乃木坂46 吉田綾乃クリスティー 評判記

乃木坂46

吉田綾乃クリスティー(C)Cocotame

「ペンは剣よりも強し」

ご機嫌で家路を急ぐ途中、河原の土手を歩いていると、どこからか焼き芋屋のラッパの音が聞こえてきた。食べたいにきまってる。私は焼き芋屋の居所を探ろうと目を閉じ聴覚を研ぎ澄ました。しかし、すぐ下のグラウンドで行われている少年野球の活気立つ声援やバットの金属音に邪魔されてしまう。でもなんかいい。じっと神経を深く潜らせるほど、少年たちが懸命に走りながら土を蹴り上げる音だって聞こえてきそうだ。巻き上がる砂埃だってアーモンドパウダーに見えてくる。

グルメな女と優しい男/望月あんね

吉田綾乃クリスティー、平成7年生、乃木坂46の第三期生。
3期の最年長者。最年長ときけば判で押したように、しっかり者、というキャラクターをその人の横顔に求めてしまうが、吉田綾乃クリスティーにそうした伯楽のイメージはない。岩瀬佑美子深川麻衣新内眞衣とおなじくこの人もまた惜春にかられたアイドルであり、むしろ「アイドル」の力を借りて、自己の内で深い眠りにつきつつあった無垢を呼び覚ましそれに驚き喜び、ひしがれている。
一般生活者からアイドルへと成り代わる、その過去に積まれた社会経験・人間経験をして、自己の演じる「アイドル」が、本来の自分とは別のなにか、であるという認識に含蓄される現実感覚の強さ、いわばアイドル=青春と捉えることができない、青春をすでに体験しきった人間であるという実感の強さによって、アイドルを演じる時間が青春そのものとして人生に書き足されていく瑞々しい少女を前に屈託するという意味では、またそうした少女の魅力に圧倒され敗北し、葉隠れになるという意味では宇佐美友紀の系譜に立つ。
一見穏やかで、海辺の焚き火を眺めるようなうっとりとした、毒気のない瞳をしているが、アンダーとしてステージで踊りつづけることに向けられる、ある種の同情・無理解に対し、激しい拒絶感、悔しさを滲ませ抑えきれず涙を流すなど、順位闘争における痛切とは無縁をつらぬく無気力の人、というわけでもないようで、日常の佇まいを裏切る情動から、ヌエ、に見えなくもない。
たしかに、その容貌にはどこか、居心地悪いもの、があり、たとえば固陋然とした反動を宿しているかに見える。「自分次第でどうにでもなる」と語る彼女の自己啓発的展望も裏を返せば、アイドルとしての人気・知名度の獲得、アイドルの大成に関してはもはや自己の才能と行動力のほかに頼れるものはないのだという確信に似た決心、反抗心に衝き動かされた科白にすぎない。
ゆえに、この人は、「言葉」に鋭敏なアイドル、である。

この人は、文章が上手い。齋藤飛鳥が卒業した今、読み応えのある、符丁されたブログを書けるのは吉田綾乃クリスティーだけだ。作詞家・秋元康の詩情のなかに自身の日常の機微を落とし込むことでそこにアイドルの本音を拾うという、思考の閉じられたモデレートな日記には独得のアプローチがある。
とくに、日常の機微を見逃さないその眼力が他のアイドルとの交流の描出に役立てられた際の独白体の文章にはアイドルを演じる少女たち自身が備えもつ瑞々しさとはまた別の、雑多な日常の稚気・匂い、香りが印されていて、ブログ=日記が、その数行の文章が、その文章だけで、ひとつの物語になっている。物語が生まれる、ということは、意識的にも無意識的にも、すでにどこかで書かれた物語の影響を受けている、ということでもある。たとえば彼女の横顔は『ありがちな恋愛』で描かれた主人公の横顔と重なる部分が多いかに見える。
もちろんそうした文章力は「演技」においても活かされる。いや、波及している、と云うべきか。
ありふれた男女の、ありふれた別れを描いた『一ヶ月前、春のうた』において、ベランダから、恋人のケンジの手から落とされたマフラーをキャッチする際に、持っていた荷物を地面に置いてから両手を広げ準備する「私」の動作には、吉田綾乃クリスティーというアイドルの日常の所作がよく現れている、表されている、とおもう。ト書きに従順な役者、であろう点、また、アイドルを前にして、その懐へ力強く踏み込むだけの決断を抱けないという、アイドルのしたたかさに触れた作り手が、思わずそれを写実している点に、引かれる。
しかるにその「言葉」の魅力にほとんど頼らずに、あるいは「言葉」のちからをほとんど必要としない場所にアイドルのモチベーションが向けられているという錯行、言葉の才を持っていても、またそれに対するアイドル自身の自覚の有無にかかわらず、アイドルシーンにあってはそうした才能は立身出世にまったく役立たないことの落胆に、吉田綾乃クリスティーというアイドルの「特筆」があるようにおもう。

ツチノコと蓮加のおかげで
しばらく何が面白いのか分かんないくらい
笑いすぎて泣いてた(笑)
それまでずっと静かだったのに
急に笑い出したから
隣にいたれのに
何かに取り憑かれたみたいで怖い。
って言われた(笑)

吉田綾乃クリスティー/乃木坂46公式サイト

 

総合評価 61点

アイドルとして活力を与える人物

(評価内訳)

ビジュアル 11点 ライブ表現 11点

演劇表現 14点 バラエティ 13点

情動感染 12点

乃木坂46 活動期間 2016年~

2019/11/02 演劇表現 12点 → 14点
2023/01/18  評価、本文を一新しました