アイドルの可能性を考える 第十二回 筒井あやめ 編

乃木坂46, 座談会

(C)乃木坂46公式サイト

「アイドルとエクリチュール」

メンバー
楠木:批評家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:カメラマン。早川聖来推し。

そういえば『アイドルの値打ち』を立ち上げた当時は、アイドルと文学を通い合わせ語ってみよう、と鼻息を荒くしていたな、と過去の記事を読み返し加筆・修正していくなかで思い出した。折よく、小説の話題の中で「筒井あやめ」を引用し語る場面があった。前回と同様に、今回もアイドルをテーマにした座談会ではないけれど、個人的にはおもしろいとおもった箇所を、抜粋してみました。

「筒井あやめという人」

横森:近所の古本屋でガルシア・マルケスの『百年の孤独』とセットで大江健三郎の『宙返り』が売り出されてたから久しぶりに読んでみたけど、やっぱりつまらない。どう表現すべきか、読書体験が得られない。
OLE:いや、読んだのならそれは「読書」に違いないでしょ(笑)。
楠木:『宙返り』は物語として面白いと思うけど。
島:初期の作品が人気ですよね。『芽むしり仔撃ち』とか、『万延元年のフットボール』とか。初期作品は詩的で、後期は散文に傾倒していくって点では大江健三郎も江藤淳と似ていますよね、展開が。
OLE:「散文」というか、「描写」をしなくなったって、よく言われてる。
楠木:福田和也と富岡幸一郎だったかな、なにかの対談で、大江健三郎の魅力について、大江健三郎は『万延元年のフットボール』の頃にはあった描写を『燃えあがる緑の木』で終わらせてしまった、と言う富岡幸一郎に対して、福田和也は、文章と描写は違う、『万延元年のフットボール』の魅力は文章の良さにある、と言う。それを読んだときは興奮しましたね。たしかに、大江健三郎の初期作品の良さはリリシズムにあるんですね。これは「文体」と乱暴に換言したほうが伝わりやすいかもしれない。大江健三郎はガルシア・マルケスについて、『百年の孤独』よりも『落葉』のほうが良い、『百年の孤独』以降、読者への配慮なのか「人間」を提供するのではなく「美」を提供しはじめ衰弱している、そしてこれは自分への反省でもある、といったことを語っている。描写云々については、まあそうした「反省」が実行されたんでしょう。ただ、大江作品が退屈に感じる、要するに読むことに一定の努力を強いる理由は、描写の欠如、などではなく、文体の変化・確立つまり文章にあるんでしょう。
OLE:退屈に感じる一番の理由は引用の膨大さにあると思うけどね。引用部分に対する知識の要求みたいなものがなければ、定期的に手に取りたくなる小説なんだよ、『宙返り』とかね。小説世界の外側を知らないといけないってのはどうしても興を削がれるよ。
楠木:『宙返り』は宗教の教祖の転向を描いた物語ですね。教祖がある日突然、これまでの教えは全部嘘だ、と信者に向け宣言する。僕の知識の及ぶところではなく借り物に過ぎないけれど、『宙返り』はサバタイ・ツヴィの棄教をモチーフにしている。なおかつ、大江健三郎自身、小説はもう書かない、と宣言したあとに構想された物語、つまり転向して書かれた小説なんですね。この前提に立ち読者は小説世界に踏み込むわけだけど、当然、そうした引用に達している一般読者なんて一握りでしょう。この面でも読むことに努力を強いている。文学の衰弱に抗っている。
OLE:読者を鍛えることで文学の衰弱を止めようとする志ってのは、芸能界にも通じるだろうね。もちろんアイドルにも。安易にファン受けを狙ったような作品はやっぱりダメなんだな。
楠木:AKBはもう衰弱しきっているけれど、乃木坂はバランスがギリギリで保たれていますよね。Actually…/中西アルノは衰弱を止めようとする、挑戦でしょう。一方で、好きというのはロックだぜ!/賀喜遥香、これはファンの声量に迎合した作品ですね。作り手にバランス感覚があるようにおもう。作品単体で評価するとなると話は別ですけど。
島:多くのファンの考えは逆ですよね、きっと。グループの衰弱を招くのが中西アルノの抜擢で、グループを再建するのが賀喜遥香の再登板です。
OLE:まあ大衆ってのはそういうもんだから(笑)。
楠木:もう一つ、おもしろいのは、大江健三郎が描写を終わらせたのは芸術性を断念して実生活つまり現実に倒れ込んだからだ、という意見に対し福田和也は、空想からでも容易に描写はできる、と言って退ける点。これも「アイドル」に引用できる。アイドルというのは自身の空想をファンの眼前で描写する仕事ですよね。齋藤飛鳥とかね、空想の描写が上手い。
島:読書家ですよね、彼女。語彙力が豊富なんですね。
横森:語彙力と言えば、筒井あやめがラジオで「語彙力が欲しい」って話していたんだけどさ、「でも…」が口癖でそれを直したいって。でもさ、「でも…」って語彙力の有無とはまた別の問題なんじゃないの。
楠木:おもしろいね。
OLE:うん。好奇心が強いんだね。アイドルのひととなりがよく出てる。「でも…」というのは要するに文体だよな。物書きほど自分が語彙力を持たないことを痛感している職業はほかにないとおもうけど、それはそれぞれが文体を備え持つからなんだ。「でも…」がその人の切り口、書き出しへの意欲であるならそれを使い続けるしかないんだけど、使えば使うほど語彙力の乏しさを実感する羽目になる。
楠木:語彙力、これはもう本を読むだけでは身につかない。読んだものを身につけるためにそれを真似してとにかく書き続けなければならない。しかしその「書き続ける」行為によって文体を構えた結果、語彙力の欠如を誰よりも実感することになるという、葛藤。

島:骨法の問題が語彙力の問題に還元されるっておもしろいですね。アイドルって作家性があるんだ。
OLE:作家性があるというか作家性を色んな場面で求められる。ブログとか、インタビューとか、ライブのMCとか、だから作家性が宿る。
楠木:ひととなりが出てるっていうのは?
OLE:足がかりがないアイドルだよね。それがよく出てる。自白してる。
楠木:なるほど。おそらく、日常の場面での描写が苦手なアイドルなんでしょう。読むことに、魅力を探ることに努力を強いるアイドル。
OLE:たぶん、読む読まないの前に、表現されているものがない。
楠木:ステージの上では表現にあふれていますよ。踊りがしっかりとしているというか、秋元康の編む世界観みたいなものに忠実ですよね。引用を支えにしている。そうした意味では、筒井あやめって自分の文体のなかでは上手く語れず、エクリチュールのみで笑ったり泣いたりしている人、と云えるかもしれない。
OLE:だとすれば彼女も衰弱を止める存在になり得るね。

2022/08/08  楠木

 

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