乃木坂46 中西アルノ 評判記
「エデンの少女」
中西アルノ、平成15年生、乃木坂46の第五期生であり、13代目センター。
現代人を映す鏡のひとつに「アイドル」があるのならば、中西アルノほどその役割を全うした登場人物は――すくなくとも島崎遥香以降では――ほかに見つけられない。氾濫する情報のなかで社会の一面として現れた大衆の幼児性、常に清廉潔白・無害であろうとすることで他者の不純さに眼を光らせる、とりわけ、変えようのない過去の出来事にスキャンダルを求めるその幼児性の的になってしまった人間がどのようにして立ち上がり前に向き直るのか、どのように自身の過去を乗り越え成長するのか、という今日的テーマを、乃木坂というオーヴァーグラウンドにおいて象徴し、自らの意思とはあくまでも無関係に、アイドルの物語にかえて、中西は体現している。
アンダーグラウンドの内にしか見いだすことのできない感興をオーヴァーグラウンドにおいて投げ与える希有な存在だと、換言しても良い。無害で生真面目なアイドルが大衆の理想になった結果、瞳の褪せた少女に溢れかえる現在のメジャーシーンにあって、つまり衰退・索漠の色をより増したアイドルシーンにあって、野性的な気魄をひそめる中西は、新たな、そして最後の希望と云えるかもしれない。ジャンルとしてのアイドルの可能性を地下から奪回する、アンダーグラウンドからその特権を剥奪するような迫力をこの人はもっている。
特筆すべきは、大衆が中西の過去を探り暴き立てようとするその行為の原動力にもまた「過去」があるという点だろうか。彼女に苦味をあたえ、またアイドルとしての飛翔を後押しする過去は、彼女自身の過去だけではない。あらためて説明するまでもなく、そのもうひとつの過去とは「平手友梨奈」のことであり、他人のそら似という超常的ノスタルジーの出現が、平手友梨奈に顔が似ているという理由だけで毀誉褒貶を買ってしまうその運命の逃れがたさが、中西アルノという人に高い神秘性を付与しているかに思われる。そうした境遇を、つまり生まれ持った美質と後天的な性質のどちらにも苦しめられるその境遇を物ともせず、どちらの過去をもかいくぐってしまう知的さ、可憐さ、胆力をそなえもつところなども、アイドルとして段違いのセンス=可能性を示している。
平手友梨奈=天才とのフュージョンを描き出すことで、乃木坂を内側から焼いていくアンファン・テリブルが誕生した。『Actually…』と名付けられた、秋元康の、欅坂46の息のかかったイストワールの中心に立たされた中西にとって、「アイドル」とは、希望との遭遇=救いなどではなく、大衆という得体の知れない生き物が放つ腐臭を前に、ほんとうの自分だと確信しているものを自ら否定せざるをえない、絶望にほかならなかったようだが、この、希望が犠牲にしかありえない、錯覚としてのコズミックホラーを「アイドル」という概念のなかに打ち立てた点を、なによりも高く評価すべきだろう。過去のアイドルの横顔を次の新しいアイドルの横顔にかさねあわせ影像を飾ることでようやく延伸を果たす今日のアイドルシーンの性(さが)、ある種の命運に、ほかのだれよりも痛切に捕えられることで、アイデンティティの追求という、自己発見をめぐる現代人のテーマをも、彼女は体現している。
その犠牲はまた、つまり、アイドルとの出会いが「希望」になる、日常生活の「夜明け」になると歌い踊ってきたグループのこれまでの物語とは対蹠的(たいせきてき)な、生まれ持った個性を抱擁される暮らし=エデンから脱出することがアイドルへの変身を意味するという逆説した中西の成り立ちはまた、この現代でアイドルをとおし夢を見ることはデッド・キャット・バウンスでしかないということを、克明に教えてもいる。
総合評価 82点
現代のアイドルを象徴する人物
(評価内訳)
ビジュアル 16点 ライブ表現 15点
演劇表現 14点 バラエティ 19点
情動感染 18点
乃木坂46 活動期間 2022年~