AKB48 峯岸みなみ 評価

峯岸みなみ (C) SPICE

「思えば遠くへ来たもんだ」

AKB48が描く群像劇、通史の生き証人、老兵である。
デビューから一貫して、情動、醜態、転向とアイドルの”ジャンルらしさ”を放擲した正視するに耐えない通俗的な物語を蓄積している。冗長の極みに映るが、それが退屈に感じないのはAKB48が具える希求力、つまり”不完全さ”の原点として、家郷へのよすがとして「峯岸みなみ」が機能するからだろう。彼女が、アイドルの固定概念をソロアイドルからグループアイドルへと転換させたAKB48の第一期生という点を看過することは、やはりむずかしい。前田敦子、大島優子など、名だたるアイドルたちの戦友であり、AKB48の黎明期と黄金期、そして凋落まで、すべての物語を通過した孤閨として、ひとつの視点、語り部として「峯岸みなみ」は扱うことができる。グループアイドル史に大書される人物の「日常」を目撃した彼女に、平成の終わり、グループの衰退と斜陽、乃木坂46のブレイクはどのような光景として映し出されたのか。朝露のように消失して行く次世代アイドルたちの物語がどのように処理されたのか。彼女の内奥には、これまでに語られていない物語、語るべきではない物語、そしてなによりも、一度だけ語られそのまま忘れ去られた物語が眠っているのではないか。屈曲や倒錯と嗤われるだろうが、峯岸みなみは『忘れ去られた巨人』の老兵ガウェインのように、孤独に「竜」を、「AKB48」を護っているのである。

「わたしが話しているのは、残虐に彩られた道の終点にたどり着いた人々です。…苦難の長い道を歩み、死に追いかけられながら、ようやく最後の砦であるここにたどり着きました。そこへまた敵が攻めてきます。勢力は圧倒的です。この砦は何日もつでしょうか。数日?もしかしたら一、二週間くらい?ですが、最後には全員虐殺されることがわかっています。…だからこそ、包囲されて過ごす最後の数日くらいは十分に生きなければなりません。…死に方が残酷であればあるほど、その人々は陽気に楽しんだことでしょう」

カズオ・イシグロ / 忘れ去られた巨人

彼女も、砦に残った仲間が、抱え込んだ夢や希望を砕かれることが決定づけられた仲間が全員倒れるまで、グループの”残酷”な死を見届けるまで陽気さを失わずに踊りつづけるつもりなのだろう。さいごまで”陽気に”醜態を描きつづけるつもりなのだろう。
ちなみに、勢い余って髪を切る、という行為は典型的な「情動」である。

 

総合評価 57点

問題なくアイドルと呼べる人物

(評価内訳)

ビジュアル 7点 ライブ表現 13点

演劇表現 10点 バラエティ 13点

情動感染 14点

AKB48 活動期間 2005年~ 

評価点数の見方

AKB48