乃木坂46 西野七瀬 評価

乃木坂46

西野七瀬(C)週刊少年マガジン 2018年23号/講談社

「圧倒的な人気と表裏一体の脇の甘さ」


大変な人気者である。前代未聞と云ってもよいのではないか。西野七瀬は現代アイドルとして最高の実力者であり、
恵まれた境遇の持ち主、幸運児と云えるだろう。きわめて再現性の低いビジュアル、あらゆる場面で素顔という”普段着”をみせてしまう彼女のスタイルは、時代と共に失われ眠ったままでいた、アイドルの「成長共有」というコンテンツを覚醒させ、希望の光を描いた。生田絵梨花と並び、アイドル界にとっての功労者と呼べる。

西野七瀬のセンターポジションへの宿命、ストーリー性は現代アイドル史において最高到達点と云える。センターポジションへの逃れられない宿命に対して向ける彼女のメランコリックは、”ライブ”というカタルシスへの期待感が満ちる非日常的な空間を通過すると、姿を消す。仮構の中央に立ち、真っ白なスポットライトに投射されると、日常の地平から遊離するように自身が纏う内向の衣服を脱ぎ捨てる。まるで、「炎の明るさに引かれて近寄った蛾が、みずからその鱗粉を焼きながら身もだえする時に出現させるような妖しさ」(*1)を、喪失を観衆の前でさらす。このステージ上の西野七瀬こそ、生来の「西野七瀬」なのではないか、とファンに覚らせる。

(アイドルとして暮らす)日常の仕草に「内気」と「お転婆」が同居するという倒錯した「素顔」。この西野七瀬の素顔に観者は違和感を覚えるのである。例えば、”ひとりぼっち”のラジオで涙を流したかと思えば、エリマキトカゲを鷲掴みにしながら嗤っている、イチゴに噛み付く仕草に恥じらいをみせたかと思えば、「ヤッホー」と貫通力のある声を唐突に張上げる…、そのような、あまりにも日常と乖離した立ち居振る舞いに、観客は当惑するのだ。だが、この隙きをみせる仕草、脇の甘さこそ、西野七瀬が他者を魅了し、多くのファンを獲得してきた要因である。彼女の立ち居振る舞いは、沸点が低くなった未成熟なカタルシスへと到達させるように、観者の心を揺さぶる。この不完全さ、平易に云えば「性格の矛盾」は、常にウィークポイントとして顕在し、批判対象にさえなっている。しかし、そもそも人の性格とは、立場がもたらす生活によって変化するものである。

調布市の北の隅、野川のそばに、永観寺というお寺がある。そこには阿修羅像が納められている。小山嘉崇とかいう名前の仏像職人…が作ったものらしい。
小山嘉崇はその辺でも有名な悪ガキだったらしくて、親がぶちキレてその永観寺に放り込んだらしかった。そこでまあ色々あってか、小山嘉崇は真人間になって、仏像を作り出したというお話。
でも私が思うに、仏像作りへの興味の方が、真人間になるよりも先行してたんじゃないかな。仏像綺麗。仏像作ってみたい。作ってみたら楽しい。一生懸命やる。なんか真人間みたいに見える。実際に真人間っぽくなる。皆自分が真人間だと言うし、なんかそっちの方が暮らしやすいから、そういう風に生きる。本物の真人間かどうかなんて疑問が意味を失う。

(舞城王太郎「阿修羅ガール」)

西野七瀬も同じだったのではないか。人として未成熟であっても、アイドルとしては成熟している。マカオタワーからのジャンプは、もう一つの別の世界(虚構)へ移動するための”ジャンプ”であった。あたらしい世界で自身のもう一つのストーリーを発見し、カンバスに描いていく。『気づいたら片想い』のミュージックビデオで演じた、虚構の中で呼吸をする”もう一人の自分”。そこで暮らす彼女が身に纏っていた”儚さ”との遭遇。それを発見した人々は、儚さこそが彼女の生来の資質だと云うから、扱うから、彼女も”そういう風に生きる”。そういう風にアイドルを演じていく。この「なりきること」という点においても、西野七瀬は現代アイドルの最高到達点と云えるだろう。

「無頓着」

おそらく、西野七瀬は、自身が周囲に与える夢=影響力と、現代アイドルを囲繞する巨大なかたまりのようなモノ(堆く作り上げられた強大な価値、産業)の全体像がまるでつかめていないのだろう。「素顔」をみせる西野七瀬だが、ある閾に達してからは、ファンは(あるいは西野七瀬本人ですら)もはや、どれが本物の「素顔」なのか、まったくわからなくなってしまったのではないか。どこからがアイドル『西野七瀬』で、どこまでが西野七瀬なのか。アイドル(文芸)という虚構。作りあげたもうひとつの世界。その虚構と現実の入り口が重なってしまった。ある日、彼女は、自分が以前のように、遭遇した奇跡の一つひとつを想い返し歓喜する、その姿を他者にさらけ出す仕草をとれなくなっていることに気付く。可憐の変化。”帰り道は遠回りしたくなる”自分が居ることを強く自覚するようになった。遭遇した奇跡よりも、遭遇できたかもしれない奇跡を思い描くようになった。ライブステージの上でも日常のメランコリックを引き摺り込むようになった。「素顔」をみせる立ち居振る舞いは、彼女への声量が増すにつれて、「無頓着」という矛盾を孕むことになった。”人の性格とは、立場がもたらす生活によって変化する”。無頓着という状態には、もちろん、そこに自覚など存在はしない。アイドル本人に自覚がないのであれば、やはり、責任も生じない。西野七瀬が自身の”行い”に責任を感じることは、もう無い。

この部屋の外で、あの窓の向こうで、黒い巨大な鳥が飛んでいるのかも知れない。黒い夜そのもののような巨大な鳥、いつも見る灰色でパン屑を啄む鳥と同じように空を舞っている黒い鳥、ただあまり巨大なため、嘴にあいた穴が洞窟のように窓の向こう側で見えるだけで、その全体を見ることはできないのだろう。僕に殺された蛾は僕の全体に気付くことなく死んでいったに違いない。

(村上龍「限りなく透明に近いブルー」)


総合評価 93点

アイドル史に銘記されるべき人物

(評価内訳)

ビジュアル 19点 ライブ表現 19点

演劇表現 17点 バラエティ 18点

情動感染 20点

乃木坂46 活動期間 2011年~ 

引用:見出し 福田和也「総理の値打ち」
(*1)福田和也 「ろくでなしの歌」

2019/02/05  再評価、加筆しました

評価点数の見方