アイドルの可能性を考える 第三回 日向坂46 編

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「日向坂46の可能性」

メンバー
楠木:批評家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
:音楽雑誌の編集者。
横森:カメラマン。門脇実優菜推し。

楠木:今回のテーマは「日向坂46の可能性」です。これまでに発表された表題作は5枚のみ、まだまだ若いグループですが、”ひらがなけやき”時代(欅坂46と行動を共にしていた時代から、袂を分かち改名するまで)を考慮すると決して歴史は浅くない。むしろその前日譚がグループの寄す処になっているようにもみえる。早くも暗雲が垂れ込みつつあるアイドルグループですが、今後の可能性について、論じていこうとおもいます。ではよろしくお願いします。

 

「松田好花の可能性」

OLE:このグループ、このアイドルたちがなぜここまで売れているのか、よくわからない。ここまで人気が出るとは考えなかった。まあ、売れたってことは自分に見る目がないってことなんだろう。ただ、このグループには古臭いアイドル観の盤踞があるようにおもう。飽きられてきているならそれが理由だろう。それでも可能性を感じる子を一人挙げろと強いられるなら、松田好花を選ぶかな。
楠木:僕も松田好花に対して「期待」を持っていますよ。彼女に見出す可能性って、そのほとんどはアイドル卒業後の話でしょう?
OLE:そうそう。
楠木:瞳に魅力がありますよ、このひと。透徹している。あと、勘も良さそうでしょ。女優でもバラエティタレントでもなんでもできそうだけど、演劇の世界に来ないかな。
OLE:日向坂46ってすごく古臭い。上村ひなのとか目も当てられないくらい古臭いアイドルの役作りをしている。まあそれが受けているんだろうけど。そういう押し付けがましさがある中で松田好花は浮いて見える。さかまいているわけだねアイドルが。
横森:このグループはアイドルの物語をなんでもかんでもバラエティ番組の企画に落とし込んじゃうからな。時代遅れのテレビ屋が本を書いているんだろうな(笑)。
楠木:『青春の馬』のミュージックビデオの裏側みたいなのをやったでしょう。あれにはガッカリしたな。せっかく名作が生まれたのに、アイドルみずからが価値を損ねる真似をしている。フィクションって没入が大事だから。これはあくまでもバラエティだから、と言われてもね。そういう情況にあって、松田好花は『JOYFUL LOVE』を歌おうとしたら涙ぐんでしまって上手く歌えない、っていう場面を描いている。楽曲の価値をアイドルがしっかりと高めている。真面目ですよ、アイドルに対して。
:松田さんは西野七瀬っぽいところがありませんか。雰囲気とか。
横森:貪欲なところが似ているね。でも西野七瀬はそれを「商品」に見せない。商品棚に並ばせない。松田好花はアイドルを「商品」にしている気がする。
楠木:アイドルのプロパーではないという意識あるいはポテンシャルがそういう不快感を投げつけるんでしょう。早川聖来にも似たところがある。才能がある、という前提に立つとね。
OLE:ルックスにクセがあって、西野七瀬もそうだけど、たとえば、愛読書を無造作に開いてそのページを読んでみる、っていうのを何回か繰り返していると、その開くページというのは数パターンしかないことに気づく。毎回違うページが開くなんてことはないんだよね。そういうクセのようなものがあるんだよ、松田好花って。卒業後、跳ねる可能性があるよ、この子。

「小坂菜緒は10月のプールに飛び込めるか」

楠木:アイドルの卒業と言えば、小坂菜緒はいまこのタイミングで卒業したら天才だ、みたいなことを書いたらその何日後かに大園桃子が卒業発表した。
横森:大園桃子は天才なの?
楠木:それを説明できてしまったらそれはもはや「天才」ではないよ。説明できないから天才なので。物書きが表現を諦めたらそれはもう物書きじゃないけれど、天才に関してはこれはもうどうしようもない。説明できないものこそ天才だってのはあまりにも紋切り型の言い訳に聞こえる、でもそうするほかにない。
:平手友梨奈はどうですか?天才に見えますか?業界の評判はものすごく良いですよね。僕のまわりでも彼女の評判は良い。
楠木:天才かどうかはわからないけれど、彼女を眺める大衆は怒るでしょう。あるいは呆れる。またそれを認めたくないという意識から無関心を装ったりもする。つまり彼女の振る舞いには大衆の感情を逆撫でするものがある。ということはやっぱり凡庸ではないなにかがあるのは間違いない。福田和也が森永博志を対話者として迎えた『リトルモア』の「平成のルネッサンス」の中でジョニー・ロットンを評する場面があるんだけど、読んでいるとそれがそのまま平手友梨奈の横顔にどんどん重なっていく。ジョニー・ロットンが天才なら、そうした天才という枠の中に平手友梨奈が入っていることは確かなようだな、と。
:フュージョン・プログレから龍胆寺雄まで語っていましたね。平手友梨奈に対してパンクを持ち出す同業者はよく見かけます。
楠木:僕は女優としてはそこまで彼女に期待していないんですね。女優もそれなりにできてしまう、ということだけであって、本質的にはなにものにもなれない、どこにもたどりつけない人物に見える。「平成のルネッサンス」の中で森永博志は、音楽とはプレーするもの、一方歌は言葉だ、しかし言葉は書くものだ、と言っている。それに従うなら平手友梨奈は音楽をプレーするひとでしょう。女優は言葉を演じる商売なので、結局ここでも彼女はアンビバレントに囚われている。だからどこにもいけない。小坂菜緒に話を戻せば、彼女は言葉のひとでしょう。なら女優としてのチャンスがいま目の前に転がっているんじゃないのか、と。
OLE:それはやや突飛に感じるけど、卒業後にどうするか、と考えたら女優しかない。最近は人気者になった子もあっさり引退しちゃうけど。芸能界でやっていくなら女優しか道がないよこの子は。
楠木:そういう行き詰まりのようなものが小坂菜緒というアイドルのアイデンティティになっている。アイドルを演じているのに可能性の幅が広がるのではなく、ぐんぐん狭まってしまう。オーディション合格発表時の小坂菜緒の横顔を見れば、これはもうだれでも逸材を確信するとおもう。それも一級品ですよ。類を絶している。他の応募者の、そりゃ受かるよね、どうせセンターだよね、っていう嘆きが今にも聞こえてきそうなほどに。でもそこから伸びてこなかった。というよりもそこがすでに最高到達点だった。彼女の物語は、出発地点から減退していく物語にしかなりえなかったわけです。そして現在、岐路に立っている。アイドルを延伸するのか、アイドルを卒業するのか、という。
OLE:アイドルを卒業する方が大変だからね。まあこういうのはありきたりだけど(笑)。
:ここで卒業できてしまうのが平手友梨奈で、もし小坂菜緒が平凡なアイドルだったら卒業の選択を取れない。もしかしたらオーディションよりも資質を問われている局面かもしれない。
楠木:そのとおりだけど、そう言ってしまうと安易に感じるから、説得力を持たせるためにフィクションを準備するしかないんですね。たとえば今なら『君しか勝たん』のストーリーと通い合わせるべきで、”失ったときにやっと気づくんだ”、という作詞家の詩情に突き動かされるように行動した、アイドルを卒業した、という感慨を作って、このアイドルを天才だ、と褒める。可能性を打ち出していく、そういう批評=フィクションを作るしかないわけです。

「秋元康と日向坂46の関係性」

:『君しか勝たん』は詩が良いですよね。暗示的で。わかりやすくて好感が持てる。これアイドル個々の物語だけじゃなくてグループにも重ねるべきだとおもいます。
OLE:売れなくなることを予知してるんだよ、詩が。

横森:そこまで考えてるかなあ。というかそんなこと考えるかな。
:これは「アイドル」を目指す少女からすれば、励まされる歌ですよ。しかも誘惑も感じるんですよこれ。秋元康の表現を借りれば”ここではないどこか”への入り口になっている。「夢」の世界へ君も来いと歌っている。でもじゃあすでにアイドルになっている演者にとってどういう歌にみえるのか。それはきっと卒業を意味するのだとおもいます。そうなるとやはり「小坂菜緒と卒業」の話題に帰結するんですね。
OLE:むしろこれはAKBのことを書いているんじゃないの。一番愛した「彼女」ってAKBのことでしょ。でそれを日向坂に歌わせるからおもしろいんだよ。
楠木:それはきっと投影ですね。
横森:AKBの魅力を違うアイドルに歌わせているとしたら悪どいな(笑)。
OLE:秋元康のなかで日向坂46という存在のあり方がはっきりと出ているでしょこの歌は。だからまあ過去の4作品と比較すれば全然マシだよね。
楠木:これは僕の専門ではないから乱暴な見解に映るだろうけど、詩人としてのシャルル・モーラスを見るとき、モーラスは自身の作品との間合いが他人そのものなのでしょう?作家と作品は有機的に結びつかない、という姿勢を取っている。説明するまでもなく作詞家としての秋元康はモーラスの真逆にある。でも日向坂46の楽曲、とくに表題作に関してはどこか「他人」だよね。まあ他人を振る舞っているのか、他人になってしまっているのか、これはまだわからない。しかしその他人っぷりが『君しか勝たん』では活きている。それまでの4作品が全然ダメというのは完全に同意で、それはアイドルを写実していないし「他人」も活かされていなかったからなんだね。問題は、やっと造形が実った『君しか勝たん』が過去の恋人への手紙だった、という点に、これは退屈な捉え方だけれど「暗雲」を感じるわけです。
OLE:別れた恋人を愛することではじめてほんとうの「愛」を知る、という破滅ね。
横森:写実というのは要するに”あてがき”でしょ。それはMVに任せているんじゃないの。
楠木:もちろん映像作家もアイドルを写実すべきだけど、同時に妄想を爆発させないといけない。妄想の爆発だからそれは「任される」ものであるべきじゃない。自分が表現したいとおもったアイドルの顔をスケッチすべきなんだ。

「ネジを巻き戻す丹生明里」

楠木:アイドルに話題を戻しますが、丹生明里はどうですか?僕はこのアイドルは個人的にはほとんど推していないけれど、個人的な好悪とはまったく離れた場所で評価するとき、高く評価せざるをえないという、力強い存在です。
OLE:日向坂の面々って欅坂46のメンバーと対面したときの情けなさ弱々しさを考えると出世したよね。運があったんだな。桁違いの強運を持った子が紛れ込んでいる。それが丹生明里なんだよきっと。
楠木:その考えだと運があるのは1期生ってことになるはずだけど(笑)。1期なら東村芽依でしょう。「お守り」だから彼女。グループが売れたのは2期のおかげですけどね。
:丹生明里さんはカノンですよね。アイドルの物語が。
横森:オーディションのときは人気がまったく無かった。でも顔を見せたら一気に人気が出た。要するにルックスが良いから売れているだけだよ。
OLE:それはつまりカノンってことだよ(笑)。
:カップリング曲でセンターをやったし運営陣の期待がじわじわ出てきてる。
OLE:でもこの子はセンターという感じではないでしょ。センターにしちゃったら魅力にキズが付いちゃうよ。
楠木:そこを用心深く見ているんですよ。カードを切るべきがどうか、考えてる。
OLE:小坂菜緒が倒れたら、次の主役はこの子でしょ?でもこの子の口からセンターへの葛藤とか、センターの重圧がどうだとか、聞きたくないよね(笑)。
楠木:丹生明里については個人的に語りきっていて、思考をほぐすか集約させるかしかないのだけれど、このひとを眺めていると非現実的なもののなかにこそ現実が在るのではないか、とふらふらしてくる。過去にいろんな批評家や小説家が村上春樹に対して語ったことを、まさかアイドルが再現するとは……。アイドルを演じているのになぜかピュアになっている。信じられない。
:それは演技が上手いということじゃないですか。見た目、というかキャラクターに似合わずウソが上手い。
楠木:演じているのはそれは当然だけれど、本に書かれた役を演じることと日常を演じることでは隔たりがあって、純白を日常の所作として見せるって生易しいことではないですよ。
OLE:ピュアだなんだ言われて褒められる。そうするとピュアを演じなければならないって情況に追い込まれちゃう。一度でもそういう姿勢を意識してしまったらもうピュアを演じようとしてもピュアには見えなくなる。でもこの子はずっとピュアであり続けている。ということはなにか普通ではないものがある、って考えてしまうんだな。そうやって大げさに考えた結果村上春樹を引くならこのアイドルはフィクションの内側で幼児退行しているということになるね(笑)。
楠木:もし”ネジを巻き戻している”なら、これ以上ワクワクするものはほかにない。シーンのデメイクになるかもしれない。

「渡邉美穂は第二の川栄李奈になれるか」

楠木:渡邉美穂はどうですか?成長という意味では、一番その幅のあるアイドルだとおもいます。とくに映像演技には目をみはるものがある。デビュー時の彼女をみて演技の世界への可能性を見出だせた人間なんてほとんどいないでしょう。
:川栄李奈に似ていますよね。映像演技における存在感が。
OLE:なるほど。川栄李奈か。
楠木:たしかに似ているかもしれませんね。佇まいが似ているかも。正直僕は川栄李奈というひとに演技の才能があるとは思えないけれど、そういうところも似ているかもしれない。才能ではないところで勝負できるというか。いやもちろん才能はあるかもしれないけど。いずれにせよ売れたのは才能を原動力にした結果ではないよね、っていう。
:使ってみようと思わせる魅力があるってことですか?
楠木:違和感をつくらないというか、存在感が薄いんですよ。作品の世界を毀さないでしょう。だから使いやすい。
横森:それは(笑)。
楠木:いや褒めているんだよ真面目に。だって演技で食えるって一握りだから、とくにテレビドラマでは。食えたら勝ちだよね。渡邉美穂は演技で食える可能性あるよ。自分になにができるのか、自分になにが求められているのか、この2つが合致すれば大体はその分野で食っていける。
OLE:川栄李奈と似ていると感じるのは演技が陳腐だからだよ。目立って下手ではないけど、表現が陳腐でしょ。でも日本のテレビ業界は前時代的だからああいうのがウケるんだよね。ほら『半沢直樹』とかさ(笑)。
横森:前時代的というか、現代日常劇を時代劇のノリで作るからね。ほんとうに呆れる。

楠木:役者に才能があっても、才能がない監督ばかりだからみんな下手に見えてしまう。まあそれはそれで役者の力量を問うべき問題なんだけど。樹木希林さんが上手かったのは監督にはっきりとダメ出しできたからだね。あなたは才能ないよって。しかもそれを演技で教えちゃう。そういう凄みのある役者がもっと出てくれば盛り上がるんだろうけど。


2021/08/20  楠木

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