AKB48 磯怜奈 評判記

AKB48

磯怜奈(C)スクランブルエッグ

「歴史の闇の中」

磯怜奈、平成4年生、AKB48の第三期生。
14歳でアイドルの扉をひらく。ひまわりのような笑顔を作りたい、とカメラの前で朗らかに語ったが、しかし少女はそのわずか16日後に夢の世界から姿を消している。”卒業”ではなく”辞退”と記録されているわけだから、当然、アイドルとしての物語は残されていない。磯怜奈という人物を前にして、特筆すべき出来事を探るのならば、それは磯と同じく、2006年12月3日オーディション合格、同年12月19日に活動を辞退、と列記されたアイドルが磯怜奈を含め5名存在する、という点だろうか。
AKB48の『第三期AKB48追加メンバーオーディション』の合格者18名のうち、磯怜奈、大塚亜季、坂田涼、藤島マリアチカ堀江聖夏の5名のアイドルが同日付で活動を辞退している。活動期間は約2週間。このあまりにも早くおとずれた少女たちの夢の破断に対する明確な理由・動機は、どこにも述べられていない。つまり彼女たちの泡沫を語るには、想像力にほとんど頼るしかないわけである。ほとんど、というのは、たとえば、坂田涼については後に坂田本人が辞退理由をインタビューで述べており、またグループのシステムに不定期に行われる内部オーディション、いわゆるセレクション審査なるものが存在することは、もはやファンにとっても自明である。この5名もおそらくは内部オーディションで落第したのだろう。だが、辞退の理由を探ることと、そのアイドルにどれだけの可能性があったのか、を探ることは必ずしもイコールではない。彼女たちの可能性を探ることとは、作家が歴史上の人物に思いを馳せることと似ている、と云えるかもしれない。
たとえば、歴史小説家がローマ人の物語を語ろうとするとき、その「源泉」となるものに次の6つが挙げられる。

一、文献資料(ローマ時代の人が書き遺した文章)
二、考古学上の成果
三、碑文(石碑、銅板等々)
四、金、銀、銅貨
五、肖像等の造形芸術
六、パピルス文書(ただし、エジプトを中心とした中東一帯にかぎる)

塩野七生/ローマ人の物語Ⅸ

ローマの皇帝ともなれば、悪帝と呼ばれ、暗殺後に「記録抹殺刑」に処され「肖像等の造形芸術」などそのひとが存在した証しを片っ端から破壊され河に流されてしまった人物(たとえば、カリグラ帝)でも、それなりの資料は残っているわけである。そういえば、ローマ帝国の全域を15年以上の歳月をかけて視察し「帝国再構築」を完遂したハドリアヌス帝も「記録抹殺刑」を元老院によって可決されそうになったが、彼を継いだアントニヌス・ピウス帝の働きかけによってあわやのところでそれを回避している。もしアントニヌス帝の働きかけがなかったら、ハドリアヌス帝の物語は「歴史の闇の中」に消え去っていたかもしれない。
だが、これが現代人、平成のアイドルとなると話は変わる。

意外に感じるかもしれないが、インターネットの普及によって情報化された現代の社会にあっても、わからないものはわからない、という状況は多々ある。AKB48とて例外ではない。わずか2週間でアイドルの世界から姿を消した第三期生の磯怜奈、大塚亜季、坂田涼、藤島マリアチカ、堀江聖夏の5名のうち、坂田涼、藤島マリアチカ、堀江聖夏の3名については「肖像等の造形芸術」と「文献資料」が存在するが、磯怜奈、大塚亜季の2名には「肖像等の造形芸術」しか残されていない。彼女たちの素顔はまさしく「歴史の闇の中」である。やはり、その「肖像」を眺め、想像するしかない。*1

磯怜奈がAKB48に加入した頃、グループはまだ黎明期と呼べる時代であったはずだ。つまりは、アイドルになってみたはいいけれど想像していたものとはかけ離れていた、自分が、この人たちがどこに向かって走っているのかわからない、という情況に少女は必然的に置かれる。3期生はチームBの候補生として加入したわけだから、当然、厳格な選別が行われたはずだ。貴女はこっち、君はあっち、と。
夢に対する過剰な活力を放つ1期生と2期生を前にして、磯は後退りしてしまったのかもしれない。それを作り手に見抜かれてしまったのかもしれない。磯の笑顔には凡庸を凌ぐものを見いだせる。だが、才能があっても境遇に負けてしまうひとは多い。磯もその一人に数えるべきか。しかし、それでも「16日」というのはあまりにも短すぎる。たった「16日」で人が人の資質を見抜けるわけがない。とすれば、アイドル本人の資質以外の場所で選別があった、あるいは、本人の妥協があった、とするしかない。

ここで注目すべきは、1期生、2期生にはこのような事態、わずか2週間で5名ものアイドルが唐突に姿を消す、という悲劇が起きていない点だろう。やはり、AKB48にとって、アイドルグループにとって、作り手にとって、ファンにとって、立ち上げメンバー、とくに「第一期生」とは、特別な存在なのだ。いずれにせよ、トップアイドルと呼ばれる少女たちは、まだ見ぬファンに向けて朗らかに笑いかけた磯怜奈のようなアイドル、つまり夢の残骸の上に立っている、この事実は忘れてはならないはずだ。だからこそアイドルは儚く見えるのだ。

余談だが、磯怜奈の同期には、後にAKB48の女王となる渡辺麻友がいる。実は、そんな渡辺は『第二期AKB48追加メンバーオーディション』で落選している。アイドルになるという夢を諦めきれずに再挑戦の末での「3期オーディション」合格である。その「3期オーディション」の落選者には、惣田紗莉渚、高城亜樹、そしてのちにSKE48の初代キャプテンとなる中西優香がいる。彼女たちに限らず、AKBグループ、または坂道シリーズでは、多くのアイドルが”前期”のオーディションでの落選を経験し、それでもアイドルになるという夢を諦めきれず、再び、何度も、オーディションへの参加を希望し、再挑戦し、アイドルという「ほんとうの夢を叶えるための架け橋」を手に入れている。
おもいがけず手にした幻想の世界、あるいは、渇望した末に手に入れた夢の世界での暮らしをたったの16日で終える、これはやはり、どのような事情があったとしても、そこに心悲しさを見出してしまう。

 

総合評価 31点

アイドルの水準に達していない人物

(評価内訳)

ビジュアル 10点 ライブ表現 4点

演劇表現 5点 バラエティ 5点

情動感染 7点

AKB48 活動期間 2006年~2006年

引用:*1塩野七生/ローマ人の物語Ⅸ

 

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