欅坂46 長沢菜々香 評判記

「流しのしたの骨」
7月28日、火曜日、晴れ、
昨日まで、つぼみだったヒマワリが
やっと花を咲かせました。
長沢菜々香 / 欅って、書けない?
長沢菜々香、平成9年生、欅坂46の第一期生。
現代における”アイドル”を味わい尽くしている。かつ、その”旨味”を噛みしめる姿をファンともっとも近い空間で詩的に物語る技術に長けており、ドラマツルギーに基づく”アイドルの身近さ”を作るのに卓越した人物に映る。
アイドルを演じる少女が、アイドルを演じる日常を通しこころに秘める屈託。その抱え込んだ不安を、今すぐ露出しろ、と少女たちに迫るファンの声量を一切受け付けないフェーズに突入し不穏な空気感を伝えるのが現在の欅坂46なのだが、そのような境遇にあって、長沢菜々香とは、アイドルの扉をひらいて以来、常にみずからの欲や悲観、心痛を衝動的に提示してきたアイドルである。後天的な性格の誕生に戸惑うアイドルのなかで、おそらく、ただ一人、先天的な性格を描きつづけることを許可された幸運なアイドルである。当然、彼女もまたグループから一人浮いた異物に見える。長沢の空気感とは、松村沙友理、渡辺梨加の描く偏執に限りなく近似しており、ある種のパラノイアと云えるだろうか。ただ長沢には松村、渡辺の両名とは決定的に隔たったうら悲しげさ、屈折した妄想がある。
注文をしてしまうと、三人ともにわかに手持ち無沙汰になった。
ウェイトレスが、律のメロンパフェと深町直人のグレープゼリーと私の三色ババロワを運んできた。一つずつ、ことんと音をたててテーブルに置く。
その瞬間だった。
たぶん律自身がいちばんびっくりしただろうと思うのだけれど、運ばれてきた深町直人のグレープゼリー ーそれは、たしかに意表をついて大きく、透きとおった葡萄色がいかにもつめたくて、昔風にぷりぷりと固く弾力のありそうなゼリーだったがー を一目みるやいなや、律は身をのりだし、ひとさし指でそれをつついた。
「……律?」
私は弟の顔をみつめた。律が、家族以外の人間の前でそんなふるまいをするのをみたのははじめてだった。
「おいしそうだな」
あきらかに内心おどろいたはずの深町直人は言い、なんでもないふうにスプーンを握った。
私と律は黙りこんだ。マナーとか行儀とかの問題ではなく、なんとなく、秘密をみられてしまったような気がしたのだ。
江國香織 / 流しのしたの骨
長沢菜々香の偏向が普遍的な陽気に映り、ファンを愉快な気分に浸らせ、高い人気を獲得する理由は、あらゆるシーンにおいて自身の「秘密」をファンにみられてしまうからである。偏執狂でありながら多様性のあるアイドルを映し出すのは、抉り出される撹乱の内にアイドルの素顔を不意に、にじみ出すからである。『りぼん』での漫画連載、仲間との日常風景の漫画化などが象徴するように、このひとは現実をフィクション=ウソで覆う行為に長けており、ファンはアイドルが仕掛けたフィクションに触れることによってアイドルを演じる少女の素顔に導かれて行くわけである。みればみるほど好きになってしまう、といった希求がたしかにあるようだ。そういう意味では長沢菜々香を、長沢自身が強く焦がれているような古典的王道アイドルと呼べるかもしれない。
だが、どこか物足りない。
アイドルに成り、あたらしい世界を経験していく、夢を叶えていく、という過程をしっかりとファンに伝える姿勢、ストーリー展開は過不足ないが、どこか物足りなくも感じる。おそらくそれは、彼女の描いたこれまでの物語のなかに一つも本音を拾わないからだろう。
素顔と本音はちがう。素顔とは「律」が「指」で「ゼリー」をつつく衝動であり、本音とはその衝動を自覚し、自身の感情を描出することだ。長沢菜々香というアイドルは衝動に支えられたようなアイドルだ。アイドルが慟哭する姿を鑑賞者におもわず想起させる、濃密な物語性をたしかに投げつけるのに、しかし実際に”本物”の慟哭を描いたシーンに遭遇することをけして叶えない、奇妙なアイロニーに彼女はつつまれている。とくに、道半ば倒れる仲間の後ろ姿、つまり”卒業”に対する慟哭を決定的に欠如している。たとえば、卒業を決め、ファンのまえで身体がふるえるのを必死に抑えこみながら別れの言葉を話すアイドル(仲間やライバル)に向けて、静かな怒りと悲しみをぶつける瀧野由美子のような”本物”の慟哭が長沢菜々香にはない。古典的な、健気に観者に活力を与えるアイドルを演じなければならない、という古臭いアイドルの使命感によって、アイドルの新鮮な感情が圧しころされてしまっているように見える。
もしこのような姿勢をアイドルのジャンルらしさを満たす英姿と捉えているのならば、それはグループの物語を前にした錯覚なのだろう。彼女の作る姿勢がもたらす結果とは、”少女たちに、抱え込んだ不安を露出しろ、と迫る、一般的な揶揄を受け付けないフェーズに突入した不穏なグループ”という批評空間への防ぎようのない侵入であり、グループにおいて常に素顔を提示しつづける長沢菜々香も、結局は仲間たちと同じ場所に帰結し、枠にはまってしまうのである。非凡でありながら、覇業に手が届きそうで届かないアイドルを浮き彫りにするのは、このアイデンティティに対する問いが、彼女の物語を貧弱に映し出す所為ではないか。
総合評価 52点
問題なくアイドルと呼べる人物
(評価内訳)
ビジュアル 8点 ライブ表現 8点
演劇表現 9点 バラエティ 14点
情動感染 13点
欅坂46 活動期間 2015年~2020年