乃木坂46 いつかできるから今日できる 評価

のぎざか, 楽曲

(C) いつかできるから今日できる ジャケット写真

「いつかできるから今日できる」

歌詞、楽曲について、

乃木坂46の19枚目シングル。映画『あさひなぐ』の主題歌。センターには西野七瀬と齋藤飛鳥が並ぶ。
映画の主題歌とあって、当然、作り込まれている。力作だ。今作で、表題曲のセンターに2名のアイドルが立つという、いわゆる「ダブルセンター」を3作品連続で採用したことになったが、西野七瀬と齋藤飛鳥のダブルセンター、これは実行可能なうちに実現しておこう、ということなのだろう。シーンにおいて群を抜くライブ表現力を誇る2人の主人公が並び、踊る姿を一度は見ておきたい、グループの歴史に記述しておきたい、といったファンと作り手双方の輿望を担う作品に仕上がっている。
今作品はテーマに「自己啓発」を置いている。少女の自我の模索劇を物語として語るのが乃木坂46の物語の作り方、その主流になった事実に鑑みれば、数ある表題曲のなかにあって文句なしに旗手に映る。作詞家の詩情も啓発に傾倒しており、エンターテインメントの地平におけるグループの特色をうまく活写している。楽曲を演じるアイドル自身にも歌を唄うことへの課題がしっかりと用意されており、アイドルとの成長共有の観点に立っても文句なしの楽曲にみえる。ただ、あまりにも前のめりで、説明的であり、どこか人工的にも映る。端的に云えば、(現代人と表現したらやや大仰で退屈だが)楽曲に触れる人間=ファンの日常の屈折に通底していないようにおもえる。どちらかといえば、これはアイドルを演じる少女、あるいはアイドルを夢見る少女にとっての活力であり、その活力を得ていく少女を眺めることでファンも活力を得る、という図式が意識されているのではないか。音楽の前にまずアイドルが在る、というのは如何にも現代らしいアイドルの在り方と云えるだろう。

ミュージックビデオ、ライブパフォーマンスについて、

映画『あさひなぐ』のシーンをそのまま継ぎ接ぎし、それが作品中に脈絡なく唐突に映し出される。なんとも矜持の欠けた、両足で立たない、商品として流通すべきではない作品を提出している。映画で使われた映像を切ったり貼ったりした結果、フィクションの内に隙間が生じ、その生じたキズを隠すために代わり映えのしないアイドルのアップを多用するという、作り手の深刻なアイデア不足を目撃し、げんなりさせられる。映像とは、演技とは、このように切ったり貼ったりして良いものなのだろうか。
ミュージックビデオのみを評価するならば、グループの表題曲において最も低い点数を付けるべきだが、これまでに披露され、保存されたライブパフォーマンスには、グループがひとつの成熟を迎えた兆しを目撃できるため、総合的な評価に躊躇がうまれる。とくに、西野七瀬のライブパフォーマンスには目をみはるものがある。ビジュアルの輝きは説明するまでもなく、特筆すべきは、アイドルの像そのものが、強さと儚さを共存する姿形からメランコリーへと切り替わる瞬間を、「違う自分に なろうと」する瞬間を保存している点だ。アイドルの身体の動きから心の揺きをよむことが可能であり、アイドルの踊りを眺めることでアイドルの物語を辿れるという鑑賞では得られない感興の在り処を指し示している。西野七瀬というアイドルがなぜここまでの人気を博したのか、その一端に触れる。現代でアイドルを志す少女にとって『いつかできるから今日できる』のステージパフォーマンスは、これ以上にない教材と云えるのではないか。*1

 

総合評価 62点

再聴に値する作品

(評価内訳)

楽曲 15点 歌詞 13点

ボーカル 8点 ライブ・映像 13点

情動感染 13点

引用:*1 秋元康 / いつかできるから今日できる

歌唱メンバー:西野七瀬、齋藤飛鳥、白石麻衣、新内眞衣、斉藤優里、星野みなみ、生駒里奈、秋元真夏、北野日奈子、中田花奈、高山一実、若月佑美、井上小百合、松村沙友理、生田絵梨花、伊藤万理華、桜井玲香、衛藤美彩、堀未央奈

作詞:秋元康 作曲:Akira Sunset、京田誠一 編曲:京田誠一、Akira Sunset

   

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