乃木坂46 僕は僕を好きになる 評価

乃木坂46, 楽曲

(C)僕は僕を好きになる ジャケット写真

「一歩引いて見てごらん」

ミュージックビデオについて、

乃木坂46の26枚目シングル。センターポジションを務めるのは山下美月。
満を持して、山下美月が「センター」として登場し、”自分じゃない感じ”を背景に踊りはじめる。

まず、アイデアがある。音が鳴り始め、アイドルが踊りだすと、すぐに作り手のアイデアに打つかる。『今、話したい誰かがいる』のミュージックビデオとおなじように、今作品にも「ドラマ」と「ダンス」に縫い目がなく、没入感を損なうことがない。没入感が損なわれなければ、当然、そこに描かれる日常風景にもかがやきが生まれる。
アイドルが「アイドル」を演じていく日常風景を、透過された劇中劇というかたちで映し出すことにより、アイドルを演じる少女の素顔、ではなく、アイドルの素顔が描出され、それがむしろアイドルを演じている少女の素顔をより強く妄執させるのに成功しているのだから、やはりアイデアがある。アイドルを演じる少女の日常の再現だと捉えた光景が、次の瞬間、アイドルの享楽的日常であったことを唐突に知らされ、驚く。この驚きが、つまり「嘘」にふれた際の動揺がアイドルの素顔=真実に到達させる希望となるのだ。意図的にウソをつく、これはようするに、その裏側に真実を隠している、という意味である。日常生活者からしてみれば、日常の演じ分けに意識的になり立ち居振る舞いを作ることでしか素顔を伝えられないアイドルとは、なんだかとても生きにくい人に見えるかもしれない。
もちろん、このようなケレン味に向けてのみ、アイデアがある、と云っているわけではない。今作品のケレンが映し出す構図そのものについて云えば、過去にも類似した作品は存在する。たとえば、NGT48の『今日は負けでもいい』は、現実と仮想の行き交いを視覚的に訴える仕掛けのもと、豊穣な群像劇を描いている。では『僕は僕を好きになる』の映像作品でもっともアイデアがあり、新鮮で魅力的に感じる点とはなにか。それは、まるで作り手から、アイドルの物語に踏み込んだときの、アイドルにはじめて出会ったときの、最初の驚きや喜びを忘れないでほしい、と訴えかけられているように感じる点だ。再生ボタンを押し、はじめてミュージックビデオに触れた瞬間の興奮を、一度きりの驚きを、その映像に心を揺さぶられたときの感動を、いつまでも忘れないでほしい、と。つまり「作品」を通し、彼女たちにはじめて出会った作り手が、アイドルを前にして抱いたこの驚きや喜びを果たしてファンたちは覚えているのだろうか、という問いのもとに、強い挑戦心のもとにアイドルと仕掛けの方法を練ったのではないか、才気を印象づける作品に仕上がっている。
アイドルの演劇あるいは踊りについては、星野みなみのダンスがやはり良い、と感じる。彼女の踊りはあいも変わらずコケットリーで、キュートに映り、楽曲だけでなく映像の世界観をもほぐしている。

歌詞、楽曲について、

表題曲としてはやや場をわきまえない、その書き出しの一行を読んだだけでも、作詞家・秋元康の、アイドルを演じる少女をなんとしてでも啓蒙したいと渇望する姿勢と、アイドルを鏡にしてアイドルを演じる少女とそのファンに生きる活力を無垢なまでに与えようとする姿勢の衝突が、止揚とよべる水準で達成されたと、窺える。何度青空を見上げ希望を見出そうとも、結局ふたたび校庭に座り込み、水道から流れ落ちる水を眺めることしかできなかった”僕”が、これまでに踏み出せずにいた一歩を踏み出したようにみえる。この、”僕”が「一歩」を踏み出せた理由にシーンの成熟化があるのはまず間違いないだろう。いつまでも同じ場所で笑い、過去に差し出されたものと似通った楽曲しか受け付けない鑑賞者がいる一方で、アイドルと共に成長を遂げたファンが作詞家の眼前にたしかに立っている。おそらく、NGT48に直撃した絶望やコロナ禍といった本物の深刻さがまねく屈曲を前にして、ファンの内に真剣な差し迫った批評が芽生えたのではないか。ファンやそのファンの鏡となるアイドルに深刻な叫びが生じたのならば、当然、作詞家はそれに反応せざるをえない。かけがえのないものを喪失することで成熟を獲得しようとするシーンに直面し、追い込まれ、これまでの心地よい場所から、次の一歩を踏み出さざるをえなかったのではないか。アイドルを啓蒙する作詞家・秋元康がこの難題を乗り越えたからには、次にそれとおなじだけの試練に打つかり、囚われ、「一歩」を踏み出さなければならないと、差し迫られるのは、当然、アイドルになるわけである。
この「一歩」は、そのまま乃木坂46の物語へとかさねることもできる。精神的あるいは実在的連関から、今作品の構図、その「一歩」から立ち現れるのは『君の名は希望』である。背中を丸めた登場人物がやがて前に向き直る……。この”乃木坂らしさ”=アイデンティティの追究にもだえる若手アイドルたちが、かつてグループが希望を発見した場所、背中を丸めたひとりの孤独な主人公が足元に転がってくるボールをただ眺めていたあの校庭の片隅に立ち戻り、そこから、次の一歩を踏み出した。つまりグループがこれまでとは違う、あたらしい場所に向かい走りはじめた、と読める。そのような意味では、未来を作る、と声高らかに宣言したグループの決意と現在を、楽曲が、詩情が見事に迎え撃っているようにみえる。僕は僕を好きになった、のではなく、僕は僕を好きになる、と決意したのだから。
楽曲を繰り返し鑑賞しているうちに、そこに込められた作り手の熱量に気づき、魅力の複雑さにみずから囚われていたことを自覚したとき、「生きにくくしている張本人は僕だ」、この歌詞に再会すると、その啓蒙がぐさりと胸に刺さる。(*1)

 

総合評価 68点

再聴に値する作品

(評価内訳)

楽曲 14点 歌詞 14点

ボーカル 13点 ライブ・映像 14点

情動感染 13点

引用:見出し、(*1) 秋元康 / 僕は僕を好きになる

歌唱メンバー:生田絵梨花、梅澤美波、山下美月、久保史緒里、齋藤飛鳥、遠藤さくら、大園桃子、堀未央奈、与田祐希、賀喜遥香、秋元真夏、新内眞衣、清宮レイ、田村真佑、星野みなみ、筒井あやめ、岩本蓮加、高山一実、松村沙友理

作詞: 秋元康 作曲:杉山勝彦 編曲:杉山勝彦、石原剛志

 

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