SKE48 誰かの耳 評価

SKE48, 楽曲

(C)誰かの耳ミュージックビデオ/ske48

「王様の耳はロバの耳だ」

ミュージックビデオ、歌詞、楽曲について、

SKE48にとって、ファンにとって、ひとつの新しい世界が眼前にひらいた、と云えるのではないか。色彩の連なり、ではなく、統一と牛耳り。舞台装置の上で、コンクリートの上で”踊ること”への独りよがりな探求がグループの誕生10年目にして”はじめて”耽美と止揚した。目を閉じていた古畑奈和が、小畑優奈が、少女たちがゆっくりと覚醒して行く、胎動の結実が描かれている。滑走と泥濘が交互に繰り返される、アイソレーション、日常の自壊、高揚と没入。廃墟のなかを、雑踏のなかを優雅に漂うアイドルが順々に唄い出す、「火のない噂が煙を立て」、「面白半分の嘘に尾ひれがついていつしか事実になる」*1
「人間とは噂の奴隷であり、しかもそれを、自分で望ましいと思う色をつけた形で信じてしまう」*2。この無自覚、イノセントの的になるアイドルの苦悩は計り知れない。自我の獲得と喪失の間隙で闘う少女たちにとって、そのような”噂”は、彼女たちが作り上げる架空の世界に暮すもうひとりの自分の人格を、容易く変質させるだろう。なぜなら「人は、ほかの人から、あれはこれこれの人だと思われているような人間にならずに終わることはありえない」のだから*3。だから、少女たちはもだえ苦しむ。
グループアイドルの群像を、いじめというある種のパンデミックに投影し、実験するという試みは、あまりにも秋元康然としているが、『誰かの耳』が良いのは、
鬱蒼とした明喩に童話を置きながらもきわめて距離感の短い、情報に囲繞される現代アイドルの反動や嘆きが作る転向をアイドルシーンの映し鏡として語っている点だろう。これは文句なしに文学的詩情の達成である。文学である以上、そこに記された詩は、編み上げられた物語は、アイドルを演じる少女たちの、これからの、これまでの生き方を先回りし、迎え撃つことになるだろう。それはつまりアイドルに通俗への抜き差しならない覚悟と緊張を要求している、ということだ。
『誰かの耳』は、情報に対する闘争への試金石として、日常を演じることが生きることを勝る少女たちのバイブルとして、アイドル史に大書されるべき作品、と扱うべきだろう。今作品をもってシーンのトレンドへ迎合する「傑作」への到達がついに叶った、と。

 

総合評価 85点

現代のアイドルシーンを象徴する作品

(評価内訳)

楽曲 17点 歌詞 17点

ボーカル 17点 ライブ・映像 17点

情動感染 17点

歌唱メンバー:青木詩織、荒井優希、内山命、江籠裕奈、大芝りんか、太田彩夏、大場美奈、小畑優奈、片岡成美、北野瑠華、白井琴望、惣田紗莉渚、高木由麻奈、高柳明音、竹内彩姫、日高優月、古畑奈和、松村香織、水野愛理、矢作有紀奈(Team KII)

作詞: 秋元康  作曲:BASEMINT  編曲:BASEMINT

引用:*1  秋元康「誰かの耳」  *2  塩野七生「ローマ人の物語Ⅴ」  *3  ガルシア・マルケス「わが悲しき娼婦たちの思い出」

   

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