私の「推し歴」

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「質問への回答」

これだけは、想像できなかったことなのですが、このサイト、お問い合わせがそれなりにあります。しかも、その声のすべてが、前向きな質問か、励ましのお便りです。いまのところ批判的な声は一通もありません。すこしまえに、仕事で、投機家(主にFXトレーダー)についての批評を執筆したところ、「記事を訂正し、謝罪しなければ、訴えます」という静かな怒りを孕んだ「お便り」を複数もらいましたが、アイドルファンの方からは、未だ攻撃的なお便りは頂戴していません。裏を返せば、なにかのきっかけでこのサイトに訪れたアイドルファンの心を衝き動かすような文章を書けていない証しと言えるのかもしれませんが。
さすがにすべての質問には返答できないですが、手紙を書くのが趣味な一面もあり、興味深い質問にはかならず返信するように心がけています(文章を上達させる方法のひとつに手紙のやりとりがあります。できれば手書きの手紙。たとえば、三島由紀夫は川端康成と、福田和也は江藤淳と、それぞれ手紙を通して興味深い交流を描いたのは有名な話)。
文章の話題、といえば、「お便り」をくれる人たちの中には、プロの作家を目指している方や、現役の小説家、専業のブロガーなど、言葉に意識的な人たちも居て、なるほど、これがインターネットの力なのか、と実感しています。
何名かの方からの質問には、迂闊にこたえる行為が、むしろ礼を失するのではないか、と考えたため、返答を保留しています。この場で、アドバイス、ではなく、私の日常経験をすこしだけ書いてみようとおもいます。

アイディアの発見、とは、準備をしない、これに尽きます。
私が文章を書くとき、アイディアを並べることからはじめますが、そのもととなるアイディアをどのようにして拾うのか、もっとも多くのアイディアが生まれるのは散歩です。電子レンジの前で待つ時間やシャワー、はみがき、眠る前の時間(ただしこれは結局眠ってしまうのでほとんど覚えていない)にも拾う。大切なのは、これらの状況の中でメモ帳など、アイディアをすぐに保存できるような、周到な用意をしないことです。アイディアは待ち構えてしまうと、物陰に隠れてふるえている子猫のように、みずからこちらにはやってきてくれません。アイディアを狙っている状態ではアイディアなど浮かばない、のではなく、アイディアが浮かんだらすぐにメモしようとする状態では浮かばない、ということです。すぐにメモできない、もし浮かんでも忘れてしまうかもしれない、この状態の内でこそ、アイディアは訪れるのです。メモをするのは部屋に帰ってから。つまり浮かんだ言葉を復唱しながら帰る羽目になりますね。そんな状態で、部屋に戻る前にシャワーでも浴びようものなら、もうそれは次から次へとあたらしいアイディアが「あなた」を襲うでしょう。
文章を書きながら浮かぶアイディア、展開ももちろんありますが、やはりその時間はアイディアを回転させる時間にあてたい。もっとも肝心なことは、浮かんだアイディア、これは使える!と鼻息を荒くしたアイディアを何回も回転させる試みです。この設定は使える!と閃いたとき、それを自ら転覆させてみてください。アイディアを回転させる行為によって、それが如何に陳腐な想像力によって吐き出されたものか自覚することになるはずです。

「一番多かった質問は、推しは誰?」

これまでに頂いた質問のなかで一番多かったのは、やはり「推しは誰なのか?」といった声です。しかしながら、この質問に返答したことは一度もありません。なぜなら、アイドルを推す、この言葉の意味を私自身、未だに理解できていないからです。そもそも、アイドルを「推す」とはどういう行為なのでしょうか?押すではなく、推す、と書くのだから、そこには感覚ではなく、しっかりとした明確な狙いがあるようにうかがえます。アイドルについて批評を書いて得たヒントとしては、これまでに繰り返し使用している「妄執」がもっとも近いのではないか、と考えています。
アイドルって毎日眺めていると、意識していると、実はその成長に気付けないんですよね。些細な変化にはいち早く気付けるかもしれない、でも成長に気付くのはとても困難に感じます。毎日、自分の顔を鏡でみていると、昨日は無かったニキビには気付けるけれど、老いにはなかなか気付けないのとおなじで、確実に成長している少女の、その明確な転換点がどこにあったのか、見つけられません。
おそらく、成長を発見するのにもっとも最適な状況は、「再会」や「邂逅」なのだとおもいます。
たとえば、STU48の2期生についての記事を書いたあと、しばらく話題から遠ざかっていました。AKB48の16期生や乃木坂46の4期生を眺める時間が多かったと記憶しています。それで、あらためて彼女たちに「再会」する機会を作ってみた。そうすると、なるほど、たしかにアイドルの成長が実感できる。今まで自分がアイドルの成長と感じていたものが「成長」などではなく「変化」ではなかったのか、という疑問が確信に変わりつつもある。つまりもっとも重要な成長を見過ごして、些細な日常の変化をいちいち、都度、成長と捉えるような行為、要は妄想、盲目こそ、「推す」という行為なのかもしれない、と想うのです。
本当に「推し」の成長を奇蹟のように実感したいのなら、一度、「推し」の物語からはなれてみるべきなのだ…、再会したとき、本当に成長した姿が見れるかも知れない…、このようなモノローグを前提に、「あの頃 一番 好きだったのは」誰か?答えてみようとおもいます。
※以下は批評ではなく、ただの日記なのでアイドルの画像は引用できません、できればアイドルの画像と一緒に紹介したかったのですが。

1、小嶋陽菜
美人なのにカエサルみたいな他人の機嫌の良さを損なわない機知がある。何百人もアイドルをみてきたけれど、もっとも頭が良くて、もっとも怜悧と感じる。美人で怜悧、だから緊張感がある。私はアイドルよりも舞台女優と会う機会のほうが多いのですが、演じることを生業にする、ちょっと普通ではない人間と似た狷介さと桜のような儚さが彼女にはある、と言えば、それがどれだけの奇跡か伝わるはず。

2、横山由依
横山由依という人は純粋で、不器用で、人間味がある。透徹したビジュアルをのぞけば、文芸の世界を生き抜くための才能のようなものはもたないけれど、そんな人間が「総監督」と呼ばれる真意のよくわからない政治的な役割を背負って、同時に生来のアイドル性みたいなものを失っていき、もだえる。素晴らしい可能性を手にしているようで、実は失っていた、みたいな物語が個人的に共感できる。なによりも、彼女ほどグループアイドルの醜態を目の当たりにした人物はAKB48の通史上、ほかに存在しないでしょう。もちろん、彼女をはじめて「いいな」とおもったのは森杏奈と並んだデビュー初期だから、結局はビジュアルで選んでいるわけだけれど。個人的にはAKB~乃木坂のなかで一番可憐で美しいと想うのですが、どうなんでしょう。あと猫好きって点も大きい。私の実家では私が生まれるよりはるか以前から猫を飼っていて、その当時の猫の血を引いた猫たちが今でもちゃんと暮らしているんです。そんな猫好きの私からみても、彼女の愛猫であるビスはかなり独得な印象をうけます。表情がユニークです。猫の表情をみれば大体飼い主のことはわかります。

3、柏幸奈
これまでにアナザーストーリーという言葉を繰り返し使ってきましたが、「Mr.ChildrenのAnother Storyがオススメです」なんてお便りも頂戴しました。佐々木琴子さんのファンの方かな?なんて想像しましたが、Another Story、良い曲ですよね。恋愛はもちろん、アイドルに対して妄執するアナザーストーリーへのただしいあり方を、感傷的に弾き語ってくれています。柏幸奈というアイドルの面白さは、なんといってもアナザーストーリーがアイドルの本篇になってしまっている点なんですね。これ、当たり前ですが、狙っては作れません。冠絶したビジュアルの持ち主があっさり辞めちゃう、っていう喪失からのみ生まれる物語です。未完だからきっと、これまでも、これからも、あたらしいアイドルと出逢う度に、なんとなく思い出すアイドルだとおもいます。

4、寺田蘭世
文章が素晴らしい。ブログなのに最後まで読むのが疲れるというか、億劫になる。夏目漱石や三島由紀夫とか、今読むと、やっぱり疲れるし億劫になりますよね。なぜでしょう?きっとそれが文学だからだとおもいます。なにものかに抗おうとしている人間の感情が鮮明に記されているからなんだとおもいます。だから疲れる。でもきっとそういう人間のほうが記憶にのこるのだろうし、やっぱり「乃木坂」のなかでセンターになりたいとはっきりと言葉にして伝えられる、これはちょっと凄まじい覚悟が要求されるのじゃないでしょうか。大抵の場合、夢って嘲笑されるものだし、大抵の場合、夢って叶わず、失敗に終わるものです。つまり、どのような事態においても、言葉の真の意味で共感性のあるアイドルと云えるのじゃないでしょうか。

5、河田陽菜
笑っていても、泣いていても、「もらい泣き」してしまいます。理由はまったくわかりません。理由なんかいりません。でもこれってきっと、アイドルファンがアイドルにいちばん求めているものだし、アイドルもきっとファンにとってそういう存在になれたらなあって考えているんじゃないのでしょうか。そのようなアイドル像の頂点に君臨するのが河田陽菜さんです。

6、南有梨菜
とにかく、可愛いです。ただただ可愛いです。私がまだ物書きとしてご飯をまともに食べられなかった頃、アルバイト先で知り合った女の子に似ていて、きわめて個人的な感情が罪悪感とともに湧き上がります。アイドルを「推す」という行為、そのきっかけとは往々にして自身の日常との邂逅なのだろう、と彼女を眺めながら考える。アイドルを評価する際によくアイドルの映像になにがしかの音楽を重ね合わせてみるのですが、彼女の映像にはジャンル問わず、様々な楽曲が綺麗に響き合います。これは”飛びきり”の才能です。

以上、私の「推し歴」でした。


 

 

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