次代を担う少女たち 批評集2

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『海邊の光景』の母親のうたう歌にこめられているのは、成長して自分を離れて行く息子に対する恨み――あるいは「成熟」そのものに対する呪詛である。母親は息子が自分とはちがった存在になって行くことに耐えられず、彼が「をさなくて罪をしら」なかった頃、つまり母親の延長にすぎなかった頃の幸福をなつかしむ。この息子が「他人」になることに脅える感情は、あるいは母と子のあいだを超えて、一般にわれわれの現実認識の型を支配しているかも知れない。つまりわれわれは、成長した息子のように見馴れない現実が出現すると、まずその存在を否定しようとし、次いで出現した新しい現実を恨む。そして新事態を認めるよりは「むかし忘れしか……泪かわくまなく祈るとしらずや」と愚痴っぽくうたうことを好むのである。これはおそらくわれわれにとって現実認識の手がかりになるものが、血縁以外にないからにちがいない。いいかえればわれわれは自分に似たもの、あるいは自分の延長であるものの存在しか認めたがらず、もし自分に似ていると思っていたものが「他人」であることを思い知らされると、裏切られたと感じるのである。(江藤淳/成熟と喪失)



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