欅坂46 長沢菜々香 評価

欅坂46

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「パラノイア(偏執狂)」


パラノイアなアイドルである。 松村沙友理、渡辺梨加と同系統のアイドルだが両者と比較すると小ぶりであり、独自の世界観を作り上げているとは云えないが、それでも各評価項目の採点を終えるとトータルで70点に到達するのだから「非凡」な人物なのだろう。

偏向的なキャラクターが多い欅坂46のなかで、長沢菜々香は”偏向的な多様性”というアンビバレントな資質を発揮することができる貴重な存在である。特定の仲間に向ける深い愛執と依存、固陋な前進、性的フェティシズムの披露など、エピソードに事欠かない。一度、妄想と現実の行き交いをはじめてしまうと、外のだれよりも偏向的なキャラクターへと転向をし、それをカメラの前でも躊躇なくさらけ出すのである。アイドルのみせる多様性とは、グループ全体の特色に影響を与え、層の厚さに貢献する。このようなキャラクターのアイドルが第一期生として加入したことは、グループにとって幸運な出来事と云えるだろう。

演技についてだが、長沢菜々香の表現するそれが、彼女自身の「日常」を再現しているのだとしたら、したたかであり、たかい資質の持ち主と評価できるが、そもそも、日常における一連の仕草が倒錯している為、判断がむずかしい。日常を切り取って映像世界の中に置いてくる、アイドルの演技としては、この点を達成することが、ひとつの最終到達点と云えるだろう。しかし、前述した通り、長沢菜々香の場合、「日常」の定義が不可能である。

つまり、こういったタイプの人間は一般的に”誤解されやすい”傾向にあるのだとおもう。

あるとき、椅子にのらずに手を伸ばし、ぴょんと跳びあがって電気をつけることに成功した。私は嬉しくなり、父を呼んできてみせた。(略)
「これからはその椅子が要らなくなったわけだ。すごいな。大きくなったんだな。よかったな」と、大きな手で頭をぽんぽんとたたくようになで、こちらが恐縮してしまうくらい大げさに祝福してくれた。
それからしばらくして、今度はジャンプも要らなくなった。
「みて」私は早速父をひっぱってきて披露した。父は黙ってそこに立ったまま、みるみる眉間にしわを寄せた。
「それはもうこのあいだみたじゃないか」
父は決してどなったりしない人だが、かわりに、激するとそれをおさえようとして、低く、吐きすてるような口調になった。
「あのときもう十二分にほめた」 父は忌々しげに言い、私に説明するひまも与えずにいってしまった。 おなじことをしていると思われたのだ。ほめられたくておなじことをしていると。廊下にぽつんととり残されて、私は自分のはだしのつま先をみた。ひどく心外だった。

(江國香織「流しのしたの骨」)

 こうして偏執狂=長沢菜々香はつくられるのだ。

 

総合評価 71点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 10点 ライブ表現 13点

演劇表現 14点 バラエティ 18点

情動感染 16点

 

欅坂46 活動期間 2015年~
見出し:引用(村上春樹「1Q84」)

評価点数の見方