乃木坂46 佐藤楓 評価

乃木坂46

佐藤楓 (C)アップトゥーボーイ/ワニブックス

「塀からどっち飛び降りようか?」

紅葉の季節。黄金に色づいたサトウカエデの繁る丘陵では、そろそろシロップ造りのための樹液採取が始まり、麓の牧場では、酪農家たちが《北東王国秋落葉祭》に出品する見事な白黒ぶちの乳牛や小柄だが精悍なモルガン馬の手入れに専心している。

山口雅也 / 生ける屍の死

乃木坂46の第三期生とは、まさしく「ハーベストムーン」であり、佐藤楓もまた”酪農家”や”白黒ぶちの乳牛”、”精悍なモルガン馬”を鮮明に照らす光りのひとつである。表現力は痩せているが、遮られた過去=日常の回想、叶えた夢のカウントなど、まだ雨が届かない曇り空の下で傘を広げるような叙述に溢れたアイドルを書いており、成長共有への姿勢に瑕疵はみつけられない。夢を抱かずにはいられなかった少女、ではなく、夢を持てなかった少女の物語。表情の強張りが目立つ場面も多いが、優雅で華やかなシルエットの持ち主であり、均斉の見地から、アイドルシーンのなかにあっては群を抜く存在と云える。シックな気性の持ち主で、能弁ではないが少しずつゆっくりと本音が出てくる。深夜にパジャマ姿で行われたパーティーゲーム。騙し合い。筋書き通りに進行するゲームの軌道を逸らそうと度胸のある立ち居振る舞いを彼女が選択できたのは、物語の作り方に意識的だからだろう。「自分じゃない感じ」という岐路の発見、選択、指し示された駘蕩との融和、アイデンティティの確立と、アイドルが自己の枠組みを叩く瞬間をファンは眺めることが叶ったはずだ。
佐藤楓は、強靭とまではいかないが、ある種のタフさは把持する。安易にタフと表現してしまうと女性の持つ繊細さへの看過に映るが、頑健の面影に凭れる信頼の存在もまた無視することはできないだろう。山下美月が「倒れた」日、はじめて第三期生に物語性が付与されたと確信するが、その裏付けが「信頼感」である。白石麻衣の「保存」を達成した段階で、乃木坂46が黄金時代を通過するためにもっとも重要視する資質は「信頼感」と設定された。信頼こそが「白石麻衣の保存」の成功を模倣するための工具である、という姿勢をグループは貫いている。そのフラグシップであった山下美月が「倒れた」意味はやはりおおきいだろう。梅澤美波、佐藤楓もまた山下と類似する存在理由を抱えているのだから。ギニョールの糸が切れ、意思を勝ち獲ったアイドルが動きはじめる。だから、減衰する物語が、美が生まれる。儚さが立ち現れる。佐藤楓がそのような岐路に立ち、塀からどちらに飛び降りるのか、という選択を迫られる日も近いのではないか、とおもう。

佐藤楓は駅伝競走に対する造詣が深いと聞く。歩くことはモノローグの発見と転換であり、走ることはモノローグの錯綜と転向である。どちらも孤独な「作業」だ。

おれに関するかぎり、時にどう感じまた他人が何と言って聞かせようが、この孤独感こそ世の中で唯一の誠実さであり現実であり、けっして変ることがない…。おれのうしろの走者はうんと遅れているに違いない。あまりにも静かだし、霜のおりた冬の朝五時よりもまだひっそりと、物音も物の動く気配もない。…ともかくわかっていたのは、なぜ走っているのかなど考えず、ただせっせと駆けなきゃならないことだった。とにかく野を抜け、不気味な森へはいり、上り下りも知らぬうち丘を越え、落ちたが最後心臓がおだぶつになってしまう小川を飛び越えて、どんどん走らなきゃならないんだ。観衆はやんやの喝采で迎え入れてくれるだろうが…おまえは息をつく暇もなく、まだまだ先へ走らなきゃならない…。そしてほんとうに立ち止まるのは、木の幹につまずいて首の骨をへし折るか、それとも古井戸に落っこちて、永遠に暗闇の中に沈んでしまうかのときなんだ。そこでおれは考えた-たかがこんな競争なんてお笑いに、おれが縛られてたまるもんか、ただ勝ちたい一心に走るだけじゃないか、ちっちゃな青いリボンをもらうためにトコトコ駆けるだけじゃないか、奴らが何と言おうと、そんな人生ってあるものか。

アラン・シリトー / 長距離走者の孤独 (訳:河野一郎)

情報の囲繞に対する闘争は露出するが、波紋を投げ付けるような仲間との対峙、演劇、つまりモノローグを佐藤楓は、未だ作らない。それは結局、残酷にさらされずに、境遇に甘えることが可能だからである。彼女はまだ孤絶に遭遇していない。闘争と対峙しなければならない境遇に置かれてはじめてモノローグを開示し、転向するのではなく、境遇の如何に左右されずに仮面の鎖を切り落とす独白こそがファンに夢を与え、アイドルは「豊穣」を獲得するが、佐藤から同種のモノローグはうかがえない。そのような意味では、佐藤楓は「豊穣な物語を抱える」アイドルと「辛うじてアイドルになっている」アイドルの隙間に漂っている、と描写しても良い。2作連続で乃木坂46の表題曲の歌唱メンバーに選抜されるというのは、現代アイドルシーンにおいて文句なしの快挙と云えるが、他の「長距離走者」にとっては、佐藤楓は”青いリボン”をもらうための分水嶺と映るだろう。伊藤万理華、井上小百合がそうであったように、次世代アイドルたちが希望と同時に遭遇する試練として「佐藤楓」という一本の線が引かれている。彼女はその線を越えようと試みる”うしろの走者”と対峙し、迎え撃たなければならない。

 

総合評価 60点

アイドルとして活力を与える人物

(評価内訳)

ビジュアル 14点 ライブ表現 11点

演劇表現 10点 バラエティ 12点

情動感染 13点

乃木坂46 活動期間 2016年~

引用:見出し、秋元康 / 自分じゃない感じ

評価点数の見方