乃木坂46 賀喜遥香 評判記

「完璧な未完成」
いちど愛されてしまえば、愛してしまえば、もう忘れることなどできないんだよ
夏目友人帳 / 緑川ゆき
賀喜遥香、平成13年生、乃木坂46の第四期生であり、12代目センター。
押しも押されもせぬ令和のトップアイドル。そのビジュアルの鮮烈さ、笑顔の圧倒的な存在感をして、シーンにおけるあたらしい主人公と目されると同時に、乃木坂46のあたらしいエムブレムとして桜井玲香、生田絵梨花以降の、グループの有り様=菖蒲色のスカートに対するマスターピースであり、ともすれば、それは新時代の到来を呼号する”乃木坂らしさ”である。このひとは、けして手の届かない身近な存在、であり、現実とも空想とも捉えられる格別な笑顔をもってグループの多くのファンを虜にしている。
天才ではない凡庸な人間が、ある日突然、都会のもっともまぶしい場所に立つ奇跡、アイドルという自我を模索するその劇のなかで容赦なくさらされる自己の未熟さをまえに、鑑賞者が、また、自分とは別の何者かを演じる少女自身が膨大な成長余白、可能性の幅を眼前に拡げて行く戦慄こそグループアイドルひいては乃木坂46の本質・魅力であり、賀喜遥香の本領と云えるだろう。
歌手、女優、もしくはバラエティタレントとしての、芸能界におけるあらゆる可能性を秘めたこの少女に向ける遠景、このアイドルがどのように成長しどのような夢をつかむのか、という賀喜への憧憬とその可能性の実現は、そのまま令和のアイドルシーンの指針と扱うことができるはずだ。
そうなのだ、ピップ、わしがあんたを紳士にしあげたのだ!これをなしとげたのはわしだ!わしはあの時、わしが一ギニーでもかせいだら、そのギニーはあんたにあげると誓ったのだ。…それからね、おれは秘かに紳士をこしらえているのだということをこっそり知るのが、わしにとっての報酬だった。わしが歩いている時に、植民者のサラブレッドの馬がわしに埃をはねかけることがあった。わしは何と言ったろうか?わしはこう独り言を言った、『おれは貴様らより立派な紳士をこしらえているんだぞ』奴等のうちの一人が別の者に、『あいつは数年前には囚人だった、そして今は運が好いけれども、無知な下司な男だよ』と言った時に、わしは何と言ったろうか?わしはまた独り言を言ったよ、『おれは紳士でなくて何の学問もないにしても、そういうものの持主だぞ。貴様らがもってくるものは家畜と土地っきりだろ、お前たちのうちでロンドンの紳士を育てあげたやつがいるのか?』
大いなる遺産 / チャールズ・ディケンズ(山本政喜 訳)
賀喜遥香、このひとはとにかくとらえがたいテンションの持ち主で、翳りを強く帯びている。と同時に、何者にでもなれる凛とした透明感がある。完璧そうに見えて、どこか隙きがある。アニメーション映画の主人公が、教室の片隅で机に突っ伏して居眠りしているその美少女が現実の世界へとジャンプしてきたかのような強烈で甘美なビジュアルをそなえている。青い馬にまたがったその少女の笑い顔をいちどでも眺めてしまえば、鑑賞者自身、青の時代へと還って行くことになる。そして”彼女”が忘れられないひとになる。
前田敦子、ひいては西野七瀬に比肩し得るその強い主人公感、笑顔と屈託をして、あるアイドルの卒業を経験し、これからさき彼女のようなアイドルにまた出会えるのだろうか、憂愁を抱えアイドルの喪失を克服できないままでいるアイドルファンにもう一度奇跡との邂逅を落とし込み、さらには、アイドルの喪失を未だ経験しないあたらしいアイドルファンのこころの内に、果たしてこのさき彼女を超えるアイドルに出会うなどということが起こりえるだろうか、という偏愛、愛の透明さとみじめさを与え、尽きることのない献身を誓わせる、完成された未完成の人、としてグループの物語にスケッチされるのがこの「賀喜遥香」であり、平成と令和、枯渇するアイドルシーンの端境を生きたアイドルの物語として、グループアイドルの循環を断ち切る胎動として格別な香気を放っている。賀喜遥香とは、まさしく、暗転しつつあるシーンにさす一筋のひかりであり、そのひかりを反射させるダモクレスの剣なのだ。
AKB48の誕生、前田敦子の登場によって芽生えた憧憬、乃木坂46つまり西野七瀬のブレイクによって復活した、アイドルの純粋さ、つまり未成熟であることが代えがたい魅力であるという古典的アイドルの有り様への正統性を、桜井玲香、生田絵梨花の作り上げたエコールの内にそなえもつ賀喜が、乃木坂46の、アイドルシーンのあたらしい主人公と目され、輿望を担うのも当然の成り行き、いや、退けることのできない帰結、と云える。
ゆえにこのひとは、完璧な未完成、言うなれば、最高度のバナール、と見做すべきだろう。ファンの眼前にはじめてその姿を現した日から今日に至るまで、ファンに向ける顔、立ち居振る舞い、ウィットを欠いた、心の片隅が凍りついているかのような戸惑いを形づくる一連の瑞々しい涙・笑顔に一切の減退がなく、自分の魅力がどこにあるのか、またどこに弱さを持つのか、理解し、そのどちらも、大胆にさらけ出している。そこにみる冴え冴えとしたふてぶてしさ、強さと弱さ、凛々しさと儚さ、冷静さと情動はAKBグループのひとつの境地となって登場した瀧野由美子とならび、アイドルを演じる少女のすべてを知ろうとするファンの欲望に応えきる登場人物として、センターポジションへの憧憬を完成させる。
『I see…』のヒット、成功によってより決定的になったが、賀喜遥香はアイドルを卒業するその日まで、常に表題曲のセンター候補に名を連ねるだろうし、今後はこの「賀喜遥香」と響きあう資質を抱いているかどうかがグループの群像に対する正統への貢献であり、売れるアイドルの基準になることだろう。
総合評価 68点
アイドルとして活力を与える人物
(評価内訳)
ビジュアル 17点 ライブ表現 13点
演劇表現 13点 バラエティ 9点
情動感染 16点
乃木坂46 活動期間 2018年~
2021/04/06 誤字・脱字を修正しました
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