NMB48 山本彩 評判記

「唄うことは 難しいことじゃない」
山本彩、平成5年生、NMB48の第一期生。2代目センターであり、初代キャプテン。
エンターテインメントの地平においてもっとも強い主人公であり、読者の共感を誘う教養小説的な物語はグループアイドル史のなかで今なお傑出した輝きを放っている。アイドルポップス(ジャパニーズ・ポップス)というジャンル、枠組みならば他の追随を許さない実力の持ち主であり、『365日の紙飛行機』の普遍化の成功は彼女の表現力に依るところが大きいと評価しても過褒にはならないだろう。強さと弱さの両面を兼ね備えた「山本彩」を、オーヴァーグラウンドで果敢に闘いつづける彼女の英姿を主人公と称える声に異議を唱えることはむずかしい。紅白歌合戦選挙で第1位を獲得した要因には、やはり、山本彩の兼ね備える、大衆を虜にするエンターテイメント性の高さとアイドルとしての潔癖さ(正統さ=英雄感)があるのだろう。彼女はファンの期待を、心を決して裏切らない。不安になる嘘を作らない。この絶対的な信頼感こそ、現代を生きる日本人の心の寄す処であり、「山本彩」を正真正銘のトップアイドルへと押し上げた要因である。
文芸評論家・福田和也の言をアイドルに引くならば、エンターテイメント系のアイドルは対象に「快適な刺激を与え、気持ちよくさせ、スリルを与え、感動して涙を与える」存在であり、純文学タイプのアイドルは「本質的に不愉快なものであり」、対象を「いい気持ちにさせるのではなく、自己否定、自己超克をうながすような力をもっている」、となるだろうか。純文学の地平に立つアイドルの象徴が前田敦子、生駒里奈ならば、エンターテイメント系の代表格が大島優子、山本彩になるはずだ。*1
山本彩の書くアイドルの物語は、昨今の人気エンターテイメント長編小説のように量と質、ともに申し分なく、ファンは主人公の一挙手一投足に感情移入をして、笑い、困難を乗り越える瞬間、つまり成長を共有し、涙をながせる。主人公は絶対に読者の期待を、心を裏切らない。そこに提示される箱庭世界は、さまざまな試練を打倒した、文句なしのスーパーヒーローへと成長した主人公によって秩序が保たれており、とても居心地が良い。
山本は、大衆の心を握り潰すような真似は決してしない。彼女の映す幻想は被写界深度を作らず、ファンは物語の途中で、物語を読む目的を見失い迷子になったりしない。ファンは、物語のはじまりからおわりまで、アイドルと共に歩める。山本彩というアイドルは、前後左右、常にクリアでハッキリと我々の前に映し出され、シーンを勇敢に走り抜けて行く。だから、アイドルの立ち居振る舞いや仕草、日常風景を通じて「脆さ」や「儚さ」を投げつけられるかもしれない、という不安を、ファンは山本の物語の上では経験しないのだ。自己投影を強いられ、悲観に遭遇する気配ももちろん作らない。明快な笑い顔と、くやし涙を作る山本彩、彼女から発せられる歌声を聴いて不快になる場面など絶対に起こり得ないのだ。希望や夢を叶えることが出来ないという現実をなんとか生き抜こうとするアイドルファンにとってのこころの寄す処こそ、アイドルに向け発する歪んだ妄執なのだが、山本はその妄想の爆発を跳ね返すバリアーを身にまとっているかのように常に清潔なのだ。つまり、それが、彼女の、アイドルとしての明暗を分けた理由と云えるだろうか。
人は、アイドルは、真実を伝えるために嘘をつくものだが、山本彩は嘘=フィクションの構築をなさない。この清潔さこそ、彼女を「王道のアイドル」と屹立させる要因であると同時に、「山本彩」というアイドルがヴァルネラビリティを欠如する徴とも云えるのではないか。
大衆をとりこにする人気、実力を有しながらも、彼女がAKB48の表題曲におけるセンターポジションに一度も立てなかったのは、時代の趨勢に左右されたのではなく、作り手にフィクティブな批評を作らせる原動力、つまり自分とは別の何者かを演じる少女の深刻さ、ファンの妄想によってアイドルの横顔が形づくられていくという、アイドルの物語性を欠如し、鑑賞者をアイドルの物語の深い部分、触れられたくはない部分へと衝き動かす、弱さ儚さを持たなかったからではないか。もちろん、得意の歌であれば、日常を演じるアイドルの素顔=儚さを表現する、それは彼女にとって前向きな試みであるのかもしれない。だが、ヴァルネラブルとは、自らすすんで表現をする類のものではない。アイドルの傷つきやすさとは、日常生活のなかでファンに発見させ、切り取らせるものであるべきだ。山本彩は能動的な弱さ、といった矛盾を孕んだアイドルと描写できるかもしれない。換言すれば、エンターテイメントタイプのアイドルという宿命を背負いながらも、純文学とエンターテイメントを隔てる皮膜を貫こうと試みた、行き交うことの不可能な両極の中心に引かれた線を踏み越えようと挑戦した、あるいはより問いつめるならば、アンダーグラウンドとオーヴァーグラウンド、グループアイドル特有の不完全さと完結性、その狭間で”はじめて”苦闘し、敗れたアイドルと呼べる。
総合評価 73点
アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物
(評価内訳)
ビジュアル 13点 ライブ表現 18点
演劇表現 12点 バラエティ 15点
情動感染 15点
NMB48 活動期間 2010年~2018年
引用:*1 福田和也「作家の値打ち」