AKB48 杉山未来 評価

AKB48

杉山未来(C)AKS

「王様の耳はロバの耳」

杉山未来、平成7年生、AKB48の第八期生。
AKB48の8期生は15名。そのすべてが研究生の立場のまま「夢」の世界から追放されている。杉山はその8期の物語の端緒であり、旗手であり、象徴的存在である。

アイドルとして、何の喜びも覚えないまま、日常を演じることなく幻想の世界から姿を消した杉山未来、彼女は、AKB48=グループアイドル、つまり職業としてのアイドル固有の屈託を映し出す、あるいは筐体に自己投影を促す存在であり、グループがそれまでに描いてきた群像劇、人間喜劇、そのありとあらゆる歓喜から決定的に切り離された、最初の”子供”と扱えるだろうか。
この、子供が、つまり次世代を担うアイドルがグループの歴史に無関心であったり、”前作”の主人公とその仲間たちに対し矜持を抱かずに無縁をつらぬこうとする態度には当然賛否あるものの、次世代を考えるうえでより肝心なことは、グループにあたらしい血を入れる、要するに血の入れ替えによってグループアイドルの通史が編まれていくことへの理解、可能性の発見にあると云えるだろう。
杉山がアイドルの扉をひらいた当時、彼女の周りに立った”大人たち”、つまり作り手には、この可能性への想像力が致命的に欠如していた。物語を作る、という点においてきわめて浅薄であり、なによりも物語を語ることの経験に乏しかった。当時、彼らは、イデオロギーの継承によってのみグループアイドル=AKB48は存続を可能にするのだ、という愚かな考えに固執したのである。たしかに、自分の見知ったアイドルの風姿が次の時代を生きるアイドルの横顔に宿る、これには文句なしの感興がある。アイドルの物語化に成功している。だから作り手やファンは必死になって次世代アイドルの横顔に過去のアイドルの面影を探すのである。
だが「後継」と「系譜」では意味が異なる。どちらも正統性をもつことに変わりないが、「後継」とは期待感のもとに指名される、あるいは、自らすすんで名乗りを上げる行為であり、「系譜」とは、グループアイドルとしての血の繋がりを見出すこと、また探し当てること、発見されること、つまり人知の及ばない超越した場所でいつの間にか決定されているものごとである。
当時のAKB48の作り手を浅薄と斬り捨てる理由は、イデオロギーを継承させることでグループの歴史に系譜図が引かれ、同時に後継者が誕生するだろうと錯覚している点にある。もちろん、イデオロギーの継承が完遂されるならば、そこに系譜図が引かれる可能性は大いにある。だが作り手の思惟・企図によって可能になるのは、後継者作りのみである。たとえば前田敦子の後継者として島崎遥香を指名したり、大島優子の後継者に向井地美音を指すことは問題なく実現されるだろう。しかしこれは「系譜」ではない。前田敦子の系譜図に引かれるのは生田絵梨花生駒里奈だろうし、大島優子ならば山下美月の名をまず挙げるべきだろう。「系譜」とは超越的な現象でありそこに作り手が介入する余地を見つけ出すのはきわめて困難である、というところに”彼ら”は意識がまったく向かなかったわけである。だから、浅薄だ、と斬るしかない。
グループの物語の中に系譜図を引く、過去の主人公と次世代の登場人物のあいだに有機的な結びつきがあることを明確にする、ここに作家の介入余地、その可能性を見出すならば、それはやはり血の入れ替えになるのだろう。かつての主人公とまったくつながりを持たない、かつての主人公に憧れを抱けないでいる少女、つまりグループの歴史・イデオロギーと完全に隔てられた人間、赤の他人にしか見えない少女を、グループのあたらしい主人公に配する。人心を一新する。だが、もし、それでもなおその少女の横顔に過去の主人公の面影が密着したらどうだろうか。何が起こるだろうか。おそらく、ファンはそこに「系譜」の誕生を確信するのではないか。意図しないもの、企図できないもの、つまり超越的なものだからこそ、奇跡を想い、眼前に出現した神秘に確信を持つわけである。グループアイドルにとっての血の繋がり=系譜、これはなにもイデオロギーの継承だけが完成させるわけではない。血の入れ替えによっても系譜図は引かれるし、血の継承は遂げられるのだ。
イデオロギーの継承こそグループを延命させる唯一の手段である、と高らかに呼号する無知な作り手が結果的に、王に反旗を翻すような存在は粛清されて然るべきなのだ、という意思決定をとってしまったのも、これは当然の結実と云うほかないだろう。圧倒的な主人公感を放ち、その物語の豊穣さで多くのファンを魅了する先達に対する少女の劣等感を、つまり、大地に空いた穴に向かって内緒事をおもわず叫んでしまう杉山未来のこころの貧しい部分を、グループの歴史の上に誕生したあたらしい子供の無邪気さをひとつのフィクションとして、アイドルの闘争として扱う寛容さや俗悪さが彼女の周りに立つ大人たちにもしそなわっていたら、グループの通史に愉快でスリリングな展開が訪れていたはずなのだが。

 

総合評価 34点

アイドルの水準に達していない人物

(評価内訳)

ビジュアル 5点 ライブ表現 6点

演劇表現 6点 バラエティ 6点

情動感染 11点

AKB48 活動期間 2009年~2009年

   

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