乃木坂46 中村麗乃 評価

乃木坂46

中村麗乃 (C)アップトゥボーイ(UTB) 2018

「木から落ちる木の葉のように」


ルックス、スタイル、ダンススキルと高水準で保たれているアイドルである。無垢で純粋な表情が、俯くとメランコリックな美へ転換している。手足がうつくしく長く、居合い抜きのような寂寞とした緊張感を伴うダンスは、心に迫る”なにか”を感じる。俯いたときの細い眼が、顔をあげたときには力強く発光している。胎動という観点からみれば、経験を積み、多彩な表現力を身に纏ったとき、欅坂46の平手友梨奈が生息する分野で、彼女に正面から対抗できる稀有な存在になるだろう。緊張がなくなった時にみせる無防備な立ち居振る舞いから誘引する無理解や、ポテンシャルというカタルシスを内在する点に、同グループに所属する佐々木琴子を想起させる。まさしく「逸材」である。

トップアイドルグループである乃木坂46の黄金期に収穫された第3期生には、寵児の与田祐希、前田敦子や生田絵梨花の系譜に連なる山下美月、未曾有な底知れない魅力を湛える久保史緒里、天才タイプの阪口珠美、そして稀少獣の大園桃子、まさに”精鋭”揃いである。ハーベストムーンと呼ぶに相応しい世代だろう。このような才能に囲繞されるアイドルとは、我々の理解力をはるかに超えた苦悩との苦闘を強いられるのではないか、と想像する。あるいは、生来の鈍感力で、それすらも看過してしまうのか。

ある偉大なヨーロッパの細密画の名人ともう一人の細密画の名人がヨーロッパの野を歩いていて、名人芸と芸術について話しています。目の前に森が現れます。より偉い方がもう一人に向かって言ったそうです、「新しい技法によって描くには技術が必要だ。この森にある一本の木を描いたら、その絵を見た人はそこに行ってその木を見つけることができる」と。 わたしは皆さんが粗末だとご覧になった木の絵です。そのような才能によって描かれたのではないことを神に感謝します。ヨーロッパの技法で描かれたら、わたしを本物の木だと思ったイスタンブルの中の全ての犬が、わたしにおしっこをかけると心配しているのではありません。わたしは一本の木ではありたくないのです。木の意味でありたいのです。

オルハン・パムク「わたしの名は紅」

トルコの細密画師は、見本とされる「絵」と同じものを生涯にかけて何度も何度も繰り返し描く。そして、最終的には、己の眼を針で刺して潰してしまうという。目が見えなくとも、暗闇に包まれても、彼らはその「絵」を描くことができる。その領域に到達してはじめて、「絵」の中に見本の絵には無い、他の絵師とは違う、「個性」が発現するのである。これは、アイドル(女優)も同じではないか、と私は想う。新しいキャラクターの構築ではなく、日常をそのまま、あるがままに、おもうままに再現し、それを切取ってファンに投げ捨てる。反復行動によってのみ、行くあてがないと絶望するアイドル(女優)の虚構の中に本物の「美」が発現する。それは絵画の鑑賞によって立ち現れる「美」などではない。それを手にれたアイドル(女優)は一本の木ではなく、木の意味となる。当然、その過程で大切な”なにか”がひとつずつ、木から落ちる木の葉のようにひらひらと損なわれていくだろう。しかし、アイドル(女優)本来のうつくしさとは、木の葉が空中を漂うときの舞姿のような儚さにある。中村麗乃というアイドルにはその”奇跡”の復活、アイドル=女優という概念の再来を期待してしまう。俯いたときの彼女の表情には静かな怒りと可憐な透明感を結実させた”こわれやすさ”がある。それは、現代アイドルたちからは覗うことのできなかった一回性を孕んだ儚さと云える。

 

総合評価 78点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 19点 ライブ表現 18点

演劇表現 16点 バラエティ 13点

情動感染 12点

 

乃木坂46 活動期間 2016年~

評価点数の見方