乃木坂46 寺田蘭世 評価

乃木坂46

りっちゃんさん(@247theories)がシェアした投稿

 

「愚直な前進」


つよがり、この言葉に含まれるイメージのすべてを頭からすっぽりと覆いかぶさったようなアイドルである。
ファンは、寺田蘭世の日常の仕草から、そのつよがりを感じ取り、ある者は共感と共闘を示し、ある者は自己投影し、情動を引き起こすのである。そのような光景は、乃木坂46のなかにあっては、きわめて独自性のある物語と云える。しかし、つよがりとは正しい方向に歩んでいるうちは微笑ましいが、なにかの拍子に厚い壁にぶつかって跳ね返されてしまうと、そのまま間違った方向へ突き進んでしまうものである。厄介なことに、そこには固執とよばれる概念が付着もしている。

「耽美」については、北川綾巴をプロトタイプとして、これまでに数多くのアイドルに対し批評を展開してきた。10代のアイドルが自我同一性を獲得していく過程で「美」の提供に目覚め、耽美主義へと傾倒していく、そんな光景をうんざりするほど眺めてきたからだ。打放しコンクリートを背景にしてファッションショーを繰り広げる、ありきたりな光景を。寺田蘭世もまた、その風景のなかに含まれいていく。

アイドルの成長をファンと共有させる為には、情報という「場面」が必要だが、その限られた貴重な機会に「美」を提供する姿勢、判断、決断力。これは、無邪気と云ってしまえばそれまでかもしれない。たしかに、ファッションのトレンドについてずぶの素人でも、西野七瀬、伊藤万理華、寺田蘭世が披露する豊富なコーディネートは「オシャレ」に感じることができるのではないか、とおもう。ただし、それがアイドルとしての個性や新たなファン獲得への入口として機能するのか、と問われたら答えはもちろん、ノーである。創造力には到底結びつかない自己顕示欲を満たすための行為でしかなく、自身のモチベーションを維持する為に役立つかどうか、程度のモノである。

そこには実にいろんな種類の車が並んでいた。(略)「何でもいいからそれほど大きくないのをひとつほしい」と言った。
私の相手をした中年の男は車種を決めるためにカタログをひっぱりだしてきていろいろと見せてくれたが、私はカタログなんて見たくはなかったから、彼に自分が欲しいのは純粋な買物用の車なのだと説明した。だから高速道路も走らないし、家族旅行もしない。高性能のエンジンもいらないし、エアコンもカーステレオもルーフウィンドウも高性能タイヤもいらない。小回りがきいて、排気ガスが少なくて、うるさくなくて、故障が少なくて、信頼性の高い、性能の良い小型車が欲しいと言った。色はダークブルーなら申しぶんない。
彼が勧めてくれたのは黄色い小型の国産車だった。色はあまり気に入らなかったが、乗ってみると性能は悪くなく、小まわりもよくきいた。デザインがさっぱりしていて余分な装備が何ひとつついていないところも私の好みにあっていたし、旧型モデルだったので値段も安かった。
「車というのは本来こういうもんなんです」とその中年のセールスマンは言った。「はっきり言って、みんな頭がどうかしてるんです」
私もそう思う、と私は言った。
私はそのようにして買物専用の車を手に入れた。買物以外の目的に車を使うことはまずない。

(村上春樹「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」)

この客が求めるものと、カタログに載せられた商品との乖離は、寺田蘭世の立ち居振る舞いにも色濃く現れる。

アイドルの活動領域とは日々、様々である。メジャーなグラウンドからアンダーグラウンドまで、その「何処か」での言動や仕草に魅了された者がファンと名乗り、きっかけとなったシーンが思い出となり、そのままアイドルに対する理想像となる。もし、その後の活動で、最初に抱いたイメージと期待感を裏切るような、過去とは正反対の発言をアイドルが罪悪感もみせずに披露してしまったら、ファンは動揺を隠せるだろうか。寺田蘭世はこの裏切りを躊躇なくみせてしまうのである。

一般的には、その「裏切り」を自家撞着と云う。この言葉の持つ危険性、クライシスについては堀未央奈の項で述べたとおりである。この矛盾した行為、独りよがりな拘りは、発想力が凝り固まってしまったアイドルが陥る隘路である。大抵の場合、時間の経過と共に不必要な劣等感を抱くようになり、それがファンへの反発心という醜いカタチをとって姿を現すことになる。寺田蘭世の場合、例えばブログなどの文章で、ファンの目線にたってその心情を彼女が代弁するとき、それはすべてファンへの自己投射に過ぎず、自身に内在する認めがたい感情、無意識のゴミ箱に放り投げた感情を、ファンに都合よく押し付けているだけである。このような状態、惨状では、自己超克の達成など夢物語だろう。

希望の予感があるとすれば、この自家撞着に、僅かだが、生駒里奈渡辺梨加が抱える、異物としての手触りがある、という点だろうか。ファンが寺田蘭世の口癖や文体を真似るのは、アニメ「クレヨンしんちゃん」が流行した当時、子どもたちが一斉に主人公の口調を真似た現象とまったく同じである。特定の集団に特別な「なにか」を伝播させる力とは、この異物感の存在力が影響しているのではないか、と感じる。寺田蘭世の資質の一つとして、その独特なモチベーションの高さ、目標の高さがあるが、それを果たしてどこまで維持できるのか、内在する「異物感」を生駒里奈のように「主人公感」に置き換えることが出来るのか、今後の展望を見据えるうえで重要なテーマになるだろう。

 

総合評価 68点

アイドルとして活力を与える人物

(評価内訳)

ビジュアル 14点 ライブ表現 14点

演劇表現 11点 バラエティ 14点

情動感染 15点

 

乃木坂46 活動期間 2013年~

評価点数の見方