AKB48 横山由依 評価

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「迷走する帝国」


幸運の持ち主である。
この「幸運」というのは皮肉ではない。運とはどの時代でも、どの世界でも最も重要視される「才能」であるからだ。
横山由依が座る椅子は「努力」でどうにかなるポジションではないことは衆目一致するところであろう。この椅子に、アイドルとしての実力、資質のどちらも不足している横山由依が座している、というのは「幸運」以外のなにものでもないのだが、この幸運の持ち主を敵に回すのは、誰であれ得策ではないかもしれない。

そもそも、「総監督」というポジションにどれだけの「意味」があるのかは、外部の人間である私には勿論わからない。アイドルのキャラクターの範疇でしかないのか、マネージメントの分野で古代ローマでいうところの「護民官」程度の政治的発言権を有するのか。しかし、横山由依自身がその役職について、彼女なりに、真剣に悩み、葛藤するのであれば(そのような時間が存在したのならば)、それに価値があると判断して批評するのが礼儀だろう。

古代ローマの執政官に無理やり例えるならば、高橋みなみがユリウス・カエサル、横山由依はアウグストゥスだろうか。
下記はイタリアの普通高校で使われている歴史の教科書の一文である。

「指導者に求められる資質は、次の五つである。知性、説得力、肉体上の耐久力、自己制御の能力、持続する意志」 「ローマ人の物語」

横山由依の場合はどうだろうか。五つのなかで、横山由依に備わっているのは多少の知性と肉体上の耐久力のみではないか、とおもう。自己制御の能力が欠如していることは本人もつよく自覚しているし、説得力に関しては笑うしかない、お手上げ状態である。ちなみに、前任者の高橋みなみには、知性を除いた「説得力、肉体上の耐久力、自己制御の能力、持続する意志」の四つが備わっていたと考えている。

何よりも致命的なのは、横山は身内であるメンバー側に対しての想いがつよすぎて、肝心のファンへの想いが置き去りになっていることだろう。内側にばかり心労し、外側の味方(援軍)の存在をすっかり忘れているようである。或いは、ファンを敵視することで(交流の深かった川栄李奈に関する握手会傷害事件など動機は充分にある)味方に自身の存在感をアピールしているのか。2017年の選挙イベントでのスピーチの際に第一声がメンバーへの感謝であったこともその現れだろう。「人は、他に心を傾けるものがないと、それまでのものにより強くすがりつくのが常」という名言があるが、総監督・横山由依はまさしくこの精神状態ではないか。これは、アイドルとしては非常にまずい逆転現象だと云える。

なによりも、悲劇的なのは(滑稽なのは)その身内であるアイドルたちから、同情こそあれ、信頼に関しては露程も勝ち得ていないということだろう。結局、いかなる事業も、それに参加する全員が、内容はそれぞれちがったとしても、いずれも自分にとって利益になると納得しないかぎり成功はできないし、その成功を永続させることもできないのだ。死ぬと分かっている戦場で兵士の士気を高めることは難しい。指揮官が勝利を、生命を約束してはじめて兵士の士気は高まるのである。

高橋みなみの後を継いだ「天才でない人物」が、どうやって、先人が到達できなかった目標に達するのか。その物語は完結するのだろうか。道は険しい。井上小百合の項でも述べたが、人は「結局、才能以上のものを書くことはできない」のである。果たして現在のアイドル・横山由依にその不条理に立ち向かうモチベーションは残っているのだろうか。

 

 総合評価 53点

問題なくアイドルと呼べる人物

(評価内訳)

ビジュアル 10点 ライブ表現 9点

演劇表現 14点 バラエティ 12点

情動感染 8点

 

AKB48 活動期間 2009年~

評価点数の見方