乃木坂46 与田祐希 評価

乃木坂46

与田祐希 (C) ドワンゴジェイピーnews

「とても眩しい瞬間に、とても大事なものを見失う」

与田祐希、平成12年生、乃木坂46の第三期生であり、9代目センター。
きわめて境遇に恵まれた人物であり、将来を嘱望される次世代アイドルの一人である。
これまでに獲得した人気は凄まじく、アイドルとして彼女が放つ輝きは、他のアイドルグループに所属する同世代のライバルたちをたじろがせ、闘う前に敗北を悟らせるのではないか。現代アイドル史においてトップクラスのビジュアルと処女性のたかさ、自分を構ってくれる人物に好意を抱いてしまうという共感性ある仕草によって編み出されるアイドルのストーリーは、性への圧倒的な感興を降らすとともに、自身の眠りを入り口に、濃密な夢の世界へファンを招待し没入させることに成功している。異物感や信頼感、ライブ表現の観点においては弱さを隠しきれないが、そこに根付くヴァルネラブルは小畑優奈とならび、アイドルとして古典的な魅力を湛えている。西野七瀬の正統な継承者、あるいは後継者として第一候補に挙げられる機会も多く、まさに将来を、未来を嘱望されるグループアイドルと云える。

しかし、人間とは「とても眩しい瞬間に、とても大事なものを見失う」のが常である。

「鏡が見たいって言ってたよ。その鏡子って言ったっけ、彼女さ 。目が見えたら最初に、恋人のコオロギじゃなくて自分の顔が見たいってな 。人間はとても眩しい瞬間に、とても大事なものを見失う。はじめにこうしたやつがいる。こっからこっちは俺の土地だと。おそらく、何千万年前の原始人の内の一人が。所有欲のはじまりだ。金銭欲、名誉欲、欲と名のつくほとんどすべてが見える物だ。彼女はそれを見ずに済んでいたんだ。だからおそろしく透明だった。人間の欲には際限がない。とくにあれだけの美貌を持ってることを知ればな」

世紀末の詩/野島伸司

これは、あまりにも凡庸で、あまりにも陳腐な表現だ。だが平凡な女の子がシンデレラストーリーを叶え、自身の持つ美貌の価値、その意味を知ったとき、同時に欲を発見し、生来の輝きを消失させてしまう結末もまた、やはり当然の成り行きであり、バナールな現象と云えるのだろう。デビュー2年にしてすでに、与田祐希の”おそろしく透明だった”素朴でナチュラルな魅力が、彼女の内側から少しずつ、しかし確実に欠落していく光景を直視するファンは、はたしてどれだけいるだろうか。また、与田祐希自身、グループの正統さのデリケートな部分を裏切る通俗に、足元から伸びるその影にどこまで無自覚でいられるのだろうか。2年というみじかい時間のなかで、人間が持つ生来の輝き、資質が身悶えする光景すら見せることなく、ひっそりと喪失していく。ある意味では、与田祐希というアイドルは斜陽化する乃木坂46の無残な写し絵と云えるかもしれない。

「逃げ水 編」

本来的には、未来の可能性として、現れたはずのみずからの娘を、過去の本質性の証として愛することは倒錯でしかないだろう。少なくとも、『エミール』以来、子供を未来へと開かれた、可能性として見ることに私たちは慣れてきた。だが、この母娘の関係を見ていると、その確信は少しく、揺さぶられる。これが、このような姿が、本当なのかもしれない。子供は親にとって、未来ではなく、過去の、しかも自らの過去と、そこを通じて生じたすべての肯定としてしか存在していないのかもしれない。封建時代の、芝居じみた、仇討ちだけのために育てられてきた子供の凛々しさのようなものこそが、本当の親であり、子であるものの関わり方であるのかもしれない。

現代人は救われ得るか/福田和也

乃木坂46・第三期生の悲劇、それはグループにとっての「子供」である彼女たちがエミール的な未来であると同時に、グループにとっての「過去の本質性の証」として扱われてしまった点にある。乃木坂46のブレイク後に誕生したはじめての存在が三期生であり、つまり彼女たちはグループの過去に対し、闖入者であり、またそれを受け継ぐ子供であるのだ。換言すれば、第三期生を眺めることでグループに本格的な過去が生まれていることをファンは意識的にしろ、また無意識にしろ、知っていくわけである。
第三期生を眺めることでグループの過去=乃木坂らしさの輪郭を埋めることになったファンが、三期生に対しそれを強く求め、証し立てようとするというのはなんとも皮肉な話だが、グループの次世代を担う未来の子供と呼ばれつつも、「過去の本質性の証」となることでしかアイドルのレゾンデートルが満たされない、という情況に少女たちは置かれたわけである。彼女たちは個性を求め彷徨う行為を禁じられてしまった、と云えるかもしれない。彼女たちが本篇とは隔たったまったく別のあたらしい物語を描こうとしても、それは過去の否定とされ、致命的な裏切り行為と扱われてしまう。それは、乃木坂らしさではない、と。第三期生とは、ファンの想像力の枠組みの範囲内でしか活動を許されない、ある意味ではアイドルのスーパーエリートであり、ある意味ではアイドルでありながらもっとも可能性を狭小した存在である。その皮肉性のもっとも明確な現れが、三期には物語性がない、というファンチャントだろう。唯一、大園桃子がそのような事象の外側で独り嗤うが、ファンは彼女を異端児と見做し、意識的看過をする。*1

逃げ水』において架空の世界への扉を大園桃子と同時に開けた与田祐希だが、彼女から大園桃子的な異物感や豊穣な物語性を投げつけられた場面は一度もない。それはやはり、彼女が、与田祐希というアイドルの虚構が「過去の本質性の証」として完全に成立してしまった所為だろう。グループの過去の証であると同時にグループの未来を担う存在としてアイドル・与田祐希が作り上げられてしまった。彼女から個性を感じ取れない要因に、この浮遊感と束縛によって立ち現れる倒錯・麻痺があるのは間違いない。
フィクションを作り物語ることに意識的である一方、どうやってもそれが空回りして見えるのは、与田の背負う倒錯が真実(素顔)を伝えるための嘘の準備を阻み、なおかつ、その欲が所有欲や名誉欲といった通俗へと倒れ込むせいだろう。少女のちいさな躰から溢れる感情、涙。それらに直面しても、鑑賞者がもらい泣きしないのは、そこに本来の素顔、つまりアイドルに求められる無垢の在り処を発見するための余地がまったくのこされていないからである。情動の感染に理由付けなど必要ないが、彼女のみせる情動を前にすると観者はとりあえずの過程を探ってしまう。
このような洞察によって生まれる光景とは、自ら逃げ場のない道を選択し行き止まりに打つかる実験マウスを眺めるような虚しさを観察者に抱かせるはずだ。アイドルがぐるぐるといつまでも同じ場所で踊っているように見えるわけだ。ファンは、アイドルの性格を熟知しているつもりだったが、実はまったく知らなかった、という事実に直面してしまう。アイドルと成長を共有しているように見えるがまったく呼応していない、という事実に。この穏やかな絶望が示す結実とは、物語への興味を失われた際の反動、つまり失望だろう。*2

「生まれ変わる瞬間(夜明けまで強がらなくてもいい 編)」

西野七瀬を継ぐ者、と目される、それほどの登場人物=逸材が、デビューしてから西野七瀬と共に過ごした時間に与えられた財産を少しずつ切り崩しながら今後のアイドル人生をおくることになるのではないか、危惧の念を抱かずにいられないのはなんとも殺風景な話であるが、平成が終わり、令和の始まり、『夜明けまで強がらなくてもいい』の仮構の中で、身も心もぐったりとくずれ落ちるように「希望はどこにある?」という問いが発せられた「瞬間」、昨日まで「当たり前のように」存在した輝きを喪失する、アイドルの儚い「命」を「無駄遣い」する与田祐希の物語にひかりが差し込んだようにおもう。「眠れなくなるほど不安になる」虚構と響き合うことによって、立ち居振る舞いではなく姿形のみを賛美されるアイドルから脱却し、都会のひかりに囲繞され欲に染まっていく人間の証を握りしめるように「ヨロヨロと立ち上が」り、秘めた憤りによってグループの過去の証であると同時に未来の希望でもあるという束縛に持ち込まれる苦悩が一気に壺にはまり、きわめて濃密な物語性を獲得した感がある。
与田は今作においてセンターに立ったわけではないが、日常で獲得したアイドルとしての輝きを、楽曲を表現する場、たとえばステージ上での貧弱さ頼りなさをもって打ち消してしまうという、これまでの物語の展開を転向するように、『夜明けまで強がらなくてもいい』においては豊かに感情をひそめながら日常の輝きを上回る醒めた強さ、つまりある種の主人公感を描いている。それを西野七瀬的な幻想への”成り切り”と捉えるのならば、与田祐希にあたらしい境地がひらき、これまでに展開された批評空間のすべてを転覆させる、次の世代を担うアイドルのなかでも群を抜く孤閨をそなえ持つアイドルへ成長した、と云えるのではないか。
成長共有と、その物語化の観点から、目が離せないアイドルに「生まれ変わ」った、と。*3

 

総合評価 58点

問題なくアイドルと呼べる人物

(評価内訳)

ビジュアル 16点 ライブ表現 7点

演劇表現 13点 バラエティ 11点

情動感染 11点

乃木坂46 活動期間 2016年~

引用:*1*2 福田和也「現代人は救われ得るか」
*3 秋元康「夜明けまで強がらなくてもいい」

2018/11/01  ビジュアル 17→15 ※訂正しました
2019/10/18 ライブ表現 6→7  
情動感染 10→11
2020/03/11  ビジュアル 15→16

   

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