平成のアイドル 人気ランキングTOP10 エンターテイメント編

特集

「一番人気があるアイドルって誰だろう?」

アイドルってなんだろう?、この問いかけからはじまった『アイドルの打ち』。筆者は、アイドルを純文学の見地から読み、文学小説に書かれた登場人物たちと響き合う点を探り、結びつけ、アイドルを演じる少女が書く物語に”値打ち”を付けてきた。もちろん、それが文学に寄せた批評、あるいは、文学を気取った批評である以上、私がアイドルに付す評点とは、アイドルへの判断基準・指標を簡略化するものであると同時に、世間に広く浸透する現実的な評価とは相容れない空想つまりフィクションに過ぎない。
では、そのような趣向・志向から一度離れ
、より一般的な、純文学ではなくエンターテインメントの観点の立場からアイドルを読み、そのランキングを作ったらどのような結果がおとずれるだろうか。遊び心が湧いた。

純文学とエンターテインメントの違いを端的に説明するならば、たとえば、例外こそあるものの、文壇において芥川賞を受賞する作家とその作品は純文学に分類され、直木賞を受賞する作家、作品はエンターテインメントの分野に置かれる。純文学とは、読む者に自己の超克を促す力をもっている。エンターテイメントとは、泣いたり笑ったり、人に感動を与える存在である、というのが先人の教えである。
要は、遠回りした文章や描写、これは今回は抜きにして、とにかく「一番人気があるアイドル」は誰だろう?と問いかけてみる。大衆の想像力に迎合する視点を持たなければ見えてこない物語もあるのではないか、いや、むしろその目線こそが活力を命題とする現代アイドルの本質に触れるための数少ない手法のひとつなのかもしれない、と考えたわけである。たとえば、前田敦子ではなく大島優子の物語に、渡辺美優紀ではなく山本彩の物語に没入する多くのファンの妄執に触れるにはエンターテインメントの見地に立ち、彼女たちの作る虚構=フィクションを検証しなければならないのではないか、と。

現代では、アイドルの人気・知名度”のようなもの”をはかる数字、俗に云う「指標」は、ファンの目に見えるだけでも様々なものが準備されている。たとえば、表題曲の”センター”回数、表題曲の選抜回数、劇場公演出演回数、CM本数、大手メディアによる知名度調査(タレントパワーランキング)、雑誌の表紙、握手完売表、ブログのコメント数、TwitterをはじめSNSでの反響、SHOWROOMの累計視聴者数、主演映画の売上からドラマの視聴率、バラエティ番組での活躍、5ちゃんねるを代表とする匿名掲示板での評判、スマホアプリのイベント順位まで、まるでFXの経済指標の重要度を見極めるようにファンはこれらひとつひとつの価値を検証・吟味し、重要と位置づけた(あるいは自身に都合が良いと確信した)指標をもとに、議論と呼ぶには稚拙かもしれないが、日々、熱心な討論を繰り広げている。
今回は、この”熱心”な討論を黙殺せずに、ファンの妄執が作り上げる声量を意識的看過せずに、これまでに100人以上のアイドルを批評してきた筆者が、あらためてアイドルを眺め、公衆的な人気を問い、その順位を決めてみたいとおもう。作詞家でありアイドルのプロデューサーでもある秋元康が輩出したアイドルのなかで、公衆からの人気をもっとも獲得したアイドルとは誰か?大衆を虜にして没入させるアイドルとは誰か?現役、卒業生を含め、総勢900名以上存在するアイドルの”物語”の中から上位10人の主人公を選出しランキング形式で(エンターテインメント的な図式に則り)批評を作ってみようとおもう。純文学の見地から作った批評群(評価点数一覧)と比較した際にうまれるズレや矛盾、乖離もひとつの愉しみになるのではないか、とおもう。



・グループアイドル人気ランキング 10
日向坂46 小坂菜緒

小坂菜緒(C)佐藤裕之/週刊プレイボーイ

小坂菜緒、平成14年生、日向坂46(けやき坂46)の第二期生。
写真という静止した架空の世界の内で冠絶した生彩を放つ、今日のシーンでは数えることの少なくなった、古典的な資質を具えた貴重な登場人物。すでに3作品連続で表題曲のセンターを決め、一貫して、作り手に強い主人公を描かせている。そのもっとも強い魅力とは、やはり、センターに選ばれてしまう少女固有の孤閨(あるいは彼女の置かれた境遇の場合、空閨と呼べるかもしれない)にあるだろう。
デビューしてまだ2年だが、すでに多くのファンを、アイドルとなって歩み出した書き出しの数行のみで自身の物語に没入させてしまったのだから、称賛に値する人物である。
敢えて、不吉な胎動を挙げるならば、今後発表される楽曲=日向坂46の成功と失敗は、このひとりの主人公の動向、つまり「小坂菜緒」の成長物語次第であり、彼女の作る表情如何でグループの輝きそのものが左右されてしまうのではないか、という点だろうか。そしておそらく、純文学とエンターテインメントのあいだに引かれる境界線とは、このような感慨を言うのだろう。



・グループアイドル人気ランキング 9
乃木坂46 橋本奈々未

橋本奈々未(C)乃木坂46 橋本奈々未の恋する文学 – 冬の旅/UHB北海道文化放送

橋本奈々未、平成5年生、乃木坂46の第一期生。
アイドルに数多く存在する”文学少女”のなかでもきわめて突出した、ユニークな登場人物。小説から剽窃した得物を片手に、並々ならぬ個性を具えたライバルたちと互角以上に渡り合い、アイドルを育むという、ペダントリーの横溢には、独特な存在感があった。
純文学小説を嗜む少女をエンターテインメント的ランキングに選出することは、あるいは倒錯しているかもしれないが、橋本奈々未のペダンティックな立ち居振る舞いを前にしたファンの情動には、純文学としての反響だけでなく、エンターテインメントとしての興奮が充分にあったようにおもう。
なによりも、彼女の美貌には、その横顔には、その魅力に一度でも囚われてしまったら、二度と現実世界には帰還できないという、大衆を虜にする偏向的没入感があり、それは村上春樹的な純文学とエンターテインメントの止揚と響き合い、まさしく白眉と名付けられる。



・グループアイドル人気ランキング 8
乃木坂46 齋藤飛鳥

齋藤飛鳥(C)ドワンゴジェイピーnews/NTT DOCOMO

齋藤飛鳥、平成10年生、乃木坂46の第一期生。
乃木坂46の立ち上げメンバーでありながら、グループアイドルの第一期生が描く独特な群像・人間喜劇の中央から引き剥がされ、隔離され「次世代」の役割を担ってしまった、興味深い存在。乃木坂46の本編を支えるエースであると同時に、乃木坂46の外伝、その主人公と呼ぶべきか。
この齋藤飛鳥もまた、橋本奈々未と同様に”文学少女”だが、彼女の場合は大江健三郎的にブッキッシュである。彼女のおもしろさとは、「アイドル」という非日常の生活において、書物を通すことで現実世界の機微を体験し、現実を知っていくという、成長の物語にある。だから口から出る言葉、ファンの前で編まれる言葉の数々が、健気であり無垢でもある突拍子のない芝居じみた台詞に映り、茶化され揶揄を貰う場面も少なくはない。だが、そのような無邪気な素顔の露出こそ「齋藤飛鳥」の醍醐味であり、彼女が幼稚に見えたり、無邪気に見えたりすることがむしろ、ファンとの向き合い方、付き合い方、距離感の作り方、つまりアイドルを演じることの巧緻にすり替わってしまうところに、この少女の魅力・本領がある。
”アンダー”から”センター”まで坂道を駆け登るストーリー展開、『sing out!』において”はじめて”作詞家・秋元康の記す詩情と融和を達成するなど、成長共有の要件を軽々と満たし、ファンのこころの深い部分を鷲掴みにして放さない。



・グループアイドル人気ランキング 7
AKB48 大島優子

大島優子(C)朝日新聞デジタル

大島優子、昭和63年生、AKB48の第二期生。
グループアイドルが作り出すエンターテインメント、そのもっとも強い魅力とは、作り手の編み出した世界=想像力のなかでワクワクする冒険ができたり、太陽の下で心地の良い昼寝をしたり、満天の星空を眺めたり、といった体験つまり純粋な活力の獲得にあるのだろう。
このような視点に立ったとき、大島優子の放つ輝き、存在感とは、まさしく活力そのものであり、たとえば、女優に憧れた人間が「アイドル」という日常を演じる役割を担った際にみせる屈託と「アイドル」を通しそれを乗り越えようとする果敢さ、ストーリー展開こそエンターテインメントにほかならず、ファンを「アイドル」に没入させるための恰好の動機になるだろう。
”白鳥になれないペンギン”、つまり前田敦子という圧倒的な主人公のアンチテーゼとしての役割を余儀なくされた登場人物であり、アイドルにほとんど関心を示さなかった人間をアイドルファンへと育て、シーンに没入させたAKB48のアイデンティティでもある”不完全な群像劇”から遠く離れた存在とみなされたのが「大島優子」なのだが、その大島の境遇に自己を投影し、共感し、大島に対し並々ならぬ信頼感を寄せ、共闘を誓ったファンの数が本来王道とされる「前田敦子」のファン数を凌いでしまった事実は、エンターテインメントの虜になる人間を「大衆」と呼称する理由として十分な説得力を持つだろう。
エンターテインメントに与する人物でありながらも純文学の境域に野蛮に踏み込み、それを喰らう。作り手の想像力を刺激し、創造行為にはしらせる原動力を具えたアイドルこそ主人公である、と確信する前時代的な概念を嘲笑うように、支持者を引き連れて表通りを占拠する迫力さ、凄まじさから「大島優子」のエンターテインメント性の高さは、ユリウス・カエサルと対峙したローマの英雄ポンペイウスのように、見物人を興奮させた。



・グループアイドル人気ランキング 6
AKB48 渡辺麻友

渡辺麻友(C)ナタリー

渡辺麻友、平成6年生、AKB48の第三期生。
アイドルサイボーグという、「量産」を想起させる形容をもって話題に挙がる機会が多い。しかしその称号を授かったのが、現在のアイドルシーンにあって、アイドルの王道さ、正統さ、古典さを復元し、アイドル本来の魅力を復活させようと行動した唯一人の登場人物であったのだから、矛盾を、悲痛を、孤独を抱え込んでいる。
アイドルの歴史に対しレジティマシーをそなえている、と称賛されてしまった人間の憂い、憤り、怒りの果てにあるであろう厭世をスケッチしたアイドルであり、処女性の高さなどではなく、むしろそうした厭世観の披露、立ち居振る舞いの堆積によって、渡辺麻友は正統派アイドルを完成させたのである。そのアイロニーを前にした観衆の興奮は並ではなく、渡辺は、前田敦子、大島優子とは異なる地平から、あたらしい共感を獲得し、トップアイドルへとのぼりつめた。
アイドルを演ることは、生きることに値するのか?、この問いを投げかけるアイドルは今日ではめずらしくなくなった。しかし、それがただの甘えにしか映らないのは、渡辺麻友の物語が訴える、生きることはアイドルを演ることに値するのか、という切迫した、誇りを守り抜こうとする芝居じみた問いを、一度も通過しないからだ。ある日、「生まれ変わったら猫になりたい」と彼女は云った。この科白に込められた屈曲こそ、日常を演じることに対する嘘偽りのない反動なのだろう。
後に乃木坂46に提供される『空扉』ともっとも響き合うアイドル。



・グループアイドル人気ランキング 5
欅坂46 平手友梨奈

平手友梨奈 (C) 欅坂46公式サイト

平手友梨奈、平成13年生、欅坂46の第一期生。
『サイレントマジョリティー』発表後、常に話題の中心に置かれ、自我を獲得するまえに自我を喪失するという、パラドクス的であり、かつアイロニックな物語を描き大衆を虜にしている。
この少女は、「幻想」ではなく「現実」の枠組みにおける悶えを神秘にすり替えてしまったようである。文芸批評のみならず、虚構(フィクション)を作ることを生業にする人間にとって、彼女がさらけ出す神秘は創造行為へのきっかけを生むために配置される小石と言えようか。作家とは、常に想像力を求める生きものだが、平手友梨奈に打つかり、転ぶことで、虚構の扉がひらく、といった経験をもつ作家がシーンに溢れているようである。平手友梨奈という少女は、その存在は、アイドルというコンテンツに作り手を引き込み、囚える原動力そのものであり、アイドルのレゾン・デートルに一線を画す登場人物と云えるだろう。
彼女を囲繞してやまない異常な賛辞に向け、揶揄を飛ばす一般大衆と、彼女がかもし出す日常の不在・欠落を心配するアイドルファンを嘲笑うようにして、少女はヨロヨロと乱舞する。西野七瀬を作り手やファンからおくられる幻想や妄執へのなりきりを可能にしたアイドルと評価するならば、平手友梨奈は作り手の欲や憧憬を仕舞い込む筐体として機能し、しかし彼らの想像力の枠組みを貫き毀損するアイドルと呼べるだろうか。つまり、作り手に文学的な”役”を要求されたのならばそれに従うし、エンターテインメントを要求されたのならばそれを演じるが、結局、どちらの境域に立とうとも、どちらからも逸れてしまう。だが、その逸れた場所でのみ、彼女は自我と呼べるものを拾いあげるのかも知れない。



・グループアイドル人気ランキング 4
NMB48 山本彩

山本彩(C)週刊少年サンデー 2016年 No.49

山本彩、平成5年生、NMB48の第一期生。
エンターテインメントの地平においてもっとも強い主人公であり、読者の共感を誘う教養小説的な物語はグループアイドル史のなかで今なお傑出した輝きを放っている。歌の上手、であり、とくにアイドルポップス(ジャパニーズ・ポップス)のジャンル、枠組においては他の追随を許さない実力を持っている。『365日の紙飛行機』の普遍化の成功、これは山本の歌唱表現力に依るところが大きい、と評価しても過褒にはならないだろう。強さと弱さの両面を兼ね備えた「山本彩」を、オーヴァーグラウンドで果敢に闘いつづける彼女の英姿を主人公と称える声に異議を唱えることはむずかしい。紅白歌合戦選挙で第1位を獲得した要因には、やはり、山本彩の兼ね備える、大衆を虜にするエンターテイメント性の高さとアイドルとしての潔癖さ(正統さ=英雄感)があるのだろう。彼女はファンの期待を、心を決して裏切らない。不安になる嘘を作らない。その絶対的な信頼感こそ現代を生きる日本人の寄す処であり、「山本彩」を
正真正銘のトップアイドルへと押し上げた要因である。



・グループアイドル人気ランキング 3
乃木坂46 西野七瀬

西野七瀬(C)1stフォトブック『わたしのこと』/集英社

西野七瀬、平成6年生、乃木坂46の第一期生。
あらゆる観点から眺め、アイドルとして最高の実力者、幸運児である。虜にした「アイドルヲタク」の数ならば、グループアイドル史において間違いなくトップと云える。ファンや作り手から贈られる幻想や妄執への徹底したなりきりを可能にする稀有な資質の持ち主であり、ファンや作り手は、それぞれが彼女の性格を深く理解している、彼女の本当の素顔を知っている、と自負している。同時にその素顔が作り出す圧倒的な物語の厚み、豊穣さに戸惑ってもいる。日常の写実こそ西野七瀬のアイデンティティであり、「前田敦子」登場以降、前田の物語は後続のアイドルのアイデンティティを包括し、常に先回りして迎え撃ってしまったが、西野はその射程から抜け出るように、まったくあたらしい主人公を描き、グループアイドル史のなかに「西野七瀬」という次の世代を束縛し苦渋を与える系譜を誕生させた。



・グループアイドル人気ランキング 2
乃木坂46 白石麻衣

白石麻衣(C)CECIL McBEE

白石麻衣、平成4年生、乃木坂46の第一期生。
描写による説得を忘失させる美貌の持ち主、都会のもっともひかりの眩しい場所で、もっともうつくしい存在、とみなされている。現代のアイドル史においてまず間違いなく冠絶したビジュアル評価を得たアイドルであり、それは彼女の作る「アイドル」だけでなく、白石麻衣自身の人格の一部にすら押し上げられている。うつくしいがために「アイドル」の世界に容易に踏み込めてしまった、だからこそ本来あったはずの日常に名残を見る、という白石の物語は、アイドルを演じる少女の成熟と喪失に対し膨大な検証余地を差し出している。その存在感は別格であり、後世、平成と令和のアイドルシーンを振り返る際には、けして看過されないだろう。
乃木坂46の物語、その歴史に対する矜持、厳格さも示しており、今日では、うかつに近寄ることができないというイメージをもつ数少ないアイドルだが、そのスマートな佇まいから生まれる距離感を、唐突に披露する戯けた仕草や、くしゃっとした笑顔によって一瞬で埋めてしまうギャップこそ、白石麻衣の最大の魅力と云えるだろうか。笑顔一つで、アイドルから離れた場所に立つ人間を懐に手繰り寄せてしまうのだから、まったく隙きがない。ある種の弱さの存在を、ヴァルネラブルの所持をしっかりとファンに触れさせることで”隙きがある”と勘違いさせ、妄執を作る、これはもう”隙きがない”と表現するほかない。もちろん、グループアイドルにとって決して避けられない順位闘争に対する覚悟、それにともなう興奮と寂寥を物語ることも忘れていない。現代アイドルが豊穣な物語を獲得するための要件を全て充たす、稀有な登場人物、とするしかない。
生来の多様性が作る華やかな表情と立ち居振る舞い、そしてそれら全ての要素に含まれるトップアイドルとしての矜持は、男女問わず、多くのアイドルファンを開拓し、物語の表紙を捲るその瞬間から魅了してやまない。



・グループアイドル人気ランキング 1
HKT48 指原莉乃

指原莉乃(C)松永渉平/産経デジタル

指原莉乃、平成4年生、HKT48の移籍メンバー(AKB48の第五期生)。
圧倒的な才覚の持ち主であり、平成年間を通し最も多くの関心を集め、最も多くの人気をつくったアイドルである。シーンのあらゆる場面に記されたその豪華な略歴、成功は多くのアイドルを末端的登場人物に押しやり、たじろがせ、遭遇が許されない奇跡として重くのしかかっている。彼女の世論に対する思考経験と実践は他のアイドルの追随をまったく許さない閾に到達しており、利発で機敏、善と悪の判断を逡巡させるような、批評に傾倒した鋭い言葉を作り、ファンと同業者の多くを狼狽させている。アイドルとの成長共有と呼ぶにはその器はあまりにも大きく、常にファンは彼女の背中を必死に追いかけるしかない。
この指原莉乃が「渡辺麻友」という王の帰還に対するアンチテーゼと扱われ、機能し、AKBグループの物語が編まれて行く光景は、前田敦子-大島優子の稚気、ストーリー展開と重なり、エンターテインメントの見地において大島優子が前田敦子を凌駕したように、指原莉乃もまた、渡辺麻友=古典を打倒することになった。
指原莉乃が作り出すスペクタクルショー、その興奮やスリル、情動こそエンターテインメントの醍醐味であり、指原莉乃はまさしく大衆の心をつかむエンターテインメントの女王と呼べるだろう。なによりも、このひとは、シーンの動向を左右する影響力と立場(ノーブレス・オブリジェ)を有し、幸運の女神に愛されるが、それらがもたらす俗悪さのかげでふるえる寒さとさびしさを洩らさずに描いており、日常を演じる少女の孤独を映す鏡として、シーンに屹立している。アイドル史に大書されるべき登場人物。 


あとがき、

選出した10名のアイドルに共通するのは、グループの黎明期に登場した人物たち、という点だろうか。とくにグループアイドルにおける第一期生の価値は議論が尽くされた話題であり、グループアイドルの「世代交代」といった命題にも通じるのだろう。グループアイドルの通史の観点に立てば、前田敦子~西野七瀬(AKB48~乃木坂46)という転換を描けているものの、各グループの話題においては、グループをブレイクに導いた主人公の物語を”あたらしい”主人公が塗り替える、という出来事に私たちファンは未だ遭遇しない。この現状を打開するあたらしい可能性としての「希望」を挙げるとすれば、乃木坂46の第三期生の大園桃子、山下美月、第四期生の遠藤さくら、賀喜遥香になるだろうか。

2019/09/24 楠木

 

 

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