乃木坂46 路面電車の街 評判記

「あの夏の日のままだ」
歌詞、楽曲、ミュージックビデオについて、
しっかりと構想が練られているし、作り込まれている。24thシングル『夜明けまで強がらなくてもいい』の命題はメメント・モリなのだろう。”彼女たち”の目の前には一本の境界線が引かれており、それが家郷(なつかしい日常であり非日常となってしまった世界)を出入りするための扉に見える。過去という動機に縛られている点はどうしようもなく陳腐で救いがないと感じてしまうが、皮肉にもアイドルの通史という観点に立つならば、メメント・モリに対する透徹した明るさを放っており、家郷に戻って行く登場人物たちだが、しかしそれぞれに前を向いている。
齋藤飛鳥が窓の外を眺めながら作る涙は、溜め涙でも空涙でもないようだ。その涙を、その拙い演技を鑑賞することで感傷がうまれるというよりは、涙の意味を考えてしまう行為への自覚によって、どこか心を打たれる。彼女はなぜ泣いているのか、ではなく、なにをみているのか、と。窓に流れる風景の中に強いなつかしさと喪失を見出すも、齋藤飛鳥と、彼女の両隣に座る堀未央奈と山下美月はそれぞれ鮮明に輝き陽気に笑っている。その心の躍動こそ郷愁に対するアイドルのかなしみなのだろう。
”のこされた”3人の距離感が現実世界のアイドルたちに重なっていくのも面白い。この、再会シーンで描かれる仕草は、日常を無意識に再現した演技なのではないか。不意にアイドルの素顔が映し出された、という錯覚がある。『ぐるぐるカーテン』でグループがはじめて作った演劇が、第2世代の齋藤飛鳥だけでなく、2期生、3期生、ひかりへと連なって行くような感慨すらある。そのような意味では『路面電車』はアイドルファンの心に響く”ハズれない設定”を可能にした作品と云えるだろう。アイドルにとっての家郷とは、少女を仕舞い込み運ぶ箱(今作品の場合は路面電車)だけではない。ガタゴトと走る「路面電車」で共に移動する乗客ももちろん郷愁の対象として育まれるのだが、そうした世界観の共有のようなものが今作品にはある。花澤香菜のナレーションも味わい深く、感懐を覚える余情的な佇まいを作っている。
総合評価 68点
再聴に値する作品
(評価内訳)
楽曲 14点 歌詞 14点
ボーカル 13点 ライブ・映像 14点
情動感染 13点
歌唱メンバー:齋藤飛鳥、堀未央奈、山下美月
作詞:秋元康 作曲: 杉山勝彦 編曲:杉山勝彦、谷地学