端境期、という言葉の意味

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(C)掛橋沙耶香 公式ブログ

「他人のそら似以上に 不思議な縁」

「端境」と辞書で引くと、広く物事の新旧入れ替えの時期、とある。転換期、とは書かず、端境期、と書くとき、この言葉はきっと、その意味を考える行為によってそのひとの内にその言葉の意味が宿る、そんな場合がほとんどではないか。思えばあの時が、自分の人生のなかで大きな岐路だったのだな、と。しかしまた、そうした述懐とは別に、今まさしく自分は人生の岐路に立たされている、という実感に動揺させられる場合もある。

作家としての端境期の一つに、たとえばある日を境に作風が一変するといったできごとの原動力に、死を間近にした生きることの実感、つまり、活力の横溢、がある。戦争だったり、刑罰だったり、病気だったり、怪我だったり、自己の「死」の可能性を間近に目撃し、幸運にもそこから抜け出た際に満たされる活力が人生観におおきな打撃を与え、作風が変わる。
書きながら、ドストエフスキー、古井由吉の名がまず浮かんだが、そもそも、そうした体験がはじめから作家としての作風・文体とされている人物もいる。ヘミングウェイ、日本人ならば石原慎太郎、など、彼らは生への活力の横溢が小説を書くことの一つの原動力になった作家の代表格だろう。
私自身も、自分が死と隣り合わせになったことの実感、生への実感、自分が生きていることの不思議さ、を経験したことがある。とはいえ私の場合、幼少期の体験なのだが。

小学生の頃、よく野良犬に追いかけられては、足を噛まれ、泣かされた。私は、犬が嫌いだった。5年生にあがったばかりの頃、身体もすこし大きくなり、そう易易とは犬に負かされなくなった。家から少し離れた地域に、野良犬がよく出没することで有名な場所、があったのだが、冒険心からか、ある日、私は友達と一緒に、棒きれを持って、野良犬退治を目的に、その場所に向かった。
私が記憶している最後の光景は、目当てにしていた犬を見つけられず、持っていた棒きれを投げ捨てた瞬間、一匹の犬が路肩から飛び出てきたシーンで、次の瞬間、私が見たのは、私を取り囲む機械、であり、その次に覚えているのは、病院の中のどこにトイレがあるのか、歩きながら途方に暮れたこと。
あとから聞いた話では、突然飛び出してきた犬に驚いた私は友人を置き去りにするように身勝手に道路に飛び出し、車にはねられた。手術することもできず、夜明けまでに脳内の出血が止まらなければ、命は助からない、深刻な状態だった、らしい。

とはいえ、そうした情報をあとから説明されて、生を実感したわけではない。私が生を実感したきっかけは、他者からの働きかけ、である。
事故をきっかけに、自分の命になんらかの価値があることを私に教えてくれたのは、まだ知り合って間もない、5年生になって、新しく私たちのクラスの担任となった一人の女性教師だった。彼女は私が退院した日の夜に家にやってきて、寝ている私を見ながら涙を流していた。なぜ知り合って間もない生徒に対して涙を流せるのか、不思議に思ったものだが、自分のことで泣いてくれる存在がいる、という状況を前に、格別な勇気をもらったことを今でも覚えている。
学校に通えるようになってからも、定期的に職員室に呼ばれ、身体のことを聞かれた。自分は特別な存在なのだ、と思い込んだりもした。しかし私はとくに目立つ生徒でもなかったし、スポーツならばそれなりにできたけれど勉強は全然ダメ、クラスのなかで光る存在感、これも皆無だった。きっと彼女をがっかりさせてしまっただろうな、と、今、書きながら考えていたりもする。

不思議なことと言えばもう一つ、事故のあと、算数の授業を受けていて、違和感を覚えた。事故前に、自分の手でノートに記した数式のすべてが、教科書、あるいは先生が黒板に記した文字と、まったくの逆に写されていたことだ。「+」と書くべきところに「-」を書き、「×」は「÷」になっていた。私は、別の世界に迷い込んでしまったのではないか、当時、わくわくしたものだった。
妄想とは別に、たとえば夏目漱石の『三四郎』のような、ある出来事をきっかけにして日常が、目に見える世界がぐるっと回転することは、よくある。病気にしろ、怪我にしろ、身体への深刻なダメージが、それまでの生き方を変えざるを得ない状況に本人を追い込むことはすでに述べた。肝要なことは、その、変えた生き方、によって本人の性格までもが、変わってしまうことだろう。性格で生活が決まるのは当然の成り行きだが、生活によって性格が変わることも、当然の結実なのだ。

事故に遭い、頭に衝撃を受ける可能性のあるスポーツはすべて禁止、となった。野球もサッカーも剣道も、それから水泳もダメ。私はバスケットボールが大好きで、低学年の頃からクラブチームに入って楽しんでいたものだが、事故後は当然それもダメ。足だって速かった。運動会でも、マラソン大会でも、上位に入ることが多かった。それが事故を機に一変した。中学にあがってからは、やりたいと思うスポーツのすべてが制限されてしまった。脳波に異常があったから、テレビは1日1時間まで、という決まりもあった。生活が一変した。
その頃から、本を読むために、図書室に通うようになったのかもしれない。その頃から思弁的になったのかもしれない。世界が、同級生の多くとは違うように見えていると感じるようになったのかもしれない。私が作家になったきっかけを、ほんとうの夢と出会ったきっかけを問い詰めていくとあの「事故」になるのかもしれない。

事故に遭ったことで、その一瞬の出来事で、人生が、見える世界が一変した。古い自分と新しい自分が入れ替わるような、その出来事の効力をもう一つだけ挙げるならば、それはやはり「恋愛」になるだろうか。
私が「異性」というものをはじめて意識した瞬間は、知った瞬間は、中等部に上がった頃、やはり交通事故に遭い傷だらけになったクラスメイトの女子の、その生々しい傷を間近で眺めた瞬間であることは、今でも鮮明に覚えている。先生に指示されて、同級生を図書室に連れて行く途中に眺めたその横顔を、当時のことを思い返すなかで、あれが異性を意識したはじめての瞬間だな、と耽るのではなく、当時、自分がこころの内で、これが「女」というものなのか、と発見した興奮と、ついそれを口走ってしまい、背後にいた先生を動揺・感心させたことを今でもよく覚えている。

私にとってその女の子が、いわゆる、初恋の人、であり、後の(かなり後の)未来の恋人、なのだが、これもまた、デジャブとは別の、他人のそら似以上に不思議な縁、の効力なのかもしれない。

2022/11/03 楠木

 

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