STU48 岩田陽菜 評価

STU48

岩田陽菜(C)stu48.official/「B.L.T. 11月号」

「君の名は希望」


文学のみならず、本質的な物事には、予言とも捉えられる現象がついて回る(正確には予言ではないのだが)。何かの分野で歴史的な出来事が発生すれば、そこに予言や共時性がう
まれるのは必然と言える。アイドル史に銘記されるべきアイドルが誕生すれば、そのアイドルに”似ている”人物が他の異なる場所に、同時代に(同時的に)出現するのは予定調和的な現象(シンクロニシティ)と云っても良いだろう。

乃木坂46の『君の名は希望』は、生駒里奈に贈られた楽曲だが、そこで自然発生的に生まれた物語には西野七瀬の発見がある。楽曲が抱えるコンセプトに西野七瀬というアイドルが古代遺跡のパズルのようにピタリと嵌ったわけだが、奇しくも、西野七瀬に”似ている”岩田陽菜からも、そのような光景を感じとることができてしまった。岩田陽菜が西野と似ているからそう感じるのか、そう感じるから”似ている”と想うのか、未だわからない。
希望とはよろこびである。アイドルという「生」への実感(喜び)が全身を左右上下に駆け巡るのを岩田陽菜は隠そうとしない。むしろ、それをファンに掴み取らせてしまう。この「素顔」の提供と無防備さこそ、西野七瀬がアイドルの成長共有というコンテンツを復活させた原動力である。現代アイドルの中で、きわめて稀有な資質の持ち主と云えるこの2人のアイドルは、ファンにある種の”もだえ”をあたえるのだ。デート中にはぐれてしまった恋人を人混みの中から見つけ出そうとするときみたいに、ステージ上で彼女がどこにいるのか気になって探してしまう。発見した彼女の視線の先を追ってしまう。

彼女はおれを愛しているのか?この重要な問題を解くことに朝から晩まで没頭している。数多くの観察にたえず新しい見方をくわえ、またたえずそれを疑いもした結果はつぎのようなことになった。(あの女の意識的にする動作はみな「いいえ」といっている。しかし眼の動きにあらわれる無意識なものはおれを好きだといっているようだ)

スタンダール「パルムの僧院」

恋愛とは、勘違いからはじまるのが常である。それが仮想恋愛となれば、尚更だ。現代のトップアイドルに求められる資質とは、その立ち居振る舞いから、誤解ではなく「勘違い」をファンに与える表現力である。岩田陽菜は「勘違い」を作り上げることのできる才能の持ち主である。

しかし、希望のあるところには必ず試練があるものだ。
センターポジションへの適性(資質)という意味で、西野七瀬は現代アイドルとして最高到達点である。
岩田陽菜が将来的に割り当てられる役目(ポジション)は”センター”である、と私は確信する。現在のアイドルシーンにおいて、
センターポジションに配置されるアイドルに求められるのは”儚さ”と”生命感”を止揚させる立ち居振る舞いだろう。西野七瀬の特徴はライブ時における表現の切り替え、鋭敏さにある。日常を脱捨てた彼女からは、虚構の中の登場人物に不意に日本刀の切っ先を向けられたような緊張、誰が斬られるのか予想がつかない切迫、その刃紋に滲み出る儚さを知る。日常を置き去りにしたはずなのに、眼の前で踊る彼女が”本当の西野七瀬だったのか”と、確信(錯覚)させるのである。岩田陽菜の場合はどうであろうか。残念ながら、岩田陽菜のライブにおける表情は、日常でみせる仕草と大差がないようにおもう。おそらく、彼女は、未だ、心の闇を裸にするような情動に遭遇したことがないのだろう。この観点で云えば、現時点では、本当の意味でのセンター(候補)とは呼べない。しかし、兎にも角にも、まだ15歳のアイドル。将来性(ポテンシャル)ならば、グループの未来を担うべき人材であることは間違いないだろう。

 

総合評価 70点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 15点 ライブ表現 13点

演劇表現 12点 バラエティ 14点

情動感染 16点

STU48 活動期間 2017年~

評価更新履歴
2018/7/7 ビジュアル13→14
2018/7/27 ビジュアル14→15
2018/8/14 情動感染14→16

評価点数の見方