乃木坂46 価値あるもの 評判記

「価値あるもの」
楽曲、歌詞、ボーカルについて、
29枚目シングルのカップリング曲。センターは久保史緒里。
新・華の2001年組、という見出しを打ち出し、メディアにおいて大々的に喧伝された。たしかに、歌唱メンバーを眺めると、人気・知名度を問わず、しっかりとした個性をもった、魅力あふれるメンバーが集められ、並んでいる。この8名のアイドルを眺めていると、ひとつのユニットを眺める、ではなく、ひとつのアイドルグループを眺めているような、そんな感慨に浸れてしまう。結果的にとはいえ、よくこれだけのメンバーを揃えられたものだな、とつい感心してしまう。
今作品は、演者の”らしさ”全開である。絶対に行動をしない「僕」という、秋元康らしさ全開の主人公のモノローグにはじまり、いかにも杉山勝彦といったメロディ、いかにも乃木坂っぽい歌唱をもって音楽を編み上げ、既知の魅力を教えている。そのような意味ではあたらしい物語を語ろうと挑んだ表題作『Actually…』のアンチテーゼであり、乃木坂らしさという曖昧な理想に向けた探求という点でテーマを合致している。
とくにボーカル表現についてそれは顕著である。アイドルの、センターポジションで踊る久保史緒里の、青春の喪失を歌った傑作『ひと夏の長さより…』に対する憧憬がボーカル表現の端々に込められているようで、楽曲全体に抱く自己模倣感、そのイメージを確かなものにしている。
センターを務めるアイドルの意向・趣向が多分に汲まれているように見える点は好感を誘うが、実際に作品に触れてみると、どうだろう、今作に限って云えば作品の質を引き下げているようにおもう。歌声に並みなみならぬものをそなえたアイドル、というイメージを打ち出してきた久保史緒里の、そのアイドルとしての魅力が消却されており、久保は、オリジナルではない楽曲を演じる際にはその存在感をいかんなく発揮するが、オリジナルを作るとき、つまりいかなる道標もない、言葉の真の意味における「表現」を求められるとき、平均的な作品、乃木坂としての標準的な作品しか生めないのか、という懸念を投げているようにおもう。論を飛躍させ、乱暴に云ってしまえば、彼女は主役にはけしてなれないタイプの登場人物なのかもしれない(もちろん、この種の尽きない問いかけ、屈託に久保史緒里のアイドルとしての魅力があるとも云えるのだが)。こればかりは持って生まれた才と言うしかない。
乃木坂らしさなるものを追究する人間が、またそれをアイドルの物語として語ってきた人間がいざそれを模倣し自身の作品へと落とし込み表現を試みた結果、まったく正反対の作品ができあがってしまった。『ひと夏の長さより…』が良かったのは、アイドルらしさを振り捨てている点にほかならず、またそうした試みによってのみ乃木坂らしさなるものが生まれるのであるならば、当然、それを真似しても”らしさ”なんてものは生まれないわけであるから、今作品が「平凡」に見えるのは、さけられない帰結と読むべきだろう。
楽曲の吐く世界ではなく演者が楽曲をどのように演じたのか、より砕いて云えば、演者が演じたものがどのように動いているのか、ではなく、ある特定の人間を指し、その人物が今回はどのような表現を用いているのか、どのような表情を描いているのか、というところにのみ意識が向いてしまうといった作りになっている点、つまりは、まず久保史緒里の演技があり、次に物語がある、という情況、アイドルへの耽溺に陥っているところなどは、やはり久保史緒里らしさ全開であり、『価値あるもの』はアイドルの写実についてならば高い水準で成功している、と云えるかもしれない。
こうした「自己模倣」の徹底を、価値あるもの、と名付けてしまえる秋元康とは、やはり詩人であり、皮肉の上手、と呼ぶしかない。価値あるもの、これは”古い”乃木坂ファンならばピンとくるワードだろうから、なかなか遊び心もある。
ミュージックビデオについて、
アイデアに乏しく、評価に値しない。「新・華の2001年組」と画面に打ち出してしまうところなどはどうしようもなくセンスがない。作り手の思惟がエンタメに落ち込んでおり、作家としての矜持を持たないのだろうか、と不安になる。
アイドルの演技については、遠藤さくらの「演技」に手法化のきらいがある。演技を作業的にこなしてしまう、仕事として消化してしまう、これは、演技ができる人間、演技ができてしまう人間特有の倦怠なのかもしれない。しれないが、遠藤さくらというアイドルの魅力をとらえる際には、語る際には、空転のそしりを免れない。脇が甘い、と云うしかない。
総合評価 50点
聴く価値がある作品
(評価内訳)
楽曲 13点 歌詞 12点
ボーカル 8点 ライブ・映像 7点
情動感染 10点
歌唱メンバー:遠藤さくら、賀喜遥香、金川紗耶、北川悠理、久保史緒里、阪口珠美、佐藤璃果、中村麗乃
作詞:秋元康 作曲:杉山勝彦 編曲:杉山勝彦、谷地学