの物語にあるのだろうし、ではなぜアイドルの物語が途切れなかったのか、その核心を今作品はうたっている。
人がひとを好きになるきっかけの一つに「他人のそら似」というシチュエーションがあり、過去に愛した人と似ていることが恋のきっかけとなった、という展開で終わらせるではなく、眼の前に出現したその人がなぜか気になることで、運命という甘やかな言葉のなかで忘れていた大切な過去が蘇ることで、眼の前に立つ「君」は「君」でしかないという、アイデンティティの追求を叶えるところなどは、乃木坂46というアイドルグループの魅力をありのままに映し出している。表題曲と同じく、希望に満ち溢れている。
いま自分が応援しているアイドルと過去のどこかですでに出会っていなかったか、すれ違っていなかったか、と人生をふり返ってみるのも、またひとつ、おもしろいのではないか。
歌唱メンバー:秋元真夏、生田絵梨花、伊藤理々杏、岩本蓮加、梅澤美波、遠藤さくら、賀喜遥香、掛橋沙耶香、金川紗耶、北川悠理、北野日奈子、久保史緒里、黒見明香、齋藤飛鳥、阪口珠美、佐藤楓、佐藤璃果、柴田柚菜、新内眞衣、鈴木絢音、清宮レイ、高山一実、田村真佑、筒井あやめ、寺田蘭世、中村麗乃、早川聖来、林瑠奈、樋口日奈、星野みなみ、松尾美佑、向井葉月、矢久保美緒、山崎怜奈、山下美月、弓木奈於、吉田綾乃クリスティー、与田祐希、和田まあや、(大園桃子)
作詞:秋元康 作曲:youth case 編曲:佐々木博史