乃木坂46 掛橋沙耶香 評判記
「ピカレスク・ロマン」
掛橋沙耶香、平成14年生、乃木坂46の第四期生。
アイドルへの片想いと献身を歌った『図書室の君へ』以降、次世代エース候補の筆頭として期待され、名乗りを上げたが、その資質のかたはしをかき鳴らしたきり、脚光を浴びていない。逸材と期待されながら、「フロント」や「センター」といったステージから遠くはなれ、未だジャージー姿のアイドルから脱却しない。この現状をどうとらえるべきだろうか。本人の怠慢か、作り手の眼力に問題があるのか。シングル表題作のセンターに選ばれてもまったく不思議ではないし、いつブレイクしてもおかしくないメンバーなのだが。
心の弾みをもった、青くシャープなアイドルであり、ゆえに暗さと活気に満ちている点が、まずひとつの個性となるだろうか。生まれ持った境遇によって育まれたであろう鷹揚さ、教養のなかに、生まれながらの無鉄砲さを併せ持つ、ネイキッドなアイドルである。グループの成り行きの中で、その流れに身を任せ泳いでさえいれば、アイドルとしてそれなりの成功を約束された逸材におもうが、あくまでも本人はそれが気に食わない、それだけでは満足できない、と憤る、反動を剥き出しにするところに、この人の個性がある。
この人が並でないのは、そうした反動の火種を愛嬌に取り替えてしまえる点だろう。一度、隠そうとした本音を、次の瞬間、我慢できずさらけ出すことで、他者との距離感をあっさりと縮めてしまう点に、持ち味がある。それは、賀喜遥香を新センターに迎えた、28thシングル『君に叱られた』においてようやく「選抜」のイスを手に入れた際の表情と態度、いろいろと思うことはあるんですけど、と不敵にうつむき笑う、あるいは途方に暮れた苦悩を携えたように語らう、テンションを意図的に抑えたその悪童っぷりによくあらわされている。
掛橋沙耶香のことを眺めた私の知己が「一年に一度、正月にだけ遊びに来る、親戚の子みたいだ」と話していたが、これほど簡にして要を得た表現はほかにないようにおもう。血がつながっている、と言っても、家族でもなければ日頃付き合いもない「親戚の子」である場合、それは、ほとんど「他人」と呼んでも差し支えないだろう。あくまでも、顔と名前が一致する他人、でしかない。けれど不思議なもので、その「他人」が困窮していると報せを受けたら、無条件で救いの手を差し伸べしてしまうのが、血縁者、なのである。血のつながり、これは言葉では容易に説明できない、超越的な力を意味するのだが、どうやら掛橋沙耶香には、その不思議な力が宿っているらしい。
愛嬌に姿を変えた野心がアイドルの素顔を描出し「他人」であることを毀す。他人なのにどこか他人ではない、と想わせる希求力に、このアイドルの、掛橋沙耶香という人の魅力がある。
総合評価 66点
アイドルとして活力を与える人物
(評価内訳)
ビジュアル 14点 ライブ表現 12点
演劇表現 13点 バラエティ 12点
情動感染 15点
乃木坂46 活動期間 2018年~
2021/11/22 再評価、本文の加筆を行いました(初出 2020/03/24)
2022/03/22 再評価、本文の加筆を行いました