乃木坂46 悲しみの忘れ方 評判記

「悲しみの忘れ方」
若いころは 人生は思いどおりで
何でもできると思ってた
明日のことなんて まるで見えなかった
悲しみのことなんて 誰も教えてくれなかった
どうしたら 傷ついた心を癒やせるのか
どうしたら 降りしきる雨を 止められるのか
どうしたら 止められるのか 太陽が輝くのを
世界は何で 回っているのだろう
Al Green/How Can You Mend a Broken Heart
歌詞、楽曲、ミュージックビデオについて、
映画『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』の主題歌。
叙事詩。詩的世界を通じ、そこに描かれたもうひとりの自分を通して、他者の思惑に衝き動かされるようにして、他者に打ち明けることのできなかった想いを告白する、本当の夢をつかむために自分とは別の何者かを演じる少女の孤独の明晰さを描出するというグループアイドル特有の自我の成立過程、ひたすら明けては暮れる喪失の連なりと屈託、アイドルを演じる少女の個人的な体験、その境地をあくまでも普遍的に記している。
”愛よりも大切な夢”を発見した少女たち、奇跡との遭遇に歓喜する少女たち、彼女たちの日常を演じる行為への没入、その純度は日増しに高くなる。それは現実と仮想のあいだに明確な境界線を引く、のではなく、むしろフィクションを作る行為への無意識化を招いたようだ。だから彼女たちは理想に向かって突き進むことができた。たしかに、トレーに載せて差し出されたこの虚構は、商業的で自己啓発的に過ぎるようにもおもえる。アイドルの演技に”ムラ”があり、滑稽にみえるシーンも多い。しかし、アイドルの通俗を反動的な詩情のもとに書いた詩、それに触れたアイドルが過去の絶望に戻るシーンには、グループアイドルのカリカチュアを、なによりも仲間や好敵手と安易に呼ぶのに躊躇する”理想への献身に結ばれた絆”を映し出すちからが宿っており、「降りしきる雨」によって足元にできた水たまりがいつのまにか「太陽が輝くのを」反射している、といった希望の存在に支えられた人間群像を描いた青春の書として、つよい輝きを放っている。『きっかけ』と並び、季節の記憶としてグループのファンに愛される楽曲だと感じる。
もっとも興味深いのは、歌を唄いはじめた少女たちのそれぞれが、実は本物の”悲しみ”をまだ実感していない、という点だろう。『悲しみの忘れ方』のなかで動くアイドルたちは本当の”悲しみ”を抱いてはいない。彼女たちが抱いているのは、車窓から見える、目まぐるしく通り過ぎていく風景のような思い出だけである。彼女たちが本当の”悲しみ”のようなものの存在に触れたのは、おそらく、『悲しみの忘れ方』を演じたあとだ。あるいは『悲しみの忘れ方』を演じた、雨に打たれた、その瞬間だ。”悲しみ”の啓蒙によって、”悲しみ”を口ずさむことによって、はじめて、アイドルを演じる過程で自身の内奥に降り積もっていた”悲しみ”を発見する。この、提示された楽曲を演じきろうとする姿勢により、眼前に置かれた命題を少女が拾い上げ、困難や試練を乗り越え、ファンと成長を共有して行くという構図こそ現代アイドルのイコンと呼べるのではないか。作詞家・秋元康から提示された詩的世界、そこに登場する主人公へなりきることでアイドルの性格が決まり、アイドルを演じる少女の素顔が描き出される、そのようなギニョールの集大成に『悲しみの忘れ方』が挙げられるのではないか。
総合評価 80点
現代のアイドルシーンを象徴する作品
(評価内訳)
楽曲 17点 歌詞 16点
ボーカル 15点 ライブ・映像 15点
情動感染 17点
歌唱メンバー:秋元真夏、生田絵梨花、生駒里奈、伊藤万理華、井上小百合、衛藤美彩、齋藤飛鳥、斉藤優里、桜井玲香、白石麻衣、新内眞衣、高山一実、西野七瀬、橋本奈々未、深川麻衣、星野みなみ、松村沙友理、若月佑美
作詞:秋元康 作曲:近藤圭一 編曲:久下真音