SEIGO(稙田成吾)、どうしてそんなにエライのか?

座談会

「アイドルの可能性を考える 第二十五回 悪名高き演出家 編」

メンバー
楠木:批評家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:カメラマン。早川聖来推し。

いかなることにも、限度というものがある。カリグラには、それが見えなくなっていたのである。

塩野七生/ローマ人の物語Ⅶ

「老人がキレるのは短気だからではない」

島:今回は、楠木さんが古井由吉『仮往生伝試文』、OLEさんが舞城王太郎『阿修羅ガール』、横森さんがフーコー『言葉と物』、僕がガタリ『アンチ・オイディプス』。
横森:『仮往生伝試文』だけは何度読んでも良さがわからない。一章を読み終えることができない(笑)。
OLE:俺も。すごいことをやっているのはこの小説に対する批評をいくつか読んで理解はした。でもじゃあこれがおもしろいのかと言われたら返答に窮する。同業者に対してはものすごいパワーがあるんだろうな。
島:文壇の結晶ですよね。
楠木:ここ最近は、僕たちは過去の文学テクストのなかでしか思考することができない、というのをね、初心に帰って、あらためて考えてきましたが、それって思想に限った話ではなくて、エクリチュール、文体、言い回し、なんでもいいけど、要するに、こうやって今言葉を作り自分の考えを他者に伝えようとするその行為ですね、これも「過去の文学テクストのなかでの思考」なんですよ。~である。~ようだ。~だったかもしれない。こうした言い回しって、そう思ったからそれが出現するのではなくて、あらかじめそうした言い回しが自分のなかに準備されていて、その言い回しのなかで思考をしてしまっている場合がほとんどではないか。この、ほとんどではないか、もそうですね。この、ほとんどではないか、があらかじめ意識されていて、そこで思考したにすぎない。パターンを作る、鉄壁の備えがある、とも言えるけれど。『仮往生伝試文』が並外れているのは、小説を作ることでこの「思考」から抜け出たことですね。だから読みづらいと感じるんです。僕たちがすでに準備している「思考」つまり文体とは違う、別のなにかで語っているわけですから。もちろん、それだけがこの小説の魅力ではなくて、なぜそうした試みに打って出るのか、というと、そうすることでしか表現できないなにかがあった、福田和也や蓮實重彦の書評にならえば、この試みによって、現実とも非現実とも言えない、霊的、言霊のようなものの出現を叶えている。タイトルどおりの、物語のおもしろさに役立てられている。個人的には、これは読者を独り占めしようとする、職業作家としての矜持にも思える。これはもう、人生の岐路において、死というものを身近に感じれば感じるほど、繰り返し読むことになりますから。
島:詩的ですよね。散文なのに。
楠木:どちらでもあるし、どちらでもないんですね。ガルシア・マルケスの『百年の孤独』に近いかも。センテンスで物語るという意味では。わけのわからなさ、とか、霊的という意味では『アンチ・オイディプス』と似ているかも。
横森:フーコーの『言葉と物』は”新しいことの終わり”に立ち会うことの意味を考えさせる。これは「アイドル」に飛躍して着地できそう。
楠木:今回は取り立てて話すことがないかな。最近、話題性に乏しいよね、アイドル。
OLE:齋藤飛鳥の卒業くらいかな。それで『阿修羅ガール』を準備したんだけどさ(笑)。楠木君の記事を読んでからこれを読むと、齋藤飛鳥が書いているようにしか見えない(笑)。
横森:齋藤飛鳥がブログのノリで小説を書けたらこういう文体になるよねきっと。
島:そう考えると齋藤飛鳥ってポップ文学に囚われているんですね。
OLE:それはちょっと大げさだけどね。こっちが勝手に想像してるだけで。
横森:あのブログの文体で小説を書けるなら、小説家として成功するよね。
島:編集者次第ですね。松井玲奈でしたっけ。彼女、編集者に恵まれなかった。
OLE:女性作家ってエッセイ風味に走りがち。
横森:エッセイのほうが売れるからだよ。
楠木:そういえば最近、五十嵐さんと遊んでね、山崎空が今、注目株らしい。
OLE:山下美月、一ノ瀬美空ラインだよね。
楠木:AKBだと頭1つ2つ抜けているのかなと思いましたけどね。いずれセンターに立つんじゃないかな。
OLE:五十嵐さんの家に行ったらしいね。すごいでしょう。
楠木:渋谷に一戸建てって時点で驚くんだけど、中に入ると、別の意味でまた驚きます(笑)。アイドル関連の資料、AKBから乃木坂まで、ズラッと、所狭しと、なにからなにまで揃ってる。グッズや書籍だけじゃなくて、テレビやラジオも全部記録してると言っていましたね。ショールームは数が多すぎて諦めたらしいけど。こういう人を「ヲタク」って呼ぶんだろうなあ、と。
横森:ラジオと言えば……、早川聖来がライブの演出家の悪行をラジオで告発したのが今話題になってる。リハーサルやるとき、メンバーに向かって「ブス」だの「死ね」だの罵るらしい。
楠木:へえ。
OLE:SEIGOって演出家は、指原莉乃の「懇意」だね。罵詈雑言が「人」を動かしてステージを作り上げると信じている、アナクロタイプの演出家。ほら、みんなで集まった時に楠木君がよくモニターで流してる3期と4期の『他の星から』のライブ映像あるじゃん。あれもたしかこの人の演出したライブだったと思う。
楠木:あれは素晴らしいステージですよ。筒井あやめの魅力を発見したのもあのステージです。早川聖来も艶があるし、久保史緒里も洗練されている。いろんな発見があるステージです。じゃあしっかり仕事してる人なんだ。とすると表面的な話題性はコラボラトゥールに近いですね(笑)。高名な作家がナチに加担したとき、その作家の作品への純粋な接触を捨て切れるのか、という。ある出来事をきっかけにして、作家に落胆してしまったとき、じゃあその作家の作品とどう向き合うべきか。過去に乃木坂のステージを眺めて、その演出家のステージを眺めて、心を動かされた経験にウソがつけるのか。SEIGOという作り手に才能があることはたしかなんでしょう。アイドルの魅力を引き出していますから。すくなくとも僕にはそう見える。ところで、この演出家って、大園桃子が卒業したときに話題になった人かな。悪名が高いということは、才能があることの裏返しにもなるんですね。
OLE:そうその人。

楠木:『乃木坂ってどこ?』のDVDでメンバーの副音声が聴けるんだけど、初期の放送回でバナナマンの日村勇紀が白石麻衣松村沙友理橋本奈々未の3人をドッキリで怒鳴りつけるシーンがある。で、それを眺めながら生田絵梨花が副音声で「ライブの演出家がいつもこんな感じで怒鳴ってる」みたいなことを言って怖がる。あれはこのSEIGOって人のことなんですかね。
OLE:うーん。時系列がはっきりしないとなんとも言えない。とにかく怒ることを手法にしている演出家だね。
楠木:怒るというのも結局は過去のテクストの反復ですよね(笑)。手法化して仕事でやっているならそれこそ他人の言葉を使っている。まあそれはともかく、怒るというのは、要するに、自分が相手に尊敬されていないという自覚が根にあるんだとおもう。自分が相手に尊敬されているという確かな自覚があれば、人は他人に対し怒りを宿すことはあっても、それを直接ぶつけることはしません。だから大人になるにつれて、普通、人は怒ることが少なくなっていくはずです。大人になってもまだ怒りつづける人って、自分が他人に尊敬されているであろうという自覚を育むことができなかった人です。老人がキレやすくなっているのは、短気だからじゃなくて、若者に自分が敬われていないことを察知するからです。だからキレる。
OLE:秋元康は、嫌われたくないから怒らない、って言ってるけどね(笑)。
楠木:秋元康がメンバーに怒らなくなった理由は、興味がなくなったとか、歳を取ったとか、嫌われたくないとか、ではなくて、自分が作詞家としてメンバーに尊敬されているという自覚が芽生えてきたからでしょう。換言すれば、詩人としての矜持みたいなものがAKBを通して育まれた。詩作という超常的行為が尊敬・畏敬されないというのはマズイ事態ですから。逆に言えば、そうしたナイーブさがアートを形づくるんだろうけど、それがない人、そういうものを自己の内に見つけられないまま老人になってしまった人が他人に怒りつづける。
島:他人に怒ることと、自分のこころの内に怒りを宿すこととでは意味がまったく異なりますよね。
楠木:もちろん。怒りの感情は「表現」に欠かせません。早川聖来の行動は他人に対して怒ったのではなくて、自己の内に秘めた怒りの行動力でしょう。つまり表現ですね。この点はやっぱり、役者なんだな、と思いますね。周到にセリフを用意して、やったんでしょう?一見、事象としては森香穂とか山口真帆の再現を想わせる。けれどこれは似て非なるもので、山口真帆の行動はほとんど衝動にほかならないけれど、早川聖来のこれは衝動ではないですよね、おそらく。演技です。
横森:女を怒らせると仕返しが怖いからね。
楠木:女性に憎まれてしまう人間は指導者としての才能に欠陥がある、これは歴史が教えてくれている。歴史上最高の指導者であるカエサルは女性に憎まれることがなかった。楽天的で、常に機嫌が良くて、機智をそなえていたからだね。言葉がヘタクソな指導者はこの点で苦労するんだろうな。
島:ヒトラーなんか言葉と文章がもうだめだめで、説得力が皆無だから、政治家としての行動力=説得力のほとんどが「怒り」ですよね。とにかく事ある毎に配下の人間に怒鳴り散らしていた。リディツェ村はその怒りの不幸の結晶でしかない。
楠木:ヒトラーやハイドリヒを見てわかるのは、怒るという行動は往々にして欲に負けるということです。ハイドリヒは親しい間柄だった軍人だかに妻を寝取られていますよね。コルナール、つまりハイドリヒに露見したらイコール死を意味する。しかしそれでも欲が勝ってしまいハイドリヒの妻と寝てしまう。欲につかれてしまう。それってつまりハイドリヒが尊敬にたる人物ではなかったから、としか言いようがないわけです。まあ早川聖来にどういう欲があるのか、僕にはわからないけど。
OLE:SEIGOって演出家は俺たちより世代が上なだけに若者から尊敬を勝ち取れていないというのは、なんともまあうら悲しいことだね。指原莉乃からは格別の信頼感を得ているようだけど。
横森:だから指原莉乃にはキレないんでしょ?
OLE:まあね(笑)。数少ないリスペクトを失いたくないんだな。
楠木:才能豊かで瑞々しい少女たちに囲まれてずっと仕事をしてきた。けれどその少女たちから尊敬されているという自覚が持てずにいる。これはけっこうキツイと思いますよ。アイドルが実際に尊敬しているかどうかは、アイドルがどう言葉で表そうとも、結局、他人でしかないから、わかりようがない。こころの内なんて読めないですから。表では綺麗な顔してても、裏ではどんな顔をしていることか。実際に早川聖来は反動を宿していた。だから自覚がもてるかどうか、に尽きる。自覚というのは、自分の行動如何で作られるものです。
島:バカにされているんだろうなあって、被害妄想を膨らませてさらに怒っていく。そういう人って多いですよ。この人がどうかは知らないですが(笑)。
横森:掛橋沙耶香の事故をメンバーに責任転嫁して、「お前らのせい」と言い放ったらしい。これはさすがにカッとなるでしょ。仕方ない。
楠木:はあ。もしそれが事実なら、自分がエライ人間だと自負しているんだろうね。他人に怒りつづけることで自分がエライと勘違いしてしまうことはよくある。尊敬されていないから怒るわけだけど、その怒るという行為によって、自分がエライと錯覚していく。自分を見失っていく。人が変わってしまう。皮肉だよね。秋元康はその点、無頓着で、未だにアイドルを前にして格好つけてるでしょ。だから詩情が若々しいんだね。幼稚とも言えるけど。文芸の世界って、エライ人になっちゃうとつまんないから。エライ人にだけはならないように注意しないと……。
OLE:啓蒙・教育にしても効果が薄いと思うけどな。

楠木:人心理解に乏しいですよね。
横森:虫酸が走る。

島:でもなんか、そこまで感情的になるのは踊らされているようにも感じませんか。早川聖来という人に。危うい話題ですよ、これ。
楠木:良いじゃないですか、踊らされても。善悪の判断なんか置いておいて、大切だと想うものの側に立ち、共に闘おうとするのも「批評」ですよ。僕たちは善悪を基準にして人を好きになるわけじゃないから。


2023/05/22  楠木かなえ

 

STU48 谷口茉妃菜 評判記

「ブルーベリー&ラズベリー」 谷口茉妃菜、平成12年生、STU48の第一期生。 ...

SEIGO(稙田成吾)、どうしてそんなにエライのか?

「アイドルの可能性を考える 第二十五回 悪名高き演出家 編」 メンバー 楠木:批 ...