乃木坂46 僕のこと、知ってる? 評価

©2019「DOCUMENTARY of 乃木坂46」製作委員会

「記憶喪失」

歌詞について、

自己像の捩じれ、存在理由の揺らぎ、自我を喪失し「迷子」になりながら成熟を獲得しようと試みる「僕」を描く。アイドルシーンの収斂と安易に云い切るには虚構に対する批評空間の余地があまりにも膨大であり、楽曲に備えた”世界感”は広大である。音が鳴り止むその時まで、落胆させる場面がまったくない。”ここではないどこかへ”というクリシェが倦みを投げつけないのは物語の展開そのものに逆転があるからだろう。穏やかで澄んだ響きのなかに強烈なアイロニーが込められており、作詞家生来の俗悪と無垢の止揚が作る魅力は凄まじいの一言。現代アイドルを現代日本人の映し鏡として写実する文学性と批評性の所持を明確に提示したことで、常に情報(揶揄)に囲繞され、それを強烈に自覚する作詞家の存在理由が満たされて行く…、その過程が『僕のこと、知ってる?』に書かれた詩的世界の成り立ちと共鳴し合う事実は、シーンの「傍観者」といった立場を意識的に振る舞う作り手自身もアイドルの成長共有というコンテンツに囚われていることへの証明になっている。(*1)

アイドルを演じる行為とは、架空の世界に産み落とされた”もうひとりの自分”を育てながら、仮想と現実を行き交い、「本当」の自分のアイデンティティの確立を試みる、そして、それをひとつの物語としてファンに語る所業である。興味深いのは『僕のこと、知ってる?』の”世界感”においては、アイドル=「僕」が架空の世界をさまよい歩くうちに、それが現実世界での自我の喪失に、ピアノマン的な「迷子」に、”完全に”すり替えられている点にある。喪失体験の通過によって成熟を獲得しようと「迷子」になる…、アイドルとしては爛熟期にあたる物語からも、『僕のこと、知ってる?』ともっとも響き合う現役アイドルは白石麻衣と云えるだろう。この歌詞を書かせた原動力に彼女の作った虚構が放つ寂寥があるのは間違いない。「僕のこと知ってる?」、この問いかけは、名前や顔への誰何ではなく、本質的な徴の消滅、つまり本当の自分を一体誰が知っているのか、という陳腐な自問自答であるのは云うまでもなく、「僕」のことを知らない街で、「僕」のことを知らない「誰か」なら、きっと本当の自分を教えてくれるはずだ、という無垢な妄執と感傷を嘲笑うように、「僕」は「街に貼られたポスター」(それは「僕」が有名人である証しかもしれないし、尋ね人〈指名手配犯、行方不明者〉の証しかもしれない)=過去にうつし出された自分から「足跡」を発見する。悲喜劇的な倒錯に満ちた結末と云えるが、しかし、たしかに希望に溢れている。(*2)
平成が終わり、令和が始まった現在(いま)、このタイミングで、圧倒的な美を誇り、圧倒的な人気を獲得した白石麻衣の写実(私小説的物語)を想わせる楽曲の提示を”はじめて”実現し、それをグループアイドル史の成熟に重ね合わせることに成功したのだから、会心の作と呼ぶほかないだろう。

 

総合評価 83点

現代アイドル史に名を残す作品

(評価内訳)

楽曲 17点 歌詞 20点

ボーカル 14点 ライブ・映像 16点

情動感染 16点

引用:見出し、(*1)(*2) 秋元康/僕のこと、知ってる?

歌唱メンバー:秋元真夏、生田絵梨花、伊藤理々杏、井上小百合、岩本蓮加、梅澤美波、大園桃子、北野日奈子、久保史緒里、齋藤飛鳥、阪口珠美、桜井玲香、佐藤楓、白石麻衣、新内眞衣、鈴木絢音、高山一実、星野みなみ、堀未央奈、松村沙友理、与田祐希、渡辺みり愛

作詞: 秋元康 作曲:中村泰輔 編曲:中村泰輔

評価点数の見方