欅坂46 誰がその鐘を鳴らすのか? 評判記

楽曲, 欅坂46

(C)欅坂46公式サイト

「みんなで黙ってみよう」

彼は政治の一形態としての民主主義に信念をいだいていた。だが、共和国は、反乱が起こったとき、共和国の危機を招いた馬盗人の群れを、すべて一掃しなければならないだろう。この国民のように、指導者が自分たちのほんとうの敵だったという国民が、かつてあっただろうか?人民の敵。これこそ彼が捨ててしまいたい言葉だった。これこそが彼が口にしたくない合言葉であった。

誰がために鐘は鳴る/ヘミングウェイ

歌詞、楽曲について、

映画『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』の主題歌。
改名前、欅坂46名義では最後の表題曲、ということで、グループの歴史のなかでもっとも鮮明な転換点を刻む、端境期の象徴となる楽曲であるのは間違いない。たしかに、楽曲、歌詞、ともに文句なしのクオリティに映る。力作だ。あらゆるアイドルファンに、傍観者に、批評を作らせる原動力がある、と感じる。タイトルも良い。だが、結局、この歌から描出されるのは、あたらしい希望、次の「センター」の気配(たとえば、楽曲のプロモーション部分でその詩的表現への憧憬を活用された小林由依など)ではなく、グループを去った、かつての主人公の後姿であるのだから、破滅的だ。
この楽曲に触れてまず浮き彫りになるのは、これまでに提示された欅坂46の楽曲とは、平手友梨奈がそのフィクションの中央に立つことで、その表現力と存在感に頼ることで、作曲家が、作詞家が作り上げた無垢なもの(たとえば、女学生が卒業式の朝、教室の黒板にチョークでお気に入りの曲の歌詞を落書きするような行為)が辛うじて深刻さを投げつるのを可能にしていた、という事実だ。彼女がグループを去った後、これまでの楽曲が平手友梨奈の不在を抱えたまま披露されているのを観ると、やはり楽曲そのものが幼稚で滑稽な代物に感じる。楽曲を演じている”のこされた”アイドルたちも楽曲が作るあまりにも無垢な世界観をまえに、フィクションの世界への没入を止め、”ダサイ”と解釈するようになってしまったようだ。つまり、欅坂46が作る舞台を”ダサイ”と感じさせない、アイドルというコンテンツに真剣になることを恥ずかしい行為だとは微塵も感じさせない、この没入と盲目の付与こそ平手友梨奈の凄さなのだと「誰がその鐘を鳴らすのか?」は教えてくれるのだ。
要は、そこにいるはずの”彼女”がいない、この事実がむしろ失ったものの価値を高めており、過去の作品と比較しても、その存在感が、平手友梨奈の横顔がもっとも色濃く映ってしまっている、ということだ。平手友梨奈の不在が招く不完全さ、つまり可能性を探る行為への希求から、欅坂46の楽曲のなかでもっともつよい文学のひかりを放っているのだから、やはりアイロニーに満ち溢れた、自己破滅的な楽曲と云えるだろう。
本物の民主政とは、一人の天才、独裁者によって達成されるものだ。ゆえにその天才が去ってしまえば、楽園は崩壊する。古代ローマの視察団がペリクレス統治下のアテネを眺め、そこに広がる楽園を目の当たりにしながらも、帰国の後、民主政を模倣しなかったのは、それが一人の天才による支配、つまりローマ人のアレルギーでもある独裁政治に見えたからだ。”天才が去ってしまえば、楽園は崩壊する”。事実、ペリクレス死後、アテネが目を覆いたくなるような衆愚政へと傾倒し、衰退したのは、後世を生きる我々の知るところだ。
歴史は繰り返す、というが、グループの作り手が提案しかたちを取りはじめた、ファンへの、またはアイドルを演じる少女への過剰な配慮がどのような結実を生むのか、アテネの物語を欅坂46へと引用して読む、これはあながち大仰な行為とは呼べないのではないか。
もちろん、今作をもってあたらしい家郷を求め、”世界には愛しかないんだ”とつぶやいたあの日に建築した狭く強固な壁を壊し、少女たちがそれぞれ広大な土地へと旅立ったのは、逃避行に映る一方で、これからなにがはじまるのか、といったチャプター2への期待、胎動の手触りもたしかにある。

ライブ表現力について、

タイトルに込められた想い、情報の囲繞に対する反動にも似た想い、弔鐘の振動は、鐘の下で踊るすべてのアイドルの鼓動なのだ、と諭す作詞家・秋元康から贈られる救済、啓蒙もむなしく、安易な自問自答で終わってしまっている、と感じる。
致命的なのは、やはり、上述したとおり、当然の結実と云えばそれまでだが、楽曲の内で演じられるものすべてが「平手友梨奈」にしかみえない点だろう。語り、踊り、俯き、それらすべてが「平手友梨奈」の模倣にしかみえない。とくにおもしろいのは、平手友梨奈が舞台の中央に立つことで、その後ろで踊るアイドルたちが自己のアイデンティティのようなものをスポットライトの下で自由に披瀝できていたのだ、という事実の再確認と、主人公を見失った今、それぞれのアイドルが、それぞれの解釈を持ってグループを去った主人公を追悼するように彼女の物語性を模倣しようと試みるけなげな姿勢だろうか。だが当然、天才と扱われた平手友梨奈=寵児を模倣することなど凡庸なアイドルには不可能だから、踊っている、あるいは演劇を作っているアイドルの表情すべてが茶番劇に見えてしまう。

 

総合評価 61点

再聴に値する作品

(評価内訳)

楽曲 16点 歌詞 14

ボーカル 7点 ライブ・映像 10点

情動感染 14点

引用:見出し、秋元康/誰がその鐘を鳴らすのか?

歌唱メンバー:渡辺梨加、渡邉理佐、石森虹花、上村莉菜、尾関梨香、小池美波、小林由依、齋藤冬優花、佐藤詩織、菅井友香、土生瑞穂、原田葵、守屋茜、井上梨名、関有美子、武元唯衣、田村保乃、藤吉夏鈴、松田里奈、松平璃子、森田ひかる、山﨑天、遠藤光莉、大園玲、大沼晶保、幸阪茉里乃、増本綺良、守屋麗奈

作詞:秋元康 作曲:辻村有記、伊藤賢 編曲:辻村有記、伊藤賢

 

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