乃木坂46 大園桃子 評価

乃木坂46

daiki⊿⁴⁶さん(@asuka___810)がシェアした投稿

 

「見た事のない風景を遠くから眺めるみたいに」

神童と呼んでしまったら嗤われるだろうか。
デビューした段階で既に、アイドルとしての枠組みをおおきくはみ出た存在であり、アイドルの虚構に対するリビドーは同時代を生きるアイドルたちを寥々と凌駕していた。情動感染という分野はこの大園桃子のための分野と云える。例えば、鼻歌をひとつ唄うだけで、その場の空気を変質させてしまうような資質の持ち主。
大園桃子は山口百恵、西野七瀬の系譜に立ちつつも、アイドルの枠組みそのものを毀し、その有りかたそのものを転覆させた人物としてアイドル史に銘記されるだろう。

絵は絶対的に画かれなければならない。金は絶対に奪らなければならない。この両輪を回す覚悟から、文人画家の血脈が息づく。「生きることは繪を描くことに値するか。」利行は風景からも恐喝する。その風景画は、一張羅のドテラを着て前のめりに駆けていく途中でぶつかった場所から盗み取った、アナーキストの言葉を借りれば、東京から「リャク(略奪)」した光景に外ならない。彼が文人の末裔足り得るのは、恐喝としての画業に拠る。犯罪の素早さが、描線を響かせ、眠った主観から、風景が目の前に在る事の恐ろしさを切り開く。

(福田和也「日本の家郷」)

長谷川利行は日常から風景を奪い取る。大園桃子は自身の日常を切り取り、それを虚構の中に投げ捨てる。
大園桃子の演じるアイドルは、あらゆるシーンで屈託を内包した闘争心とイノセントの枠組みが激しくぶつかり合うような異物感を観る者に抱かせる、抱かせてしまうのである。それはノスタルジックな情景として、或いはパラノイアとして我々の目に映り込み、自己投影させる。まるで心の闇を裸にされ、虚構と現実の区別が灰色になって燃え落ちてしまったかのような、安易には認めることができない感情を植え付けられるのである。

「天才は実在するのか。希少獣のように、あるいは架空の魔物のように、問いかけるのも奇妙かもしれないが、天才という存在について語る時に生じる割り切れなさが、かような問いを人に強いるのだろう。」
「なぜ割り切れないのか。」
「それは天が、人知の及ばない領域が、ある人間を選んで並外れた才を、天分の才を授けてしまった、ということが、どうしたって納得できないからだ。」

(福田和也「現代文学」) 

今や、アイドルの世界、表現の世界は成功に溢れている。さほど天分はなくても、所属するグループの趨勢次第では、自己管理と周到なマネージメント戦略があれば、一定の成功を収めることは可能であるからだ。しかし、それはただの成功にすぎない。天才は違う。

天才とは、大園桃子というアイドルとは、「神秘的な異物」として自己の情動を引き起こし、それを我々に感染させる。我々の理解とは異なる空間で笑い、哭き、叫ぶ。そしてアイドルという虚構をやすやすと毀してしまう。


総合評価 93点

アイドル史に銘記されるべき人物

(評価内訳)

ビジュアル 19点 ライブ表現 18点

演劇表現 19点 バラエティ 17点

情動感染 20点

 

・乃木坂46 活動期間 2016年~
引用:見出し 村上春樹「1Q84」

評価点数の見方