AKB48 宇佐美友紀 評判記

AKB48

宇佐美友紀(C)株式会社nemo/AKS

「桜の花びらたち」

宇佐美友紀、昭和59年生、AKB48の第一期生。
夢見る少女が一箇所に集合したアイドルグループにおいて、”最年長”という立場、役割、キャラクターを与えられてしまったメンバーの憂鬱は、暗く深い。平成が終わり、令和が始まった現在(いま)、柏木由紀白石麻衣新内眞衣といった、アイドルとしてきわめて成熟した人物、要するに30歳を目前にしてもなおアイドルであり続け、かつシーンの最前線に立ち続けるアイドルの頻出をみるに、アイドルのあり方にあたらしい局面がおとずれている、と感慨に浸ってしまうが、すこしだけ時間を遡れば、岩瀬佑美子深川麻衣など、”最年長”の役割に自縛され、ほとんど年齢を動機に、大人になってしまったことを機にアイドルの物語の幕を閉じ、次の別の世界へと羽ばたいて行ったアイドルたちの物語に打つかる。
AKB48、第一期生・宇佐美友紀。AKB48グループにおける最初の卒業生である彼女もまた、”アイドル”という架空の世界の扉をひらいたその瞬間から”最年長”の立場・キャラクターを余儀なくされた登場人物である(デビュー時、彼女の年齢は20歳)。AKB48に所属するアイドルとそのファンに”卒業”に対する情動を、何か大切なものを失うことを恐れたり不安に思う気持ちを”はじめて”経験させた人物、と換言すべきかもしれない。当たり前に存在していたものが、当たり前のように消えていく世界の輪郭を”はじめて”描いたアイドルである、と。

アイドルにとって”年齢”が重くのしかかるのは、ファンとの成長共有に向けた距離感つまりアイドルを演じる少女自身の成長の幅、その広狭にあるのではなく、アイドルを演じる時間がそのまま青春になったり、青春と引き換えにされたり、つまりは現実の青春に対する犠牲がつくる儚さの厚みにあるのだろう。「同じ制服着た仲間たちが」、まだ少女だった仲間たちが「大人に見え」た瞬間、”最年長”である自分が身にまとう制服との乖離に憂鬱になる。作詞家・秋元康から贈られる詩が等身大のものとなって自己に降りかかり、詩的責任が果たされていく少女たち。「思い出のその分だけ美しく」希望に輝く少女たち。それを眺め、微笑む作詞家。そうした青春の機微を目の当たりにした宇佐美の感慨とは、”最年長”の自分がそのどちらにも属さない、という自覚ではないか。「桜の花びらたちが咲く頃」、それを遠くの部屋の窓から眺めている自分を俯瞰してしまう。「はらはら」と降り積もる「涙の花びらたち」、自分も”彼女たち”と同じ場所で涙を流しているのに、流す涙の意味が違っていることに気づく。楽屋裏で抱きしめる「涙の花びらたち」を愛おしくさえ想う。そのような俯瞰を自覚した時点で自己の可能性を探るという意味での”アイドル”として闘うことは、やはり、むずかしい。「階段」を「一緒に登って手を振ろう」という約束は、途方も無い距離をもった約束に感じられる。*1
結果、アナウンサーやナレーターへの夢を叶えるために、宇佐美はデビューからわずか5ヶ月でアイドルを卒業した。だれよりも早くアイドルから脱した宇佐美だが、メンバーが欠けることへの反動なのか、宇佐美は当時、グループを裏切った、転向者とファンに揶揄され、モラル・ハザードと捉えられてしまった。だが、この”元AKB48のアイドル”として生きていくことになった人間に向ける感情、今後”彼女”は芸能界で成功するのかどうか、という話題、アイドルは本当の夢を叶えるためにあるのだ、という当たり前の事実に向けられる反動、それをファンに”はじめて”経験させた登場人物としても、宇佐美友紀の名を挙げることができる。

 

総合評価 39点

アイドルの水準に達していない人物

(評価内訳)

ビジュアル 8点 ライブ表現 7点

演劇表現 6点 バラエティ 8点

情動感染 10点

AKB48 活動期間 2005年~2006年

引用:*1 秋元康/桜の花びらたち

 

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