SKE48 松井珠理奈 評価

松井珠理奈 (C)jurinamatsui3/instagram

「ファイアボール・ブルース」

女にも荒ぶる魂がある、ということだ。闘いたい本能がある、ということだ。その気持を誰よりも激しく磨き続け、とうとう職業にしてしまった女たち。

桐野夏生/ファイアボール・ブルース

松井珠理奈は、SKE48のオープニングメンバーであり、初代センターである。デビューした段階で「闘争」を描く登場人物と宿命付けられ、彼女が物語る「闘争」が作る情動は筐体という範疇に収まらず、アイドルシーン全体に感染して行った。スクリーンに映し出される松井珠理奈は、常に”なにもの”かのアンチ・テーゼとして機能し、屹立していた。彼女は、正義の味方でも悲劇のヒロインでもなく、誰かが応援する”なにか”の脅威=敵であった。「だが私自身は、何よりも彼女の外見に強く惹かれ、すぐに主人公をイメージした。圧倒的な体格、掠れた声、ふてぶてしい表情、だが凛として美しい。彼女のすべてが、新しいジェンダーを感じさせた。彼女は男よりも男らしく、女よりも美しく、「闘う人」として男女を超越していた。(*1)」それは、まさしくハードボイルドなアイドルに映った。松井珠理奈の書く物語の量は、現役アイドルのみならず、近代アイドル史においても最高到達点と評価できる。しかも、その物語に冗長な場面はほとんどなく、スリリングな展開は途切れない。物語を書くことへの意欲、テンション、モチベーションもまったく尽きていないのだから驚嘆に値する人物である。文壇には「天才とは、何よりも量である」という格言があるが、これはもちろん、アイドルシーンにも当てはまる概念だろう。(*2)

ハードボイルドというのは、主人公たちの生きる姿勢、つまりどうしてもそこで生きる人間に不本意な妥協を強いる世間において、懸命に、ごまかしなく、しかも誇りを守り抜こうと闘う果敢さなのだ。

福田和也/作家の値うち

10年間、アイドル界の最前線を走り続けても、松井珠理奈はまだ21歳である。11歳でAKB48の”黄金期のメンバー”が作る群像劇の渦に放り込まれ、それもポジションは”センター”であった。この境遇に置かれた少女の感情はエンターテイメント的見地から想像することはきわめて困難だろう。ヴァルネラブルという範疇では語れない彼女の成長物語は、文学的見地によってのみ、あきらかになる。ハードボイルドアイドルと云ったが、それは現在の、豊穣なストーリーを経た「松井珠理奈」の姿形である。透徹した美を抱え自我を獲得する前段階にあった少女が、その稀有な境遇をくぐり抜ける際にペシミズムへと傾倒せずにハードボイルドと成長できたのは、やはり生まれもった「資質」=「主人公」への業によるのだろう。
平成の終わり、令和の始まり。現在(いま)のアイドルシーンのなかで主人公と呼べるアイドルの存在は稀有となった。稀少種と呼べてしまうくらいに。松井珠理奈や生駒里奈のような主人公という業に追いかけられるアイドルは現在のシーンにあっては異物として扱われてしまう。異物は、それに触れるものを酷く不快にさせる。彼女たちの存在を受け入れ、存在する理由を認めることは自己否定に外ならない。しかし人は、自己否定を通過せずに自己の超克を成し得ることはあり得ない。異物に触れる不安を、真っ暗なトンネルを出口に向かって駆け抜ける際の胸騒ぎを、松井珠理奈が描く豊穣な物語を通過するファンは、アイドルと成長を共有し傷だらけの絆(信頼関係)を築くだろう。その空間で巻き起こる喝采とはコップの中の嵐なのだろうか。現代アイドル史を生き抜くひとつの証しとして、鷲掴みにして大衆の前に掲げられた”リアリティー”と愚直な行為への倫理観をアイドル・松井珠理奈は体現しているのではないか。そして、それは、松井のファンのみならず、アイドル界全体にある種の問いを、「闘争」を投げかけるのだ。彼女の作るフィクション=闘争はノンフィクション特有の逼迫生を持つ。いや、そもそも彼女の描くフィクションには現実と仮想の境界線などはじめから引かれていないのかもしれない。だから彼女を囲繞する観者は常に動揺する。そして、現実と仮想、その境界線の不分明とはトップアイドルの徴でもある。松井珠理奈の底しれぬ不気味さや絶望の明晰さとは、現実と仮想の行き交いに対する意識の不透明の露出にある。作りてを虜にしたデビュー当時の少女が抱えた透徹さの喪失。それが成熟を獲得するに足る重要な出来事であった裏付けこそ”現実と仮想の行き交い”である。

安全地帯にいて 後悔をするより
たとえ傷ついても 一番前で泣こう
イマニミテイロ どういう色だ?
苦しい時に何度も 夢に見て来た色
願ったことは必ず叶えるよ
気持ちは何色? 言ってみたいザマアミロ

けやき坂46/イマニミテイロ

アイドルシーンを眺め続ける秋元康がペンを持つとき、そこに書かれる詩は、その歌を唄うアイドルだけに宛てられたメッセージなのだろうか。シーンを傍観した氏が貯め込んだアイデア、センテンス。それがあたらしく誕生したアイドルの物語に連関し、像を得て結実したにすぎないのではないか。アイデアの流用ではなく、俗悪さを発揮しシニカルを孕ませるために対象のアイドルを横にズラしただけなのではないか。つまり、直喩ではなくメタファーとして、グループという筐体が作る隔たりを、距離を飛び越え手繰り寄せられる歌詞もあるのではないか、と想う。あるいは、『イマニミテイロ』の反動的な詩と松井が響きあい、既に詩的責任を果たしていることは、彼女が文学的な価値(時代を先回りして迎え撃つ才能)を備えた人物である証しと云え、当然の帰結なのかもしれない。

 

 総合評価 82点

現代アイドル史に名を残す人物

(評価内訳)

ビジュアル 15点 ライブ表現 16点

演劇表現 16点 バラエティ 17点

情動感染 18点

SKE48 活動期間 2008年~

引用:(*1) 桐野夏生 / ファイアボール・ブルース
(*2) 福田和也 / 作家の値うち

評価更新履歴
2018/12/26 加筆、再批評しました
2019/04/25  加筆しました

評価点数の見方