アイドルの可能性を考える 第四回 櫻坂46 編

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「櫻坂46の可能性を考える」

メンバー
楠木:批評家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
:音楽雑誌の編集者。
横森:カメラマン。門脇実優菜推し。

楠木:今回のテーマに選んだのは櫻坂46です。すべてのアイドルグループを順に論じていこうというつもりはありませんが、やはりこのグループは外せないとおもいます。グループ名を変えたけれど、人心を一新したわけではない。区切りをつけた、という感じでもない。『Nobody’s fault』の世界観に従えばなにやら孤島のような場所にたどり着いた、あるいはそこから脱出した。現実を駆使して物語(フィクション)を作ろうとする姿勢、フィクションを利用して現実に言い訳してしまう姿勢には感心するところがある。大衆に見捨てられ、またみずからも大衆を見捨てたグループですが、現在どのような可能性をもつのか、論じていこうとおもいます。ではよろしくお願いします。

「平手友梨奈の欠落を埋める藤吉夏鈴」

楠木:これははじめに線を引いておく必要があるとおもうんだけど、櫻坂46を語るとき平手友梨奈という存在は絶対に無視できない。平手友梨奈にはもう飽き飽きしている、という声があるのは知っている。でもそれは個人的な好悪にすぎない。過去ではなく現在のみを語れ、と唱えるのはもっともだけれど、それでもやはり平手友梨奈は無視できない。
OLE:平手友梨奈の脱退、これはある小説家の言を借りれば、喪失ではなくて欠落なんだよね。なら埋めるしかない。
楠木:平手友梨奈というのはグループの象徴だったわけです。だから比べちゃダメなんですね。平手友梨奈っぽい、とか、平手友梨奈に対して、とか、そういう語り口は好まれない。でも2期の加入と櫻坂46の誕生で平手友梨奈という存在はメルクマールになったとおもう。
:スタンダードですよね。平手友梨奈にタッチできるアイドルを探すことって。可能性を探る、というテーマに一番即していませんか。
楠木:作り手が明文化を避けているでしょう。だから踏み込みたくなる。
横森:平手友梨奈を持ち出さないのは別格だからじゃないの。比較しても勝てないとわかっている。アイドルのイメージを守りたい。だから持ち出さない。そういう事情のほうが強いとおもうけどな。
OLE:この子はどうだ、こっちの子はどうだ、ってやってさ、結局ダメだったか、と嘆いている感はあるね(笑)。でファンの声に服従しつつある。民主化されちゃった(笑)。
楠木:最高の民衆主義というのは一人の天才による独裁制ですから、現在の櫻坂は民衆主義というか愚衆政治ですね。まあそれでも平手友梨奈に迫るアイドルを挙げなきゃなにもはじまらない。僕は藤吉夏鈴を推したい。
OLE:でもこの子にセンターは無理でしょ。平手友梨奈=センターだからやっぱり森田ひかるしか選択肢はないんじゃないか。
横森:『Nobody’s fault』って平手友梨奈が「影」で森田ひかるが「光」って設定でしょ。平手友梨奈が欠落したならそこに光りをあてるのは森田ひかるになるんだよきっと。
楠木:その考えだと平手友梨奈の欠落で空いた穴を照らし出すことになるけど(笑)。
:平手友梨奈のアンチテーゼですよね彼女は。
楠木:アンチテーゼではないですね。枠組みが違うから。でも森田ひかるが櫻坂46の主人公であることは間違いない。齋藤飛鳥以来の逸材ですよ、森田ひかるは。ただこの話題には立っていないように見えるかな。
OLE:汚したくないんだね(笑)。
:比較は絶対に必要ですよね。というか嫌でも比較される。でも平手友梨奈という道標を見るアイドルではないと。
楠木:妄想を爆発させるなら、櫻坂46の誕生に際して『沈黙』のような物語が起きた。もう表立って「平手友梨奈」を唱えてはいけないわけですね。でも作り手のなかにまだ居るかもしれない、平手友梨奈の影を探す人間が。鳴りを潜めている。血の継承の儀式が行われているかもしれない、ひっそりと。そういう暗さみたいなものを投射されるアイドルを探るとなるとやっぱり藤吉夏鈴に「発見」があるわけです。
横森:センターへの問題を都合よく回避している気がするな(笑)。
OLE:批評家というのは棚に上げる職業だから。そこを指摘しても仕方ない。
楠木:センターというのは戦略的に決めているわけでしょう?戦略さとアーティスティックは対峙するものだから。詩作において秋元康がアーティスティックにふるまったとき、そこには絶対に対峙が生まれる、自己とね。たとえば『僕は僕を好きになる』なんてあれは絶対に山下美月ではない別のだれかを意識して書いている。そういうふらふらとした情況が楽曲によくあらわれている。そもそも秋元康が都度アイドルを意識して書いているのかという問いもあるけれど、それはアイドルに対し意識的か無意識かという枠から出ない。結局そこに「アイドル」が在るのは間違いない。要するに戦略的=現実としてのセンターと、詩作=アートにおける中心人物というのはかならずしも一致しないだろう、と。櫻坂46の場合、戦略的なセンターを森田ひかるが担い、アーティスティックな要求に応えるのが藤吉夏鈴なのだとおもいます。
:そうした葛藤をクリアするために用意したシステムが「櫻エイト」なんでしょうね。
OLE:なるほど。
楠木:そうかもしれません。『偶然の答え』なんか藤吉夏鈴へのラブレターにしかみえない。
:書き出しとか特に(笑)。
横森:それこそ妄想でしょ(笑)。
楠木:まあ、あてがきというのはファンのそれぞれが見いだすものだから。その妄執の矛先がセンターで踊るアイドルに向けられていなくてもまったく問題ない。さらに言えばそこにいないアイドルでも構わない。あとから楽曲を振り返った際に気づくってこともあるでしょう。たとえば大園桃子は『ごめんねFingers crossed』が最後のシングルになったけれど、『ごめんねFingers crossed』の歌詞をあらためて読むと大園桃子への名残のようなものがはっきりと映し出されるし、それは『全部 夢のまま』でもそうだよね。大園桃子への名残をもうこれでもかってくらい書いているわけです。だから歌詞に生彩があるんですね。もちろん、あてがきというのは写実と換言してもいいけれど、写実だからといってアイドルのことをそのまま書く必要はない。アイドルを目の前に置いて、そのアイドルに突き動かされていればそれでいいんです。
:大園桃子へのあてがきと言われてから『全部 夢のまま』の歌詞を読んでみると、もうそういうふうにしか見えませんね(笑)。
楠木:書き出しで「帰り道」という表現を用いているでしょ。これはアイドルを卒業する人間へのメッセージとして機能してしまうんですね。否応なく。仮に、作詞家の内にほんとうにそういった思惟があって、それが制作過程でアイドルたちに伝えられたとする。でもアイドルはそれは言えないわけですよね、ファンに。じゃあどうするかというと、楽曲上で表現してやる、ヒントを出してやろう、とそう考えるはずなんです。久保史緒里とかね。そういう眺め方読み方もなかなかおもしろいんじゃないか。そうやってファンのなかで楽曲が育っていくわけですから。アイドルって成長を物語る存在だから、それが最良なんです、きっと。
OLE:まあそれが秋元康の凄さだしグループアイドルとの「相乗」なんだろう。
横森:『全部 夢のまま』はなんかごたごたがあって発表が遅れた曲らしい。想像にリアリティがあるね。まあでも『ごめんねFingers crossed』はコロナへのあてこすりだよね。
楠木:結局これは作詞家とアイドルの力量に還元されるんだね。大園桃子が凄い、と。じゃあそういう感慨を抱かせるアイドルが櫻坂46にはいるのか、平手友梨奈以降に、ですね。そうやって探していくと藤吉夏鈴しかいないんじゃないか、と。
OLE:ダンスは上手いよね。
楠木:もちろん文句なしだけど、あれは演技が良いんですよ。ステージの上で演技している。そこが平手友梨奈に比肩している。演技ができるってことは当然楽曲と響き合う。
OLE:ライブステージ上で演技するっていう点では今一番うまいのは遠藤さくらだよね。藤吉夏鈴はどちらかというと表現行為にポエジーがあるように見えるけど。
楠木:そうおもいます。
OLE:『ごめんねFingers crossed』をミュージックビデオの衣装そのままに楽曲の披露をしたでしょ。その日の遠藤さくらの表情がとにかく素晴らしかった。衣装だけでなく、ミュージックビデオで作った演技をそのまま持ち込めている。齋藤飛鳥とか久保史緒里も演技は上手いけれどステージ上ではどこか硬いところがある。しかし遠藤さくらにはそれがない。そういうアイドルをシーン全体で探すとなるとAKBグループに見つからないのは当然として、坂道シリーズでもなかなか見つからない。でここでも藤吉夏鈴が発見されると。遠藤さくらとの対比という意味では、遠藤さくらはまず演技があってそれがダンスに活かされている、藤吉夏鈴はその逆だよね。まずダンスがある。そしてそれが演技に活かされているんだな。だから表現行為への傾倒が明らかになる。
楠木:ダンスを演技で崩しているんですね。それができるのは彼女と平手友梨奈だけでしょう。

「齋藤冬優花は憎めない”奴”」

OLE:齋藤冬優花について語っておきたい。そこまで悪くないとおもうんだよね、この子。
:歌声が良いですよね彼女。
横森:存在感あるよね。
OLE:売れるアイドルグループにはこういう子は絶対に必要だよ。STUとかNGTとか、いないでしょこういうタイプのアイドル。グループを作り上げると同時にそこだけが自分の居場所になるんだって、エゴとかプライドを強烈に育てる子。
:ファンが緊張しちゃうんですよきっと。緊張の裏返しとしてのバッシングですよね、多くは。
楠木:芸能界でしか生きられないタイプですね。でもファンに嫌われちゃうところはやっぱり甘いとおもう。
OLE:なにか大切なものを強く抱きしめていてるように見える。だれにも理解されないものを。この子も平手友梨奈に近いよね、そういう意味じゃ。寂寥があるよ。
:演じているわけですよね。演じているというか没頭している。没頭ってまわりから見れば馬鹿げている場合が多いですから。この場も言ってしまえば「没頭」ですよね。齋藤冬優花にも「没頭」がある。
横森:アーティスト気質なんでしょ。齋藤冬優花の問題はそのアーティスト気質をオープンにしちゃうところ。芸術ってのは浜辺に寝っ転がって絵を描くような行為だから。それを演じているように見えるから非難されるんだね。
OLE:綺麗事を言うつもりはないけど、記録じゃなくて記憶に残るタイプだね。
楠木:僕は取材とかの移動中に海外ドラマをよく見るんですけど、海外ドラマってシーズンを重ねるごとに登場人物がどんどん入れ替わっていきますよね。シーズン1から登場しているキャラクターはどんどん減っていく。そうすると生き残っているキャラクターに愛着が湧くんですね。最初どうしても好きになれなかったキャラクターでも、どこか憎めない奴だな、って。櫻坂46の一期生にはそれと似たようなものがあるというか、グループのストーリー展開に海外ドラマと似た性質があるのかなあと。

「森田ひかるの可能性」

楠木:森田ひかるはどうですか?
OLE:とくに語るところがない。文句なしです。
横森:前髪に過剰なこだわりがあるよね。それがなくなればより良くなるね。
:似ているアイドルがいないですよね。だから純白のイメージがよく似合う。
OLE:似ている、似ていない、という話題だとむしろ誰にも似ていないから、本人が何かに寄せに行ってるよね(笑)。縋るものが欲しいんだな。
楠木:たしかに笑顔の作り方が手法化してきましたね。これ白石麻衣とか齋藤飛鳥も一緒。ハマると強いんですけどね。
OLE:100点じゃないのこの子は(笑)。
楠木:最近はアイドルに対する視点が一周しちゃって、どう成長したのかって眺めて値打ちを問うよりも、どう成長するのか、っていう憧憬をこっちに抱かせられるひとの方に価値を見いだしてしまう。実際にどう成長したのか、なんてもうどうでもよくて、これからどうなるのか、っていうわくわくのほうが大事。
OLE:そもそも第一印象が良いアイドルは売れるからね。勝手に。
楠木:突き詰めるとオーディション参加時の映像とか画像ですべて決まってしまうんですね。これは前にも話したけれど、たとえば小坂菜緒のオーディション当時の映像というのは、これはもう坂道シリーズだけじゃなくてAKBグループもふくめてダントツでしょう。その後彼女は結局そこからどんどん減退していったわけだけれど、オーディション時の鮮烈さが脳裏に刻まれているからあまり気にならない。オーディション時の印象だけでアイドルとして食えちゃっているわけ。写真集とか凄い売れたらしい(笑)。長濱ねるもそうだね。そう考えると森田ひかるはオーディション時の映像に強い憧憬があってしかもその期待をまったく裏切っていない。さらにはオーディション時の雰囲気を残しつつ、まったく違う顔も見せているから、評価はかなり高いね。これ、オーディション時から彼女のことを応援しているファンはすごく幸運な体験をしてるよ。

「『流れ弾』を聴いた感想」

:『流れ弾』は聴きましたか?
OLE:あまり良くないな。
楠木:何をやろうとしているか、とか、なにができるのか、とかそういうのを語る以前に曲がダメですね。
横森:これならまだ乃木坂の新曲のほうがマシかな。あれも相当酷いけど。
楠木:でもあれは高尚だけどね、作り手の志が。
横森:そうかなあ。
楠木:夏の暑い日に木陰に入ってちょっと休む。そうしているとそこに風が吹いてきて心地が良い。でもどこか淋しい気もする。そういう言語化できない感情を語ろうとしているでしょ。しかも『君に叱られた』に向ける感想・批評というのは賀喜遥香への感慨になるので、楽曲に対して投げやりにふるまったりすることをファンは絶対に避けなければならない。だから高級なんだよね。献身とかクリエンテスとか、まあ表現方法はいろいろとあるけど、秋元康的王道アイドル、というよりも、アイドルそのものだよね。もちろんそれは今作に限った話ではないけれど、今回はそれをしっかりと考えてやろうとしているように見える。つまり高級さがある。エスプリなんかじゃない。『流れ弾』はどうだろう。そういうのがまったくないよね。
OLE:センターがね。どうだろう。田村保乃。
横森:気の毒だけどセンターの器じゃないでしょどう見ても。
楠木:全体的に小ぶりというか、魅力がいちまいち伝わってこない。とくに踊りは全然ダメでしょう。表情が硬すぎる。
OLE:ダンスナンバーっぽいけどねこれ(笑)。
楠木:そうなんですよね。乃木坂とまったく逆のことをやっている。アイドルと径庭した楽曲を作ってそこにアイドルを引き上げようとしているのかな。好意的に捉えれば、ということだけど(笑)。
OLE:なにも考えてないよ。いやまあ考えてないわけないんだけど。でもなにも考えてない、って言うしかない。消化試合のような、ね。
楠木:AKBの新曲もそうだけど、ダンスナンバーを書くとなると「情報」の囲繞とか、「情報」への反抗というか、なんかそういうのを書くでしょう。『流れ弾』もまったく同じですね。成長がないんだ、作詞家に。
:人気があるってことなんでしょう。田村保乃さんは。
OLE:でもそれだけってことだね。そういうグループなんだよここは。センターに立つことで可能性が消えてしまう。小池美波、渡邉理佐、鈴本美愉とかこの辺は全部そう。
楠木:渡邉理佐は最近すごく良いけどね。

「アイドルを子供扱いするな」

横森:櫻坂をやるって言うんでちょっと勉強のつもりでいろいろとライブ映像を観てきたけど、若手では大園玲が良かったかな。
楠木:表情が格好良くて、うつくしいね。『Nobody’s fault』とか。日常とうまく乖離してる。
OLE:そのへんの子は、まだよく知らないんだ。
楠木:こういう表現をしたらあれだけど、櫻坂は当たりを引いてますよ。
OLE:伊藤かりんに似ている子、いるでしょ。なんかあの子がね、浜辺かなんかでミュージックビデオの撮影をしてて、他の子のダンスを眺めながら「勝てねー!」って、がっくりしてるシーンがあったと思うんだけど、ああいうの良いよね。どっちも好印象に映るから。そういう機微を狙って描けるなら売れるかもね。
横森:まあ松田里奈は坂道研修生上がりではないけどね(笑)。
楠木:あれ映像作家だか監督だかがアイドルにアドバイスしてるんだけどそれがすごく幼稚な表現なのね。ああいうのって人としての成熟があらわになるというか教養がバレちゃうから記録しないほうが良いとおもうんだけど。樹木希林のドキュメンタリーを撮った監督も幼稚すぎてね、言動が。それを思い出した。いやお前さすがにもう少し質問とか構成を練ってこいよって、樹木希林も唖然としちゃっててさ、作品の質がすごく下げられてた。ここまで見せ場が一つもないってんで樹木さんが気を利かせて病状の告白をするっていう、もうなんかめちゃくちゃな展開になってた(笑)。
横森:でもそれは平易に表現しただけじゃないの。だってカメラに撮られてるってわかっているわけでしょ。どちらも。櫻坂のほうも同じことだよ。
楠木:それこそアイドルを子供扱いしている気がする。プロのアイドルに向かって「学生生活」を仕事現場で質問してそれを作品に反映しろって、そういう無垢なアドバイスを恥ずかしげもなく放っている。これは以前なにかの記事でも書いたけど、アイドルも日常的に名作と言われている映像作品を観ているし、名著と呼ばれる小説を読んでいるわけでしょう。そういう経験をもっている人間に自分の世界観を提示するわけだから、これはやっぱり緊張するはずなんだけど、そういう緊張感がアイドルシーンは希薄なんだよね。作り手連中がどこかアイドルを子供扱いしている。アイドルだって内心ではこんな質の低い作品に出るのは嫌だって思ってるよ。このひとセンス無いなあって。もっと緊張感持たないとだめだね、とくに映像作家は。自分の作品が名作と並べて比較されているって意識をもたないと。そういう意識をもっていたらここまで恥ずかしい作品であふれることはないでしょ。その点秋元康はさすがだよね。格好つけているでしょアイドルに。ダサく思われたくないっていうのがすごく出てるよ詞に。
OLE:アイドルをひとつのプロとして見てないというのはあるかもしれない。

:自分が鍛えてやるっていうか、自分の才能でなんとかしてやるって気持ちがあるんでしょうね。
楠木:つまりそれはアイドルを完全に「アイドル」として見ているってことなんだけどね。本人がそれに気づいていないんだね。

 

2021/08/29  楠木

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