STU48 岩田陽菜 評価

STU48

岩田陽菜 (C) STU48公式サイト

「シンクロニシティ」

…不思議と言えば、けっこう不思議な話である。結婚して商売を始めたばかりのころ、僕は借金を抱えて四苦八苦していた。あるとき、翌日の午後三時までに銀行にある額の金を返済しなくてはならないのに、どうしても三万円が足りないという羽目に陥った。…何か良い知恵が浮かばないかとあてもなく歩き回っていたのだが、いくら考えてもダメだった。空っぽの袋を逆さにして、ただばたばたと振っているようなものだった。…風もない、しんと静かな夜だった。そうしたら、家に向かう道に紙片がぱらぱらと何枚か落ちているのが目についた。近寄って見るとそれは一万円札だった。それもちょうど三枚あった。ついさっき、空からそこにはらはらと舞い降りてきたばかりという感じだった。あたりを見回したが、誰もいない。人通りのない真夜中である。…金額までぴたりとあっている。そんなにうまい話が世の中にはあるのか?でも本当にあったんだからしょうがない。ユングならそれを「シンクロニシティー」とでも呼ぶところだが、当時はそんな立派な言葉があることすら知らなかった。

村上春樹 / 村上朝日堂はいかに鍛えられたか「下を向いて歩こう」

深夜、四国にあるビジネスホテルの一室で原稿を書く。文章を書きながらシングルベッドの枕元に備え付けられたデジタル時計を見やる。「03:15」。ふと、昨日も、その前も、同じように時間を確認し、同じ数字を眺めたことを思い出す。今日も”また”同じ時間(数字)だ。この部屋の中で”無意識”に現在時刻を確認するとき、必ず「03:15」なのだ。この数字の組み合わせにはなにか不吉な予知が含まれているのだろうか。暗示性について友人に熱弁したが、嘲笑われた。そのホテルのコインランドリーで硬貨を回収していた猫背で小柄な係員の男が、次の週、都内のシティホテルでフロントマンとして働いていた。チェックイン時、彼が私に手渡したカードキーに印字されたルームナンバーは「315」。シンクロニシティ。
「『三月十五日』を読んでいるときに、《人は、ほかの人から、あれはこれこれの人だと思われているような人間にならずに終わることはありえない》という不吉な一文を目にしたが、作者はこの文章をユリウス・カエサルのものだとしている。ユリウス・カエサルの作品はもちろん、スエトニウスからカルコピノにいたる伝記作家の作品も調べてみたが、出典を確かめることはできなかった。」(*1) この逃げ切ることがきわめて困難な科白、起こってほしくないとつよく想う事柄が、どんな時も、どんな場面でも、必ず現実となって訪れる現象、これもシンクロニシティと呼ぶ。つまり、文学小説に書かれる登場人物たちが予言と見間違うほどに時代を先回りし迎え撃つ現象は、まさにシンクロニシティそのものなのだろう。
2017年、西野七瀬に”似ている”人物が、西野と同じ「アイドル」として出現した。だが、顔が似ている、というだけでシンクロニシティと呼べるのだろうか。意味のある偶然の一致、とまで云えるだろうか。むしろ、「西野七瀬」と似ている「岩田陽菜」と同じ2017年に「アイドル」への扉をひらいた、「岩田陽菜」と一字違いの名をもった「河田陽菜」が「西野七瀬」を通過する資質を抱えていた、この一連の流れ、ルーツの発見こそ、シンクロニシティの存在を確信させる。岩田陽菜、河田陽菜の誕生は「西野七瀬」というグループアイドルにとってのあたらしい系譜の発見にもつながっている。少女たちが西野七瀬の物語に迎え撃たれた、と云っても良い。

乃木坂46の『君の名は希望』は生駒里奈に贈られた楽曲だが、偶発的に生まれた物語に西野七瀬の発見がある。「転がってきたボールを」拾った「僕」が出遭った「君」こそ、アイドル(西野七瀬)であった。こんなにアイドルを「恋しくなる自分がいたなんて想像もできなかった」という感情の発見を西野七瀬のファンは体験したのである。『君の名は希望』の歌詞は西野七瀬に向けて書かれたわけではない、だからこそ、そこには偶然の一致があり、発見の要件を充たすのだ。西野七瀬に”似ている”岩田陽菜からも、”アイドル”との邂逅が作りだす感興、妄執、幻想を読むことができるのだから、おもしろい。(*2)
アイドル=偶像と邂逅するのはもちろん、「僕」だけではない。アイドルを演じる少女自身もまた、「アイドル」と邂逅をしているのである。希望とは喜び。アイドルとして日常を演じる暮らしへの実感が、夢を抱かずにはいられなかった少女の心を充足し、カタルシスが全身を上下左右に駆け巡るのを岩田陽菜は隠そうとしない。むしろ、それをファンに掴み取らせてしまう。少女特有の歓喜がアイドルへの”なりきり”に対する過剰な意識、「前のめり」を作り、見え透いたコケットが微笑ましくもあるが、この「素顔」を溢す脇の甘さ、無防備こそ、西野七瀬がアイドルの成長共有というコンテンツを復活させた原動力である。日常を演じるアイドルの「素顔」を発見することは、その妄執は、観者の幻想の翼を羽ばたかせ、アイドルは物語性を獲得するのだ。物語性の把持はセンタータイプのアイドルである証しになるだろう。そして、このアイドル=偶像を、物語を、奇跡との遭遇と呼ぶのであれば、やはり、アイドル・岩田陽菜の誕生は「シンクロニシティ」と呼ぶべきであろう。

「仮想恋愛」

彼女はおれを愛しているのか?この重要な問題を解くことに朝から晩まで没頭している。数多くの観察にたえず新しい見方をくわえ、またたえずそれを疑いもした結果はつぎのようなことになった。(あの女の意識的にする動作はみな「いいえ」といっている。しかし眼の動きにあらわれる無意識なものはおれを好きだといっているようだ)

スタンダール「パルムの僧院」

恋愛とは、勘違いからはじまるのが常である。それが仮想恋愛となれば、尚更だ。現代のトップアイドルに求められる資質とは、日常の立ち居振る舞いから、誤解ではなく”濃密な勘違い”をファンに与える表現力である。彼女たちは、岩田陽菜はファンにある種の”もだえ”をあたえる。デート中にはぐれてしまった恋人を人混みの中から見つけ出そうとするときみたいに、舞台装置の上で彼女が現在(いま)どこにいるのか、気になって探してしまう。発見した彼女の視線の先を追ってしまう。アイドルへの献身と妄執が、自己投影が、「愛が静かに狂わせる」。彼女は「誰のことを一番愛してる?」。岩田陽菜は”濃密な勘違い”を作り上げる。彼女は幻想の堆積を可能にする。(*3)
ライブパフォーマンスに追随し融和しようとする表現力の一種に「演劇」があるが、この演劇が批評空間の主流として屹立しているのは云うまでもないだろう。そして、その批評空間の中で岩田陽菜は溺れる。たしかに、岩田陽菜の表情や動きは”平坦”であり、ギミックがなく、楽曲を演じていないのかもしれない。展開が乏しく、移り変わりが見えないのは多くの若手アイドルに共通する「痩形」だが、岩田陽菜も例外ではない。特に、彼女は日常の演技をそのまま舞台装置の上に置いてしまっている。だから、楽曲とリンクすることによって「アイドル」の像=物語を作るしかない境遇(狭い視野)のなかにあって、その可能性を放棄しているように映るのだろう。ここでも「シンクロニシティ」を意識するのならば、彼女は無頓着に辿り着いた瞬間の西野七瀬と共時している、と云えるかもしれない。『帰り道は遠回りしたくなる』の西野七瀬はメランコリーをライブ舞台装置の上にまで引きずり込んだが、岩田陽菜が溢す表情こそ、まさしくメランコリーなのである。だが、ライブ表現力とは演劇のみではない、上述した通り、彼女のライブ表現(物語性)によって、観者は彼女を探し彷徨い、狂うのである。この”希求”を作りだす表現力=才能は看過が許されないだろう。趨勢を無視するのならば、岩田陽菜は間違いなく表現力の豊かなアイドルであり、豊穣を獲得している、と云えるのだから。

岩田陽菜の書く物語が豊穣を獲得するもうひとつの理由に『後日の話』がある。
アイドルだけではなく、もちろん、我々もシンクロニシティという個人的な体験に遭遇する。だが、シンクロニシティと、意味のある偶然の一致と遭遇したあとの『後日の話』を”あなた”は覚えているだろうか?その個人的な体験の結末を、結実を目撃しただろうか?昨日見た夢が思い出せないのとおなじように、奇跡との遭遇を忘却してはいないか?岩田陽菜の物語に価値があると確信する理由は、彼女が西野七瀬と”似ているから”ではなく、シンクロニシティと呼ばれる現象のあとに訪れる物語、豊穣な物語の読者になれることが約束されているからだ。彼女がアイドルを演じ物語を書き続ける限り、我々は「奇跡との遭遇」の続きを読むことができる。それは、実りのある時間と云えるのではないか。
グループアイドル史という観点に立つならば、西野七瀬の系譜に与するアイドルが坂道シリーズとは異なる場所、AKBグループでどのような物語を作るのか、闘争をみせるのか、深い影を落とすのかという視点で岩田陽菜を眺めるのもグループアイドルの通史を読むうえで見逃せない場面と云えるのではないか。置かれた境遇如何で、少女たちの表情がどのように異なり、染まり、アイドルが描かれて行くのか、岩田陽菜によって鮮明に提示されるだろう。

 

総合評価 73点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 16点 ライブ表現 14点

演劇表現 13点 バラエティ 14点

情動感染 16点

STU48 活動期間 2017年~

引用:(*1) ガルシア・マルケス 「わが悲しき娼婦たちの思い出」
(*2) 秋元康 「君の名は希望」
(*3) 秋元康 「誰のことを一番 愛してる?」

評価更新履歴
2018/7/7 ビジュアル13→15
2018/8/14 情動感染14→16
2019/5/15ビジュアル15→16
2019/5/16  批評、評価を一新しました 

評価点数の見方