NMB48 須藤凜々花 評価

NMB48

須藤凜々花(C)スポニチ

「現在にのみ在るアイドル」

恋よ、そなたゆえ、わたしたちは喜びを見出そうとして、なんという狂態を演じたことだろう!

スタンダール / 赤と黒

須藤凜々花、平成8年生、NMB48のドラフト1期生であり、4代目センター。
おそろしく純潔であり、おそろしい魔性をもったアイドル。アイドルの物語のすべてを転覆させる、恋愛スキャンダル=転向、つまりバナールな現象において、渡辺麻友のアンチテーゼではなく、むしろ渡辺的王道から転落したアイドルとして、平成のアイドル史に大書されるべき人物。
澄明で”貞女の標本みたいな顔”をしたアイドルだが、黒い瞳に底知れぬ闇が映る、並みなみならぬ個性の持ち主である。驚くほど無知な少女で、知的好奇心を読書のみに頼って満たす人間固有の、目を背けたくなるほどにペダンチックなふるまいを日常の所作としている。だが、その書物から得たばかりの知識・情報を支えにした、飛躍する妄執によって形づくられる無邪気さあるいは無鉄砲さには、たしかに、思考の可能性をひらく野心と虚栄心が宿っていたようにおもう。とくに「衝動」の一点において他の追随を許さない。
彼女の演じるアイドルは、当たりまえに定義される「グループアイドル」の定形から決定的に抜け出ており、本質的な単独者である。生気がきわめて汪溢で、つめたく冴えわたる奇妙な愛嬌を持っている。アイドルを演じる暮らしのなかで日々洗練されていくその容貌は、
ヴァリエテ座で踊るパリの高等娼婦のような野蛮さをはぐくみ、俗悪と呼ばれる男たちを虜にしてやまなかったようだ。そのような意味では、渡辺的な王道に比して、須藤をより古典的な存在、宝塚少女歌劇的ととらえることも可能だろう。彼女は、アマガエルやシュレーゲルアオガエルが鳴く畦道を歩いても、きらびやかな都会の街角で洒落た紙に包んだ焼き芋を頬張らせても、どちらでも、変わらぬ郷愁を投げつける。この郷愁を覚える佇まいが、処女性、つまり内実の獲得に繋がり、女学生の漕ぐ自転車の後ろに乗って走りつづけるような、濃密な夢の香気を放ち、アイドル・須藤凜々花はNMB48のあたらしい主人公として屹立することになる。

須藤は、デビューから一貫し、渡辺麻友、指原莉乃以降の、アイドルシーンを担う寵児としてその期待感にこたえる文句なしの物語を記している。
やはり、ビジュアルが白眉だ。そのノスタルジックな横顔に一度でもふれてしまえば、だれもが、帰還の許されないアイドルの物語への没入を強いられる。須藤凜々花を前にして表出する郷愁とは、忘れていた大切なもの、それが自身の内奥から否応なくにじみ出てくる実感と、同時に、それが自己の内から欠落していく喪失感、つまり狂気とも呼べる情動である。
強い郷愁のもとに自己の内から言葉では説明できないなにかが決定的に失われ、残されたのは過去でも未来でもなく、現在(いま)眼の前に立つアイドルだけだ、という現実感覚と、それを格別なユーモア、機知の針で迎える須藤凜々花の笑顔をして、ファンは透明な愛と尽きることのない献身を誓うのだ。やがて須藤凜々花は、NMB48の歴史だけでなく、AKBグループの通史、その行く末を担うアイドルへと飛翔して行く。
そして、そのすべてを《わたしは自分のことをアイドルだとおもったことがなくて…》という告白、つまり「宙返り」によって「アイドル」を現実の残響のなかに放り込み、夢の残骸に変えてしまった。アイドルに見捨てられたファンは、愛のみじめさと業の深さにのたうちまわるはめになった。

 

総合評価  58点

問題なくアイドルと呼べる人物

(評価内訳)

ビジュアル 17点 ライブ表現 5点

演劇表現 1点 バラエティ 19点

情動感染 16点

NMB48 活動期間 2013年~2017年

2021/07/05  加筆・修正しました

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