第一期生からグループの「イロ」を読む

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「第一期生”感”」

アイドルグループにとって、そのファンにとって、もっとも重要な存在は第一期生だ、という声に異議を唱えるのはむずかしい。グループの立ち上げメンバーとして、仲間と、ライバルと、運営スタッフと、あるいはファンと試行錯誤を繰り返しながら、眼に映らなかった偶像を、「アイドル」を形作っていくのだから、当然だ。よって、第一期生を眺めれば、そのグループの特色は一目瞭然である。

アイドルを批評するにあたり、現役メンバー、卒業生問わず、現存するすべてのアイドルに暫定的に点数を付けた。サイトを立ち上げた当時(2018年8月)、約950人のアイドルが存在した。一人ひとり、プロフィールを改めて確認し、可能な限り資料を眺め、大まかに点数を付していく、という作業に一ヶ月は費やしただろうか。
2018年当時の各項目の点数の枠組みは以下のようになる。括弧内は人数。

1点(1.8) 2点(3.6) 3点(8.3) 4点(17) 5点(31) 6点(51) 7点(76) 8点(101) 9点(119) 10点(126) 11点(119) 12点(101) 13点(76) 14点(51) 15点(31) 16点(17) 17点(8.3) 18点(3.6) 19点(1.8) 20点(-)

しかし、当然、実際に一人のアイドルの物語に没入し、私情をそこにそそぎ込み、批評を書き始めれば、その準備した点数は面影を消し、大幅に書き換えられる。文章とは、書き始める前から構想の輪郭を埋め完成されている、というケースは極端に少ない。人は、書きながら考える。批評の末、あたらしい「点数」が出現すれば、他のアイドルの評点を上下させなくてならない。こっちを引っ張りあげると、遠く離れた場所に凹みが生じる、といった具合。たとえば、小嶋真子の笑顔を特別なものだと評価しビジュアルに18点を付ければ、齋藤飛鳥のビジュアルを17点に下げなければならない。そのような調整を繰り返すなかで、評価の指針となるような基準があればな、と考えるようになった。そこで、現時点で各グループの第一期生に付した点数から、グループのアイドルの作り方、その傾向が読めるのではないか、思考の整理ができるのではないか、思い立ち、グラフを作ってみることにした。
まず、各項目の平均点(たとえば乃木坂46のビジュアルの平均点は11点、バラエティは10点といったグラフ)を出してみたが、これはおもしろくなかった。すべてのグループに高評価のアイドル、低評価のアイドルがそれぞれ一定数存在する以上、グラフは似通ったものになり、つまらないうえにグループのイロも見えてこない。
そこで、各項目で13点以上(平均を凌ぐ評価)を付けたアイドルの人数を数え、グラフを作ってみた。たとえば、乃木坂46の第一期生で、ライブ表現の項目で13点以上を付けたアイドルは10人。演劇表現は15人、といったように集計していく。今度は各グループのイロのようなものが見えてきたようにおもう。
今回集計したのは、AKB48、NGT48、STU48、乃木坂46、欅坂46、日向坂46の計6グループ。対象は第一期生。日向坂46(けやき坂46)に限り、その成り立ちの特殊さから第一期生に加え第二期生も対象に含めた。長濱ねるに関しては、欅坂46、日向坂46(けやき坂46)の両方のリストに載せカウントした。また、今回集計に使用したデータは最終更新が2020年の9月時点のものであり、実際にサイトにアップされている記事の評点と食い違いが起きるケースも多少存在するが、あくまでもグループの傾向を探る”遊び”であるため、その点はご容赦願いたい。
では、まず、すべての物語の始まりでもあるAKB48の第一期生を見てみよう。

 

実を云えば、いやこれを云ってしまうと元も子もないのだが、AKB48は他のグループとは異なり、唯一、グループの黎明期を支えたアイドル=第一期生、という図式を持たない。AKB48の黎明期を支えたのは、おそらく、指原莉乃が登場する5期(1期のデビューが2005年であり、5期が2007年デビュー)までであり、2008年発売の『大声ダイヤモンド』でのブレイクがグループの通史における決定的な端境期になる。まったくのゼロからグループを立ち上げたわけだから、ブレイクを迎えるまでに安易に言葉にはできない紆余曲折があり、ながい黎明期を過ごしたのも当然と云える。
この少女たちの特徴は、説明するまでもなく、未成熟の集合であり、それはつまり成長への膨大な余白を抱えた少女の群像である。夢を叶えるために「アイドル」になる、という姿勢に一貫しており、「アイドル」そのものには過剰な憧れを抱いていない。その姿勢が「なぜこんな子がアイドルになったのか」という疑問を、奇跡を生み出し、ファンをアイドルの物語に深く没入させることになる。

 

比較的あたらしいグループだが、実はメジャーデビューまで2年以上の歳月を要している。もちろん、その期間をAKB48の黎明期と安易に比較することはできない。このグループに、とくに第一期生に他のアイドルグループにはない「困難」を見出すとすれば、それは「絶望」の存在である。秋元康プロデュースのアイドルグループにおいて、はじめて、深刻な絶望に遭遇したグループであり、なおかつ、その絶望はAKB48誕生以降、常に胎動を伝えていたものの結実であるという点からも、悲運にもその絶望に直撃してしまった少女たちが、どのように絶望に帰結して行ったのか、『絶望の後で』のあとに、一体どのような物語が描かれるのか、目の離せない展開を描いている。
つまりNGT48のおもしろさは、むしろ、今現在、彼女たちのことを知らない人間にこそ、豊穣な物語が舞い降りるのではないか、という期待にある。情報として、あるいはインターネット上に記録されちりばめられた彼女たちの映像を、たった今、はじめから追いかけることで、どのように絶望に打つかるのか、という好奇心が、ある日唐突に打ち切られる冠番組への愛惜を拾い上げ、果ては、喜劇の中で燥ぐ少女、その可能性のかたまりに胸踊り、少女のことを調べるとすでにアイドルを卒業していた、言いようのない名残を抱きしめることになった、という言葉の真の意味で「儚さ」を体験する。『絶望の後で』をスタート地点として過去に戻り、もう一度その場所まで戻ってくる。『絶望の後で』をステージ上で披露する、安易に形容することのできない儚さを抱えたアイドルの姿を、デビューしたばかりの期待に満ち溢れた少女たちがどのように獲得してしまったのか、迂闊に知りたくはない静かで深い感興がこのグループにはある。

 

このグループはわかりやすい。踊ることでシーンを生き抜こうとするグループだ。瀧野由美子のダンスは鑑賞者の心が折れるほどにヘタクソだ、という批判がある一方で、シーン全体を見渡せば、彼女は平均的かあるいは平均より上に位置する。それはグループのダンスの水準が他のアイドルグループよりも上にあることを証している。だが、いまいち壺にはまっていないようである。AKB48からNGT48まで、ファンが求めるものを差し出してきた結果、残されたのが”ダンス”だった。とすれば当然分が悪い。いや、そもそも”ダンス”をアイデンティティにしたグループにはSKE48も挙げられる。踊りだけを純粋に比較すれば、SKE48のほうが強いかもしれない。SKE48には譲ることのできない矜持、つまり伝統があるからだ。ダンスの洗練によって削ぎ落とされたアイドルの数が、そのままグループの強さになる、という点においては、STU48もSKE48の後を追っているようにも窺えるが。問題は、グループのファンがそれを強く求めていない、という点だろうか。

 

グラフをみてわかるとおり、圧倒的。グラフを表示した際に、その異様さに首を傾げた。つまり、自分の批評に致命的な瑕疵があり、このグループの第一期生に対し、情動が起き、私情が暴走しているのではないか、動揺した。おなじ10代の少女たちを批評して、はたしてここまで数字に差が出るものなのだろうか、自問自答する。しかし数字を俯瞰し、調整を試みても、削る箇所を探り当てることはできない。つまり、私情を、企みを離れた場所で、このグループは圧倒的な存在であり、平成の、令和のシーンの表通りを練り歩くのも納得せざるを得ない、ということなのだろう。
どうしてもビジュアルへの話題が中心になりがちだが、このグループは、演劇集団である。アイドルを真剣に批評してもバカバカしい行いに映らないのではないか、という希望を発見させたのが乃木坂46であり、乃木坂46の第一期生の演劇、映像作品である。”売れるアイドル”を作りたいのであれば、乃木坂46の「演劇」を模倣すれば良いのではないか、と思うものの、シーン全体を眺めると、ミュージックビデオの制作にあたり、アイドルに強い演技要求がなされていない作品ばかりであり、欅坂46(櫻坂46)を除けば、どのアイドルグループも挑戦すらしておらず、もったいなく感じる。

 

第一期生=グループそのものとする図式をもっとも簡明に記し、かつ、その図式に囚われ、自家中毒を起こしたのが欅坂46である。このグループはとにかく数値化がむずかしい。と同時に、批評への強い原動力を把持する。平手友梨奈と、彼女の演じる楽曲を批評することは、小説を批評する感覚に近い。物語がある、ということだ。彼女の横顔からグループの特色を探るのならば、それは、自己否定による成長と云えるかもしれない。
平手友梨奈というアイドルは、欅坂46というグループは、なんだか気に食わない。これはアイドルじゃない、と判断するも、しかし欅坂46の楽曲にふれたとき、たしかに心を揺さぶられるものがある、と自覚してしまう不気味な希求がある。つまりそこに自己否定が立ち現れる。楽曲を演じる少女の思い入れのようなものを拾い集めていると、いつの間にか自分も少女とおなじように楽曲世界に没入している。そこにみる葛藤、つまり、気に食わないと云って退けたアイドルの物語の内へ踏み出すべきかどうか、この自問とは、「アイドル」に興味を示さなかった人間が、しかしいつの間にか「アイドル」に没入していた、という現代のアイドルシーンのイコンを映しているわけである。

 

グループの成り立ち、その二重構造から、当然と云えば当然なのだが、バラエティ=多様性が育まれたアイドルグループ。日向坂46という筐体の中に、欅坂46とけやき坂46が置かれている。平手友梨奈の背中を眺めて踊りを作った経験がダンスに見事に活かされているし、屈託から這い出した際の歓喜にも特別なストーリー性が付されている。乃木坂46の佐々木琴子が卒業した今、100点を付ける可能性が残されているアイドルをあえて挙げるならば、この日向坂46の主人公として描かれる小坂菜緒になるだろう。

2020/12/18  楠木

 

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