僕が見たかった青空 スペアのない恋 評判記

僕が見たかった青空, 楽曲

(C)スペアのない恋 ジャケット写真

「君の代わりは現れない」

楽曲、歌詞、ミュージックビデオについて、

3枚目シングルの表題作。センターは、八木仁愛。
売れ線の曲、といった印象。勝負をかけた、ということなのだろうか。前作から作風をおおきく変えた。けれど音楽に発せられるメッセージは変わらず一貫して、アイドルたちの背中を押すような、――これまでとはまた別の角度からではあるが――少女たちに寄り添ったものとなっている。オーソドックスな恋愛ソングではあるけれど、なかなかどうして、ひねられている。「代わりの見つからない人」と出会い本当の愛を知った、という希望を、新しいアイドルグループ、新しいアイドルとの出会いに重ねる点は陳腐ではあるが、その「希望」を自分の生い立ち、過去をふり返ることで確信していく書き出し部分、詩情の構想力は、作詞家・秋元康ならでは、といった印象。
スペアのない恋、代わりの見つからない人への想いを綴った恋愛ソングを新米のアイドルに歌わせることは、暗に、ファンにとってアイドルがどれだけ高い価値を誇るのか、示すことになる。そうした「価値」を、初恋というノスタルジーの内に探し求めたのが前作『卒業まで』なのだが、おなじノスタルジーでも今作では打って変わり、恋に恋をしているわけじゃないと語ることで本当に「君」を愛しているのだと確信する、若者の、青春時代の瑞々しさの真っ只中に立ち、その「確信」をアイドルの扉をひらいた少女たちへの活力にかえている。「アイドル」はファンの内でプラトニックな存在になり得るのだと、うたっている。

もちろん、アイドルの価値を教えているのは「歌詞」だけではない。
”僕青”は、デビューしてまだ1年のアイドルグループだが、ステージにしても、映像作品にしても、メンバーのそれぞれが歌や踊り、演技の面でけして少なくはない経験を積んでおり、それらの「経験」が、つまりアイドルの成長がしっかりと最新作に活かされている点が、ほかの何にも増してアイドルの「価値」を掲げている。とりわけ今作では演じることの風に吹かれ、
これまでの作品では見られなかった表情・笑顔を踊りの表層に描き出している。
まさしく今、グループが成長期にあることを告げている。
それはセンターで踊る八木仁愛を眺めれば明らかである。表現における「演技」の必要性を理解するなかで、「演技」に向けた意識の強い傾きを、ダンスにどう持ち込むべきか、演じることと踊ることのバランスをどのように取れば美しく映えるのか、考え、チャレンジしているかに見える。その意欲は、音楽だけでなく、アイドル自身の世界をも広げているようだ。いつもなら苦もなく出てくる、粗捜しの言葉も、彼女を前にすると、ひとつも出てこない。
工藤唯愛、柳堀花怜なども思わず目を奪われる表情を描いている。世の中には、「代わりの見つからない人」など一人も存在しないとする容赦ない現実がたしかにあるにはあるが、ことアイドルに関しては、そうとも言い切れないのではないか、無垢にも信じてしまうような、そんな音楽をこの少女たちはつくっている。

 

歌唱メンバー:秋田莉杏、安納蒼衣、伊藤ゆず、金澤亜美、工藤唯愛、塩釜菜那、西森杏弥、早﨑すずき、八木仁愛、柳堀花怜、吉本此那

作詞:秋元康 作曲:ナスカ 編曲:mellow


2024/08/04  本文を編集しました(初出  2024/07/20)