乃木坂46 与田祐希 評価

乃木坂46

 

「とても眩しい瞬間に、とても大事なものを見失う」


きわめて境遇に恵まれた人物であり、将来を嘱望される次世代アイドルである。
これまでに獲得した人気は凄まじく、アイドルとして彼女が放つ輝きは、他のアイドルグループに所属する同世代のライバルたちをたじろがせ、闘う前に敗北を悟らせるのではないか。近代アイドル史においてトップクラスのビジュアルと処女性のたかさ、自分を構ってくれる人物に好意を抱いてしまうという共感性のある仕草から作り出されるストーリーは、ファンを濃密な夢(イノセントワールド)のなかに招待し、情動を引き起こさせることに成功している。異物感や信頼感という観点では弱さを隠しきれないが、そのヴァルネラブルは小畑優奈のようにアイドルとして古典的な魅力を湛えている。継承の意で、「西野七瀬」の正統な後継者として第一候補に挙げられる機会も多く、まさに将来を、未来を嘱望されるアイドルと云える。

しかし、人間とは『とても眩しい瞬間に、とても大事なものを見失う』ものである。

鏡が見たいって言ってたよ その鏡子って言ったっけ、彼女さ
目が見えたら最初に、恋人のコオロギじゃなくて自分の顔が見たいってな
人間はとても眩しい瞬間に、とても大事なものを見失う
はじめにこうしたやつがいる こっからこっちは俺の土地だと
おそらく、何千万年前の原始人の内の一人が
所有欲の始まりだ 
金銭欲、名誉欲、欲と名のつくほとんどすべてが見える物だ
彼女はそれを見ずに済んでいたんだ だから恐ろしく透明だった
人間の欲には際限がない 特に、あれだけの美貌を持ってることを知ればな

(日本テレビ「世紀末の詩」)

平凡な女の子がシンデレラストーリーを叶え、自身の美貌の価値の高さを知ったとき、「金銭欲、名誉欲」に取り憑かれ、生来の輝きを消失させてしまうのは、当然の成り行きなのかもしれない。陳腐な物語というのは、陳腐であるがゆえに普遍的で、凡人であればあるほど、その枠組からは逃れられないものである。デビュー2年にしてすでに、与田祐希の素朴でナチュラルな魅力が彼女の内側から少しずつ、しかし確実に欠落していく光景に、どれだけのファンが気付いているだろうか。また、与田祐希自身は、そのクライシスの訪問にどこまで自覚があるのだろうか。2年という短い時間のなかで、その人間がもつ生来の輝き、資質が、身悶えする光景すら見せることなく、ひっそりと喪失していく。ある意味では、与田祐希というアイドルは斜陽化する乃木坂46の無残な映し鏡と云えるかもしれない。

本来的には、未来の可能性として、現れたはずのみずからの娘を、過去の本質性の証として愛することは倒錯でしかないだろう。少なくとも、『エミール』以来、子供を未来へと開かれた、可能性として見ることに私たちは慣れてきた。だが、この母娘の関係を見ていると、その確信は少しく、揺さぶられる。これが、このような姿が、本当なのかもしれない。子供は親にとって、未来ではなく、過去の、しかも自らの過去と、そこを通じて生じたすべての肯定としてしか存在していないのかもしれない。封建時代の、芝居じみた、仇討ちだけのために育てられてきた子供の凛々しさのようなものこそが、本当の親であり、子であるものの関わり方であるのかもしれない。

(福田和也「現代人は救われ得るか」)

乃木坂46・第三期生の悲劇とは、グループにとっての「子供」である彼女たちがエミール的な未来であると同時に、グループにとっての『過去の本質性の証』として扱われてしまったことだろう。グループが作り上げたイデオロギー(過去)を証明するための傀儡として機能することで、ファンは彼女たちを認め、その存在理由を満たしてやるのである。それは「個」と決定的に切り離された行為である。彼女たちは「個性」を求め彷徨うことを禁じられている。彼女たちが、まったくあたらしい物語を描こうとしても、それは過去の否定とされ、裏切り行為として、ファンは怒るのである。「それは、乃木坂らしさではない」と。彼女たちは、ファンの想像力の枠組みのなかでしか、活動を許されないのである。唯一、大園桃子がそのような事象の外側で独り嗤うが、ファンは彼女を「異端児」と見做し、意識的看過をする。

このような倒錯に立ち向かい、苦闘しているのが山下美月である。山下美月からは、その全身から強烈なイデオロギーを感じる。山下美月が前田敦子や生田絵梨花の系譜に組する理由は、姿形の類似ではなく、カルマや運命に抗おうとする自己犠牲(イデオロギー)にあるのは云うまでもないだろう。彼女は宿命を背負いながら、あたらしい物語を、あたらしい世代のアイドルとファンの新たなありかたを作り出そうと苦闘しているのである。その彼女の姿形によって、アイドルが身を置く世界の残酷さや煌やかさが明瞭に描き出され、彼女は信頼を勝ち取るのである。

与田祐希からは山下のような、内面からにじみ出てくる切迫した「何か」を感じない。潰しても潰しても、どこからか湧き出てくるような得体の知れない生命力が感じられない。それは、彼女が、与田祐希というアイドルの虚構が、『過去の本質性の証』として完全に成立してしまったからだろう。グループの過去の証として、グループの未来を担う存在として、アイドル・与田祐希が作り上げられていく…。この浮遊感が、彼女から「個性」を感じ取れない要因である。彼女が作り出した虚構は人工色が濃く、成熟への兆候はどこにもみえない。おそらく、今後2年間はデビューしてから過ごした2年間とは全く別の、異なる「時間」を体験することになるだろう。星野みなみが体験した葛藤や渇望の隘路を彷徨い歩き、苦悩するのではないか、とおもう。その光景は、ファンに、逃げ場のない道を自ら選択して入り込んで行く小動物を眺めているような虚しさを与えるだろう。

西野七瀬の後継者(逸材)と目されるほどの人物が、デビューしてからの2年間で与えられたものを少しずつ切り崩しながら今後のアイドル人生をおくることになるのではないか、と危惧の念を持たずにはいられないのは、なんとも殺風景な話である。

 

総合評価 58点

問題なくアイドルと呼べる人物

(評価内訳)

ビジュアル 18点 ライブ表現 8点

演劇表現 11点 バラエティ 8点

情動感染 13点

 

乃木坂46 活動期間 2016年~

評価更新履歴
2018/9/17 ビジュアル19→18
2018/10/30 大幅にリライトしました

評価点数の見方