SKE48 小畑優奈 評価

SKE48

小畑優奈 BUBKA  2018年12月号

「清潔な、明かりの心地よいアイドル」


アイドルとして正統的、古典的な風格と感性を兼ね備えた稀有な存在である。特に、ビジュアルについては文句のつけどころがなく、そこに漲る清新さは、次世代アイドルという狭い枠組みに収まらず、近代アイドル史において最高到達点と云える。
誰かの耳』のミュージックビデオにおいて、その仮構の中でゆっくりと揺きだした少女が、街路を咲いながら走り、現実から遊離するようにジャンプした時、次の、あたらしい世界を掴み獲った。新鮮な物語がファンの前に立ち現れ、小畑優奈の作り上げる虚構の輪郭が明確に描かれた。同楽曲を提供し、ファンと物語(成長)を共有したことにより、アイドル界における彼女の存在理由は、彼女と同年代でありながらアイドル界のトップランナーとして独走をする、欅坂46・平手友梨奈に並んだと確信する。平手友梨奈がそうであったように、小畑優奈もまた、仮構世界の中に投射され揺り動く表情によってフィクティブな批評空間を創造し、自身のポテンシャルの在り処を指し示した、と云える。

勿論、不安要素もある。
アイドルとしての「哲学」という観点で、小畑優奈のイデオロギーに対しては貧弱さをどうしても感じてしまう。負けず嫌いで、明快な性格に依る物怖じをしない豪胆さ、それが他者を末端的登場人物へと追いやって行く光景は観ていて痛快であるが、思弁により発生した感情=言語を”言葉”として表現し伝達する能力が未熟であり、「センター」を経験したアイドルたちがステージ上で放つ、「アイドル」のイメイジを失うような、価値の損壊といった不可抗力を感じない。「主人公」と呼ばれる人物がインタビューや映像作品を通じて我々に与える「異物感」を小畑優奈から投げつけられたことは、まだ一度もない。アイデンティティの確立の際にアイドルが遭遇する「隘路の壁」を小畑優奈がどのようにして貫くのか、或いは隘路そのものを意識的に看過してしまうのか、現代アイドル史にとって一つの見処になるはずだが、彼女の抱える、ある種の「弱さ」がその隘路を(この先迎えるであろう自我同一性を獲得する際の悶を)深刻な森に変質させるかもしれない。

自分を壊す、自分を殺すってのは、脊髄通して脳まで伝わるタイプの実際の痛みってものさえなかったら、結構皆のやりたがることなのだ。この世にいるのは自分のことが大好きな人間ばかりじゃない。そういう人が好きじゃない自分を壊して殺して新しい自分を求める。今の自分に物足りない、まだまだ自分は未熟だ、このままの自分じゃ駄目だと思う人間もたくさんいるから、そういう人たちも自分を壊して殺して、自分を壊した殺したという経験を経た新しい自分に期待をかける。

(舞城王太郎 「阿修羅ガール」)

小畑優奈の成熟へ至る瑞々しい過程とは、繁栄を謳歌した時代の栄光を取り戻す行為ではなく、崩落をもちこたえる支柱を砕くようにして、過去の遺産を破壊し、また同時に自身のアイデンティティを損壊しながら、まったく別の、まったくあたらしい時代の栄光を掴み獲る過程でもある。グループアイドルの第一世代に出現する”主人公”(前田敦子、松井珠理奈、生駒里奈)の書く物語が次世代の”主人公”によって塗り替えられる光景を、未だ、私たちは目撃していない。もし、小畑優奈がその光景を描くことに成功するのならば、その物語を共有してしまったファンたちは、ノスタルジックな世界から引きずり出され、体内を駆けめぐる感興がカタルシスへと、必ず到達するだろう。時代が迎えに来る前に先回りして受けて立つための、空想的な物語を語る準備は整いつつある。

 

総合評価 81点

現代アイドル史に名を残す人物

(評価内訳)

ビジュアル 20点 ライブ表現 17点

演劇表現 15点 バラエティ 15点

情動感染 14点

SKE48 活動期間 2015年~

評価更新履歴
2019/1/9  演劇表現14→15 加筆しました

評価点数の見方