AKB48 佐藤栞 評価

AKB48

佐藤栞 (C) bookmarker_23/instagram

「グローバルアイドル」

佐藤栞、平成10年生、AKB48のTeam8のメンバー。
なによりもまず、チャーミングなアイドルである。日常を演じることへの倦みを投げつけるシーンも多いが、独り歩きする、「肉体」が作る美の揺きへの評価は減衰しない。彼女は、対峙することで”眼には見えないなにか”を要求する妖艶な笑い顔と、意外性や突発性があるのに、しかし道筋を辿り共感できる泣き顔を作る。佐藤栞というアイドルの内には自己消滅的な問いがあるのかもしれない。弱火で徐々に熱したような問いを前にすると人は平静を失うものだ。冷静と情熱のあいだ、と云ったら陳腐かもしれないが、彼女の日常風景には、そのような情動の皮膜をつらぬく物語性があるようだ。

優れたライブ表現力の持ち主であり、コケットリィの分野でならば現存するアイドルのなかでも他の追随を許さない水準に達しており、ファンに現実とは別の場所にある楽園を垣間見せる。技術的な拙さはあるが、観者を虜にするコケティッシュなダンスの達成は「渡辺美優紀」に次ぐ快挙と云えるだろう。佐藤栞のダンスは、仕草の一つひとつに、ファンの情動を引き起こすきっかけをあたえる、肉体の揺らめきがある。遊園地の敷地内を練り歩くマスコットキャラクター的な身振り手振り、あるいはハワイのカウアイ島にあるバーでノリの良い黒人がグラスを片手に魅せる小気味の良いダンスのような揺き。そのような立ち居振る舞いは「言語」という壁をあっさりと越えてしまう。
彼女の作り上げるアイドルにグローバルな魅力を強く感じる理由は、やはり凛として豊かなライブパフォーマンスを作る肉体の所持にある。グローバルの観点で、佐藤栞の抱えるストーリー性は、ジェフリー・ダイチやスティーブ・パワーズといったグラフィティアートの第一人者たちが、ストリートアートのエッセンスを個展的なギャラリースペースに移動し、保存を試みたことによって発生したシーンの展開と重なり合い、そして、すれ違っている。佐藤栞のライブ表現というのは個展的なスペース=箱庭世界の中での揺きでありながら、開放された、無秩序な「街角」のどこかで目にしたことがある、と錯覚させる遊離(逆転)があり、実際にはそんな光景を見たことはないはずなのに、でも、しかし、あのとき訪れた街の裏通りでたしかに見たはずだ、と自問自答させる身体の動き=物語がある。あるいは、もしかしたら、本当に、アクチュアルに、我々は「彼女」に遭遇しているのかも知れない。異国の地で道に迷い、ガイドブックを片手に彷徨い歩いた日に、路地裏で目撃したグラフィティアート。壁に猫画された登場人物、地面に限りなく近い位置に描かれ「足」を持つ人々の絵、朽ちていく壁、咲いていた花は雨風に曝されて今では枯れている。その連なりのどこかで「佐藤栞」を目撃していたのかもしれない。言葉ではなく、鑑賞によって”傷み”が相互共有されて行く世界のどこかで。喪失ではなく、ヴァルネラブルのどこかで。おそらく、グローバルと呼べる唯一の手段がこのような鑑賞行為に因るものなのではないか。佐藤栞的な揺きを作るアイドルだけが言語の壁を貫くことに成功するのだろう、とおもう。

 

総合評価 59点

問題なくアイドルと呼べる人物

(評価内訳)

ビジュアル 13点 ライブ表現 14点

演劇表現 8点 バラエティ 12点

情動感染 12点

AKB48(Team 8) 活動期間 2014年~2019年

 

乃木坂46 今、話したい誰かがいる 評価

「僕の部屋 片隅で漫画読んでる」 歌詞について、 きわめて写実的な描写を置きつつ ...

乃木坂46 太陽ノック 評価

「太陽ノック」 楽曲について、 結果的に、生駒里奈がセンターポジションに立ったの ...

乃木坂46 命は美しい 評価

「その手 放せば楽なのに」 歌詞について、 「ぐるぐるカーテン」から「何度目の青 ...