STU48 僕らの春夏秋冬 評判記

STU48, 楽曲

写真左:立仙百佳 右:清水紗良(C) 日刊スポーツ

「昔 愛した君の物語」

歌詞、ミュージックビデオ、ライブ表現について、

4枚目シングル『無謀な夢は覚めることがない』のカップリング曲。センターは立仙百佳。
STU48の最高傑作であるばかりでなく、アイドルを「桜」に喩え自己の青春の日々を通し物語ってきた秋元康のその詩情、その憧憬、その郷愁を代表する作品と云えるだろう。
かつて愛した人との思い出を、新しく出会った少女の横顔の内に重ね想うことで甘美な郷愁に囚われていくという、独りよがりな、しかしグループアイドルの逃れがたい魅力を、平明で曇りがない音楽のなかで、あくまでもポップに、軽快に、とりわけ
味わい深く、作詞家が、アイドルが、歌っている。

ノスタルジーに憑かれることの後ろめたさ、季節の記憶に囲繞されることの無力感を隠すことなく詩的に表現してしまえるところに今作品の見どころ、秋元康の詩人としての才能がある。
新しくグループに加わった少女の美質に「過去」を重ねることがその少女たちの魅力の発見、つまり過去を未来につなげるのだという、オーセンティックな希望は打ち出すのではなく、瑞々しく未成熟な少女たちに「過去」を通い合わせることでその少女たちもやがてかならず「過去」になるのだという、郷愁の循環、言わばノスタルジーの回廊を描き出している。
未成熟であることが未完成でありつづけることを約束する憧憬のなかで、未来を生きる少女を「過去」につなげ、「過去」を引き継がせることが、「過去」の証明になる。たしかにあの人はそこにいたのだというノスタルジーが生まれることで、その「過去」につなげられた、「過去」の証明に役立てられた未来を生きる少女もまた「過去」となり、やがてその存在が証明される日が来るのだという、希望を印している。
もちろん、こうした希望は倒錯でしかないだろう。だが、間断なく、矢継ぎ早に新しいアイドルが登場し、また同時に、朝露のようにその「夢」が消えていくシーンにあって、たしかにそこに彼女は存在したのだという郷愁の約束こそ、もはや少女たちにとっての本物の希望であるのかもしれない。

ゆえにこの楽曲を真に歌えるのは、未成熟であることが自己の支えとなる少女つまりアイドルだけであり、この楽曲を表現できるのは、アイドルの扉をひらいたばかりの、バナールであることを確信させる、この24名の、不揃いの、夢見る少女たちだけだろう。
ライブステージ上での立ち居振る舞い、後日制作されたミュージックビデオにおける演技、いずれも拙く、初々しいとしか言えないが、そこにはたしかに、今の彼女たちにしか表現できないもの、がある。
作詞家の情熱とアイドルの「現在」が上手に合致した、ファンの記憶から消えさることのない作品。


歌唱メンバー:池田裕楽、今泉美利愛、内海里音、尾崎世里花、川又あん奈、川又優菜、工藤理子小島愛子、近藤ありす、迫姫華、清水紗良、鈴木彩夏、高雄さやか、田口玲佳、田中美帆、田村菜月、中廣弥生、原田清花、南有梨菜、宗雪里香、吉崎凜子吉田彩良、立仙百佳、渡辺菜月

歌詞:秋元康 作曲:A-NOTE、T.INOUE 編曲:A-NOTE、T.INOUE

2023/05/15 編集、加筆しました(初出 2020/03/03)