私の「推し歴」

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「一番多かった質問は、推しは誰?」

これだけは想像できなかったことなのですが、このサイト、お問い合わせがそれなりにあります。しかも、その声のすべてが前向きな質問か励ましのお便りです。いまのところ批判的な声は一通もありません。以前、投機家(主にFXトレーダー)についての批評を執筆したところ、「記事を訂正し、謝罪しなければ、訴えます」という静かな怒りを孕んだお便りを複数もらいましたが、アイドルファンの方からは未だ攻撃的なお便りは頂戴していません。裏を返せば、なにかのきっかけでこのサイトに訪れたアイドルファンの心を衝き動かすような文章を書けていないとも言えるかもしれませんが。

これまでに頂いた質問のなかで一番多かったのは、やはり「推しは誰なのか?」といった声です。しかしながら、この質問に返答したことは一度もありません。なぜなら、アイドルを推す、この言葉の意味を私自身、未だに理解できていないからです。そもそも、アイドルを「推す」とはどういう行為なのでしょうか?押すではなく、推す、と書くのだから、そこには感覚ではなく、しっかりとした意味あい、明確な狙いがあるようにおもいます。もちろん、今日のアイドルの有り様、つまり共同体としての「推す」ならば理解しているけれど。
アイドルに対する文章を書く時間のなかでおもったことは、あるアイドルを推す、これはつまり妄執の積み上げではないか、という点です。

アイドルって毎日眺めていると、そのひとのことを意識していると、実はその「成長」に気づくことがむずかしくなるんですね。些細な変化にはいち早く気づけるかもしれない、でも成長を確信する、これはちょっと大変です。たとえば、毎日、自分の顔を鏡で見ていると、昨日は無かったニキビには気付けるけれど、老いにはなかなか気付けないのとおなじで、確実に成長している少女の、その明確な転換点がどこにあったのか、発見できない。
おそらく、成長を発見するのにもっとも適した状況は、「再会」や「邂逅」なのだとおもいます。
たとえば以前、STU48の2期生の特集記事を書きました。その際に短期間に集中して少女たちの横顔を眺めスケッチしましたが、記事を書き終えてからはしばらく彼女たちの話題から遠ざかっていました。AKB48の16期生や乃木坂46の4期生を眺める時間が多かったと記憶しています。それで、あらためて彼女たちに「再会」する機会を作ってみた。そうすると、なるほど、たしかにアイドルの成長が実感できる。今まで自分がアイドルの成長と感じていたものが「成長」などではなく「変化」ではなかったのか、という疑問が確信に変わりつつもある。つまりもっとも重要な成長を見過ごして、些細な日常の変化をいちいち、都度、成長と捉えるような行為、要は妄想、盲目こそ、「推す」という行為なのかもしれない、と想うのです。
しかし本当に「推し」の成長を奇蹟のように実感したいのなら、一度、「推し」の物語からはなれてみるべきなのだ……、はなれてから再会したとき、本当に成長した姿が見れるかも知れない……。このようなモノローグを前提に、「あの頃 一番 好きだったのは」誰か?答えてみようとおもいます。

1、小嶋陽菜
美人なのにカエサルみたいな”他人の機嫌の良さを損なわない機知”がある。何百人もアイドルをみてきたけれど、もっとも頭が良くて、もっとも怜悧と感じる。美人で怜悧、だから緊張感がある。私はアイドルよりも舞台女優と会う機会のほうが多いのですが、演じることを生業にする、ちょっと普通ではない人間と似た狷介さと桜のような儚さが彼女にはある、と言えば、それがどれだけの奇跡か伝わるはず。

2、横山由依
横山由依という人は純粋で、不器用で、人間味がある。透徹したビジュアルをのぞけば、文芸の世界を生き抜くための才能のようなものはもたないけれど、そんな人間が「総監督」と呼ばれる真意のよくわからない政治的な役割を背負って、同時に生来のアイドル性みたいなものを失っていき、もだえる。素晴らしい可能性を手にしているようで、実は失っていた、みたいな物語が個人的に共感できる。なによりも、彼女ほどグループアイドルの醜態を目の当たりにした人物はAKB48の通史上、ほかに存在しないでしょう。もちろん、彼女をはじめて「いいな」とおもったのは森杏奈と並んだデビュー初期だから、結局はビジュアルで選んでいるわけだけれど。個人的にはAKB~乃木坂のなかで一番可憐で美しいと想うのですが、どうなんでしょう。あと猫好きって点も大きい。私の実家では私が生まれるよりはるか以前から猫を飼っていて、その当時の猫の血を引いた猫たちが今でもちゃんと暮らしているんです。そんな猫好きの私からみても、彼女の愛猫であるビスはかなり独得な印象をうけます。表情がユニークです。猫の表情をみれば大体飼い主のことはわかります。

3、柏幸奈
柏幸奈というアイドルの面白さは、なんといってもアナザーストーリーがアイドルの本篇になってしまっている点でしょう。これ、当たり前ですが、狙っては作れません。冠絶したビジュアルの持ち主があっさり辞めちゃう、っていう喪失からのみ生まれる物語です。もし彼女が現在の乃木坂46に居たら……、という尽きない妄想への希求力をこのひとは持っている。未完に終わったアイドルだから、きっと、これまでも、これからも、あたらしいアイドルと出逢う度に、なんとなく、思い出すひと、なのだとおもいます。

4、寺田蘭世
文章が素晴らしい。ブログなのに最後まで読むのが疲れるというか、億劫になる。夏目漱石や三島由紀夫とか、今読むと、やっぱり疲れるし億劫になりますよね。なぜでしょう?きっとそれが文学だからだとおもいます。なにものかに抗おうとしている人間の感情が鮮明に記されているからなんだとおもいます。だから疲れる。でもきっとそういう人間のほうが記憶にのこるのだろうし、やっぱり「乃木坂」のなかでセンターになりたいとはっきりと言葉にして伝えられる、これはちょっと凄まじい覚悟が要求されるのじゃないでしょうか。大抵の場合、夢って嘲笑されるものだし、大抵の場合、夢って叶わず、失敗に終わるものです。つまり、どのような事態においても、言葉の真の意味で共感性のあるアイドルと云えるのではないでしょうか。

5、河田陽菜
笑っていても、泣いていても、「もらい泣き」してしまいます。理由はまったくわかりません。理由なんかいりません。でもこれってきっと、アイドルファンがアイドルにいちばん求めているものだし、アイドルもきっとファンにとってそういう存在になれたらなあって考えているんじゃないのでしょうか。そのようなアイドル像の頂点に君臨するのが河田陽菜さんです。

6、南有梨菜
とにかく、可愛いです。ただただ可愛いです。私がまだ物書きとしてご飯をまともに食べられなかった頃、アルバイト先で知り合った女の子に似ていて、きわめて個人的な感情が郷愁となって湧き上がります。アイドルを「推す」という行為、そのきっかけとは往々にして自身の日常との邂逅なのだろう、と彼女を眺めながら考える。アイドルを評価する際によくアイドルの映像になにがしかの音楽を重ね合わせてみるのですが、彼女の映像にはジャンル問わず、様々な楽曲が綺麗に響き合います。これは”飛びきり”の才能です。

以上、私の「推し歴」でした。


 

 

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