STU48 塩井日奈子 評判記
「ロジカルシンキング・アイドル」
塩井日奈子、平成12年生、STU48の第一期生。
演劇の分野においてきわめて心細く頼りないSTU48にあって、わずかながらでも演劇への可能性を見出させた貴重なメンバーである。飾り気のない、黒髪のロングヘアの少女で、深窓の佳人をイメージさせた。教育・境遇によって育まれたであろうプライドの高さが、知的であることを情熱的に映し出すという個性をかたちづくり、役者への憧憬を広げた。そのこけおどしではない出で立ち、特に尊大であるところ、また剣呑であり狷介でもあるその性格に共鳴したのだろうか、瀧野由美子に一目置かれていたメンバーでもある。
デビュー直後、SNS上で、塩井のものとされる過去の発言がファンによって掘り起こされ、話題になった。早くも幻想に傷が付いてしまったことを自覚し焦燥に駆られたのか、この人は、どんな場面でも自意識過剰に振る舞った。ゆえに活動を終了するその日まで、アイドルを中心に、常に不協和音が生じていた。
当然、人気に乏しかった。出鼻をくじかれ人気獲得に失敗してしまった、と拉がれる情況のなかで、「劇団れなっち」の舞台「ロミオ＆ジュリエット」に出演し、同業者との交流を通し自分の演技が思いのほか好評を博したことが転機となり、塩井は演劇の風に吹かれてゆく。だが、思うように人気を獲得することができない現実を前にして「舞台」に活路を見出し「演劇」を熱弁するその塩井の姿を好意的に捉えるファンは少なく、むしろ反感を買った。ここでもまた不協和音を響かせ、結局、人気が出ることは最後までなかった。
ギリシャ神話の虜になった人らしく、ファンの前でなにかを物語ることに意識的なアイドルで、スマートフォンカメラの前でただ日常風景を垂れ流すだけのアイドルとは趣を異にしていた。物事を体系的にまとめ上げ、筋道を立てて話す、毅然とした少女だった。だが、自分が打ち立てた理屈どおりに物事が運ばないと、途端、生来のプライドの高さが顔を出し、不満を隠さなかった。アイドルの幻想を毀してしまうことが多かった。
理屈で動く人は、自分が客観的であると思い込む傾向がある。ゆえにあるひとつの共同体のなかでルールに基づき常識的に振る舞う人間、つまり厳とした主観をもった、融通の利かない人間に対し多くの場面で折り合わない。頭が良く、プライドが高いのであれば、なおさらだ。
正しい理屈を積み上げ、それを作り手やファンに投げかけるのに、納得してもらえない。自分の言葉に説得力がでない、という現実を前に、少女は葛藤したようである。
常識が通用しない世界で常識を求めてしまうのは、無謀、と言うよりも、人心の理解に乏しいと云うしかない。
瀬戸内という土地、無何有の郷のなかでアイドルがどう育まれるのか、瑞々しい希望に溢れたコンセプトを掲げたSTU48にあって、東京に恋い焦がれていることをはっきりと言葉にしてファンに伝えてしまう彼女の大胆さ、正直さ、愚直さ、無頓着さ、無神経さ、つまり人心の理解に乏しいその言動を前に呆れ返ったのは、きっと、ファンだけではなく作り手も同じだったのではないか。
幼少時から、ギリシャ神話という、人間の感情を豊かに育む古典文学の虜になり、そのテクストに親しんだ人間が人心理解への欠乏によって「アイドル」の失敗を招いてしまったのはなんとも皮肉的としか言いようがない。
とはいえ、彼女のその佇まいに言いようもなく引かれてしまうのも事実である。
たとえば、田舎から脱出しようとする意識の過剰さ。こんな田舎町にこのまま埋もれていくのは嫌だ、都会の喧騒に包まれたい、という衝動は、立身出世への紋切り型の憧憬であると同時に、若者の普遍的な行動力であり、夢と希望に溢れているべきアイドルとして文句なしの横顔におもう。また、たとえばそれはSTUのセカンドシングル『風を待つ』において前作『暗闇』で記した別荘地での随想というテーマに早くも倦みを抱き、東京の空を恋い焦がれてしまった作詞家・秋元康の詩情・私情と通い合っているようにも見える。
『風を待つ』以降、STU48の作り手はファンの声量に柔軟に応じる姿勢を示しつつ、その実、自らの理想に突き進むという、エンターテイメントを仮装したアートとも呼ぶべき作品づくりに励むことになる。やはり同じように、ファンの要望に応えるよりも自分の理想に突き進むことを選択してきた、野心に憑かれた塩井日奈子が、つまり自己のプライドを守り抜いてきた塩井がその作り手の志と一度も重なり合うことなくアイドルの扉をとじてしまったことは、尽きない名残を想わせる。
野心に満ちた人は、自分が同じ場所に留まっているのではないかという自覚に、慄える。彼女は早々に「アイドル」に見切りをつけ、次の夢の扉をひらいた。
卒業理由に「学業」を挙げ、そのとおり「慶應義塾大学」へと進学した。
総合評価 61点
アイドルとして活力を与える人物
（評価内訳）
ビジュアル 12点 ライブ表現 11点
演劇表現 12点 バラエティ 13点
情動感染 13点
STU48 活動期間 2017年～2018年
