乃木坂46 中村麗乃 評価

乃木坂46

 

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「木から落ちる木の葉のように」


ルックス、スタイル、ダンススキルと高水準で保たれているアイドルである。中村麗乃が最も輝くのはフロント、それもセンターであろう。手足がうつくしく長く、居合い抜きのような寂寞とした緊張感を伴うダンスは、心に迫る”なにか”を感じる。俯いたときの細い眼が、顔をあげたときには力強く発光している。胎動という観点からみれば、経験を積み、多彩な表現力を身に纏ったとき、欅坂46の平手友梨奈が生息する分野で、彼女に正面から対抗できる稀有な存在になるだろう。ポテンシャルという意味では、同グループの佐々木琴子に次ぐ人物、「逸材」である。

危惧があるとすれば、それはモチベーションの維持だろうか。トップアイドルである乃木坂46の黄金期に収穫された第3期生には、前田敦子や生田絵梨花の系譜に連なる山下美月、未曾有な底知れない魅力を湛える久保史緒里、天才タイプの阪口珠美、そして神童大園桃子、まさに”精鋭”揃いである。ハーベストムーンと呼ぶに相応しい世代だろう。そのなかで頭角を現すためには他のグループにはない特殊なハードル、強固な壁をのり越える必要があることは容易に想像ができる。常に付き纏う「比較」から焦りも生じるだろうが、決して安易な模倣による「個性」に走らぬことだ。

ある偉大なヨーロッパの細密画の名人ともう一人の細密画の名人がヨーロッパの野を歩いていて、名人芸と芸術について話しています。目の前に森が現れます。より偉い方がもう一人に向かって言ったそうです、「新しい技法によって描くには技術が必要だ。この森にある一本の木を描いたら、その絵を見た人はそこに行ってその木を見つけることができる」と。 わたしは皆さんが粗末だとご覧になった木の絵です。そのような才能によって描かれたのではないことを神に感謝します。ヨーロッパの技法で描かれたら、わたしを本物の木だと思ったイスタンブルの中の全ての犬が、わたしにおしっこをかけると心配しているのではありません。わたしは一本の木ではありたくないのです。木の意味でありたいのです。

(オルハン・パムク「わたしの名は紅」)

トルコの細密画師は、見本とされる「絵」と同じものを生涯をかけて何度も何度も繰り返し描く。そして最終的には、己の眼を針で刺して潰してしまうという。目が見えなくとも、暗闇に包まれても、彼らはその「絵」を描くことができる。その領域に到達してはじめて、その「絵」の中に見本の絵には無い、他の絵師とは違う「個性」が発現するのである。これは、アイドルも同じではないか、と私は想う。反復行動によってのみ、行くあてがないと絶望するアイドルの虚構の中に「個性」や「希望」が生まれる。その過程で大切な”なにか”がひとつずつ、木から落ちる木の葉のようにひらひらと損なわれてしまうかもしれない。しかし、アイドル本来の意味とは、うつくしさとは、木の葉が空中を漂うときの舞姿のような儚さにあるのだ。中村麗乃はそれを体現できる資質の持ち主だろう。俯いたときの彼女の表情には静かな怒りと可憐な透明感が結実した儚さがある。それは、今迄のアイドルたちからは覗うことのできなかった表情だ。今後に注目のアイドルである。

 

総合評価 75点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 19点 ライブ表現 18点

演劇表現 14点 バラエティ 13点

情動感染 11点

 

乃木坂46 活動期間 2016年~

評価点数の見方