AKB48 佐藤栞 評価

AKB48

佐藤栞 (C) bookmarker_23/instagram

「グローバルアイドル」

なによりもまず、チャーミングなアイドルである。「虜」が「佐藤栞」のアイデンティティになるのではないか。増幅する美の加速度が減衰する兆候は未だ、窺えない。対峙することで”なにか”の要求を迫られていると自覚させられる笑い顔を作る。意外性や突発性があるのに、道筋を辿り共感することのできる泣き顔をみせる。彼女の表情には自己消滅的な問いがある。弱火で徐々に熱したような問いかけを前にすると人は平静を失うものだ。冷静と情熱のあいだ、と云ったら陳腐かもしれないが、彼女の日常風景には、そのような感情の皮膜の中間で戸惑わされる物語性がある。

ライブ表現力については、コケットリィの分野でならば、現存するアイドルのなかでも他の追随を許さない水準に達しており、楽園を垣間見せてくれる。目を奪われるようなコケティッシュな踊りを観ることが出来たのは、渡辺美優紀以来であり、快挙と云える。佐藤栞のダンスは、その仕草一つひとつに、ファンの情動を引き起こすきっかけになるような”肉体の揺き”がある。遊園地の敷地内を練り歩くマスコットキャラクター的な動き、あるいはノリの良い海外の女性がホームパーティーでグラスを片手に魅せる小気味の良いダンスをイメイジさせる。そのような立ち居振る舞いは「言語」という壁をあっさりと超えてしまう。彼女の作り上げるアイドル像にグローバルな魅力を強く感じるのは、凛として豊かなライブパフォーマンスの影響だと確信する。グローバルという観点で、佐藤栞の抱えるストーリー性には、ジェフリー・ダイチやスティーブ・パワーズといったグラフィティアートの第一人者たちが、ストリートアートのエッセンスを個展的なギャラリースペースに移動し、保存を試みたことによって発生したシーンの展開と重なり、すれ違う点がある。佐藤栞のライブ表現というのは個展的なスペース=箱庭世界の中での揺きでありながら、開放された、無秩序な「街角」で目にしたことがある、と錯覚させる遊離(逆転)があり、実際にはそんな光景を見たことはないはずなのに、でも、しかし、あのとき訪れた街の裏通りでたしかに見たはずだ、と自問自答させる身体の動き=物語がある。あるいは、もしかしたら、本当に、アクチュアルに、「彼女」に遭遇しているのかも知れない。異国の地で彷徨い歩いた日に目撃したグラフィティアート。その壁のなかに描写された登場人物。地面に限りなく近い位置に描かれ「足」を持つ人々の絵。朽ちていく壁。咲いていた花は雨風に曝されて今では枯れている。その連なりのどこかで「佐藤栞」をみていたのかも知れない。言葉ではなく、鑑賞によって”傷み”が相互共有されて行く世界のどこかで。喪失ではなく、ヴァルネラブルの中で。おそらく、グローバルと呼べる唯一の手段が「鑑賞」なのだろう。佐藤栞のような「動き」が言語の壁を貫くのだろう。佐藤栞はAKBグループにとって未知なる世界、領域への架け橋的な存在になり得るのではないか、と期待してしまうのは私だけだろうか。

 

総合評価 67点

アイドルとして活力を与える人物

(評価内訳)

ビジュアル 14点 ライブ表現 15点

演劇表現 11点 バラエティ 13点

情動感染 14点

AKB48 活動期間 2014年~

評価更新 履歴
2019/02/08  再批評、加筆しました

評価点数の見方