SKE48 一色嶺奈 評価

一色嶺奈(C)日刊スポーツ/BIGLOBE

「アイロンのある風景」

1万時間の法則という言葉がある。これは個人的な体験による解釈だが、「何かを極める」のに1万時間ではなく「その職業でとりあえず、何とか食えるようになるまでの時間」が1万時間なのだとおもっている。無為に消化し過ごした時間はカウントされない。一日8時間、精神を集中してひとつのことにうち込む。三年余りで到達できる。2014年にアイドルとして、文芸という虚構に足を踏み入れた一色嶺奈も、この「1万時間」に到達したのではないか、と想像する。ブレイクスルーにも遭遇したはずだ。この時間中はモチベーションを維持しやすい時期であり、意識せずに、次の世界への扉を順々にひらくことができる。ファンとの成長共有の大部分もこの時間のなかで果たされる。しかし、現代アイドルシーンにあってはその到達点はゴールとされない。アイドルが書く物語は長編小説のように文量が求められる時代になってしまったから。
書き出しの一行を終えた1枚目の原稿用紙の余白を、自身のアイドルとしての伸びしろを埋めるようにして文字を書き連ねた先には、何もない、真っ白な原稿用紙が立ち現れる。それは、物語を書くということを、アイドルを演じるということを、職業として、生業として意識してしまった人間を絶望させる。ほとんどの場合、その絶望感が隘路の入り口となる。出口が入り口につながっている迷路だ。隘路をどのように突破するのか、行止りの壁を壊すのか、引き返す勇気をみせるのか、岐路に立たされる。それは、少女が、一色嶺奈が、人としてだけでなく、アイドルとしてもアイデンティティを確立しなければならない試練である。一色の「ピュア」と同質の資質を抱えた北川綾巴は岐路の先で「美」をアイデンティティとする耽美を手に入れたが、アイドル・一色嶺奈は真っ暗闇のトンネルの中で何を手にするのだろうか。

一色嶺奈の抱えるピュアとイノセンス、それらがアイデンティティの確立によってどのような変化=結論を出すのか。顔を下に向けてしまうピュアさ、堅牢なイノセンスといった日常の内向がステージ裏の暗闇を通過すると雄々しい表情に変質している…、そこに生来の美貌が止揚し、異彩を放つ。喪失への展開という意味でならば西野七瀬に比肩する。その稀有な資質が彼女の内から欠落してしまうのか、グループの未来を展望するうえで見落とすことが許されない切迫したシーンになるだろう。舞台装置の上で踊る彼女は、風に吹かれる焚き火の炎のように「表情」が様々に変わる。「それは誰にでも簡単にできること」ではない。まさしく、センタータイプのアイドルと云える。しかし、変わるのは表情や姿形だけでは済まされないのかもしれない。それを眺めるファンの「気持ち」が変わるように、彼女の内奥でもなにかが揺れ動いてい”た”のかもしれない。

そのとき順子は、焚き火の炎を見ていて、そこに何かをふと感じることになった。何か深いものだった。気持ちのかたまりとでも言えばいいのだろうか。観念と呼ぶにはあまりにも生々しく、現実的な重みを持ったものだった。それは彼女の体のなかをゆっくりと駆け抜け、懐かしいような、胸をしめつけるような、不思議な感触だけを残してどこかに消えていった。

(村上春樹「アイロンのある風景」)

 

総合評価 68点

アイドルとして活力を与える人物

(評価内訳)

ビジュアル 13点 ライブ表現 16点

演劇表現 9点 バラエティ 14点

情動感染 16点

SKE48 活動期間 2014年~

評価点数の見方