乃木坂46 北川悠理 評判記

乃木坂46

北川悠理(C)23rd Single Sing Out!

「趣味は空を見ること」

ほかのみんなだって同じ話を聞いたのに、だれひとりこんな風にはならなかった。

ノヴァリース/青い花(今泉文子訳)

北川悠理、平成13年生、乃木坂46の第四期生。
趣味で小説を構想するなど、空想力の豊かなアイドル。
「メルロビル」という現実には存在しない土地・村を想像力によって作り上げ、その物語世界の中でさらに空想に耽っていく姿は、きわめてロマンチックであり、ユニークである。ともすれば、本に書かれた空想の街が現実世界のどこかに存在すると信じ、あてもなく彷徨うような、文学青年たちのロマンをそのままアイドルのテーマにしているかに見える点、フィクションを現実感覚のなかで理解する、のではなく、現実をフィクションによって知り好奇心を育んでいく点などが、北川悠理の個性・魅力になるだろうか。
どこかぼんやりとした、悠揚せまらざる時間に生きるイメージの強いアイドルだが、存外、ヒステリックな予感にも満ちていて、油断のない、精神のとびきりに冴え渡ったアイドルである。教養と空想がうまく合致していて、口に出す言葉には雄弁なところが多い。若手だが「アイドル」にしっかりとしたエクリチュールがある。
そのエクリチュールはたとえば、北川悠理のキャリア、アイドルとしてデビューするまでの経緯にたいして向けられた、ファンのネガティブな感情を上手にくらますことに成功している。
AKB48のドラフト候補生となり、指名を受けるも交渉を辞退。直後に『坂道合同新規メンバー募集オーディション』に再登場し合格する。この、アイドルの扉をひらくまでの経緯を見てわかるとおり、境遇に恵まれた人物と言うよりも、厚遇を受けている人物だという印象の方が強い。ゆえに「この女の正体をなんとしてでも突き止めてやる」と、グループの多くのファンに決意させてしまった。アイドルの内にある種の攻撃誘発性が宿った、ということだが、北川悠理が真にユニークであるのは、ファンに与えてしまった、アイドルの出自にかかわる部分が正体不明であることの不気味さを、空想的な日常の所作によって、つかみどころのないアイドル、というイメージにすり替えてしまう点にある。空想的な、エスプリに包まれたアイドルを前にしてやはりファンは「この女の正体をなんとしてでも突き止めてやる」と決意することになるのだから、頭の良い、ケレン味あるアイドルと呼べるだろう。
また、高く教養を積んだ彼女が、美貌と、自己の可能性だけを頼りに文芸の世界に踏み込んだ少女たち――たとえば筒井あやめのような―― 、アイドルにならなければ絶対に出遭うことのなかった少女たちと運命に憑かれたような日常の稚気を描くところにも格別のおもしろさがあるように感じる。肥大した妄想に支えられていた北川の、現実をふり捨てたモノローグでしかなかった言語が夢や理想といった絆に結ばれる人間関係を得たことで、喚起しあい、しっかりと表に出てくる。空を見上げ空想にふける……、現実の日常生活においては突飛に見えるその佇まいも、アイドルという夢の世界においてはとびきりの個性となり、抱擁されるのだ。警戒心の高い少女が不意に見せる無防備な横顔の甘やかさ、やわらぎかけた素顔の提示は、「成長」への胎動を伝えるし、なによりも乃木坂46というアイドルグループの色づかいと合致し、その価値を底上げしている。
「人間」がどれだけ荒廃しても、見える空だけは変わらない。戦場で眺める空も、平和な街で見上げる空も、同じ色をしている。空だけは、変わらない。そうした「景色」に引かれる感情を「アイドル」に引こうとする行動力、「アイドル」に編まれた無垢の魅力には、高い将来性を感じる。

 

総合評価 57点

問題なくアイドルと呼べる人物

(評価内訳)

ビジュアル 12点 ライブ表現 6点

演劇表現 12点 バラエティ 14点

情動感染 13点

乃木坂46 活動期間 2018年~

2021/10/21 情動感染 12→13