AKB48 サンダルじゃできない恋 評価

AKB48, 楽曲

 

View this post on Instagram

 

松村香織 Kaori Matsumuraさん(@kaotan_0117)がシェアした投稿

「ここから先は選んで」

 

人の未成熟さの行きつくさき、逗留する筐体を「サンダル」として描いている。そして、その胎動からの移動がテーマである。もちろん、未成熟さを捨てることが、イコール、そのまま成熟への過程になるわけではない。むしろ、成熟と逆向する行為だと云える。
サンダルを履いて、熱に浮かされるように歩きながら物事を選択していく。救いようのない、どうしようもなく稚拙な行為を繰り返す。しかし、実はその所業こそ、再現性の低い、きわめて一回性のたかい出来事であると”彼女は”気づいていない。「サンダルを脱捨てて、キスの回数を減らし、慎重に選んで、一回のロマンスを大事にしたい。他人に話せるような夜にしたい」と願う。しかし、他人に話せるようなエピソード(恋愛)とは、それは、陳腐な物語に収斂しているのではないか。安易な理想、想像力によってつくりあげた理想像とは、ありふれた俗物でしかない。少女から大人になりたいと意識してしまった時点で、偏向的な感性が普遍的なものへと馴致されていってしまう。”サンダルじゃできない恋”を手に入れようと焦がれることで、”サンダルでしかできない恋”を捨ててしまうという、滑稽な矛盾を描いている。

この楽曲の詞のなかには「わたし」が使用されない。「僕」という一人称を多用する作詞家が、「わたし」を使うべき世界観を構築するも、「わたし」の使用を拒んだのは、女性の感性、時代に反映される感情の機微に対する自信のなさの現れなのかもしれない。

作詞家から、センターを務める松村香織へのメッセージが含まれているのだとしたら、(卒業をテーマに扱ったのであれば)この「サンダル」をアイドルの「虚構」に対するメタファーとして捉えることができる。アイドルが虚構というもうひとつの世界から飛び立ち、現実の世界へと舞い戻っていく光景。その、後に残された虚構には、もう戻ることはない。「戻る」という行為は、明確な逆向であるのにもかかわらず、ここではそれが前進を意味している。この観点では、きわめて文学的な楽曲と云える。

映像作品については、グループをひとかたまりにして見渡すとき、この映像は、前作(終電の夜からの自己模倣に陥っていると判断できる。だが、この楽曲において、箱庭を創造することは、その世界(映像)が歌詞やアイドルのストーリーに高水準でリンクしていくことを意味する。成功を収めている、と評価できる。
小嶋真子の、歌詞を何かの思想のようにして口ずさむ仕草や、北川綾巴の紅をさすときの耽美的な表情が、楽曲のテーマに重なっている点も評価に値する。
北川綾巴について。楽曲の映像作品について批評する際に、過去にも(複数回)北川綾巴の個人名を挙げた事実にここで思い至り、彼女の存在理由を満たすフィールドは映像世界のなかにあるのかもしれないと、想いはじめるきっかけをつくった点も個人的には評価したい。

 

総合評価 71点

現在のアイドル楽曲として優れた作品

(評価内訳)

楽曲 15点 歌詞 14点

ボーカル 17点 ライブ・映像 16点

情動感染 9点

歌唱メンバー:松村香織、高柳明音、小嶋真子、白間美瑠、奈良未遥、岩立沙穂、太田夢莉、西潟茉莉奈、小栗有以、田島芽瑠、北川綾巴、荒井優希、菅原茉椰、加藤美南、福岡聖菜、峯岸みなみ

作詞 : 秋元 康 作曲:Atelier LadyBird 編曲 : Atelier LadyBird

評価点数の見方