アイドルヲタクにアイドル批評は書けるのか

座談会, 日向坂46(けやき坂46)

(C)卒業写真だけが知っている ジャケット写真

「アイドルの可能性を考える 第四十八回」

メンバー
楠木:文芸批評家。映画脚本家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:写真家・カメラマン。

「青春は自殺か殺人か発狂のいずれかに終結する」

楠木:横森はロス火災の取材に行っているので、今回は休みです。僕も年末年始はバタバタしていて、日本とフランスを往復する生活でした。アイドルソングランキングはほとんど飛行機の中で書きました。そういう意味では、アイドルが生活に浸透した日々だったと云えるかもしれません。「アイドルの値打ち」もね、サポートとか、管理者と編集者にすべて任せっきりで、申し訳ないんだけど、そのぶん、文章はしっかり書きますから。
OLE:先週、俺の店のイベントで楠木君がピアノを弾いてくれたんだけど、ものの見事に全てアイドルソングだったね(笑)。『夏のDestination』『シーラカンス』『チートデイ』『サルビアの花を覚えているかい?』などなど、比較的あたらしい楽曲を並べていた。
島:アイドルソングを評価する際にピアノで弾いてみたりするんですか?
楠木:うーん。そういうことはしないかなあ。CDプレーヤーに都度CDを入れて、楽しんでいますよ。ジャケットを手に取りながら聴く体験って僕のなかでは大事なので。
OLE:釈迦に説法かもしれないが、批評を書き終わったあとになってようやく、自分に影響を与える楽曲が出てくることもあるんじゃないか。考えながら、曲を聴き込むわけだから。
楠木:アイドルが生活に影響してきているな、と実感したのは、実はアイドルソングからじかに貰ったわけではなくて、最近、頭から離れないフレーズがあって、《意味なんてないの ここは東京》というフレーズなのですが*1。まあ、いよいよアイドルヲタクの扉をひらいてしまったのかもしれません、僕は。
島:楠木さんがアイドルヲタクになるという事態を好意的に解釈すると、「アイドルの値打ち」の読み方が一つ増えるという点でしょうね。アイドルヲタクではなかった人間が、どういう過程を経てアイドルヲタクになっていったのか、しかもそれが文学テクストを経由しているって点が、おもしろく感じる。
OLE:批評を書くということは読み物を書くということだと、楠木君は一貫しているが、本業と、好事家と、立場の違いをどう咀嚼しているのか。
楠木:本業のほうで小説の帯を書いたんですよ、久方ぶりに。小説家からの指名で。しかも直接やりとりしたことのない作家だったから、これは嬉しかったですね。帯というのは、多少なりとも売上に影響しますから、その点では批評家冥利に尽きる。アイドル批評ではそうした現象は起こせませんから、やはり僕にとってのアイドル批評はルバテの「音楽史」のようなものになるんだと思います。「立場」というものに具体的に応えるなら、僕にとってアイドルを考えるということは、やはり「青春」を考えることになるんだと思います。仏文学者の古屋健三は「青春は自殺か殺人か発狂のいずれかに終結する」というようなことを言っていて、要するに、そうしたもののどれかに、アイドルがどのように帰結しているのか、眺めることが、自分の青春を考えることにつながっているわけですね。たとえば、NMB48はシングルの表題曲ではずっと悪ふざけをしていますよね。それで裏面にフッとテンションを抑えた、けれど抑揚の効いた曲をもってくる。『想像のピストル』とか『夏のDestination』とかね。若者が夜通し騒いで、昼過ぎに起きてアパートのベランダから街を眺め溜息を吐く、ような、そういうシチュエーションをアイドルが音楽の作風を通してつくっている。感傷に浸っているわけでもなく、後悔する部分があるわけでもない。でもそういう瞬間に生き死にの問題がふと出てくるんだと思います。現実=言語から離れる瞬間が音楽に起こされている。そういう音楽を発見して言葉にかえることは、貴重な体験になる。
島:アイドルシーンって、作品の再評価、アイドルの再評価というのがまったくないですよね。現役時代無名だったアイドルが卒業後に有名になるといったケースはそれなりにあるんでしょうけど、そうではなく、作品やアイドルそのものの魅力が発見されるというような現象です。CD発売の直後に売れなかったら、もうその作品が注目されるチャンスはない。AKBがカヴァーアルバムを出しましたよね。もうすでに公衆に知れ渡っている曲ばっかり並べてどうするんだと、僕は呆れましたが。
楠木:それをやるのは批評家の仕事だと思うけど(笑)。まあ、批評家と呼べるような人間がアイドル界隈には一人もいないんだってことにつながるんだ、結局。
OLE:それって「アイドルの値打ち」に出ているように感じるけどな。いまどきAKBの8期を誰が語るのか。
楠木:SKEのファンは過去のアイドルを盛んに話題に挙げている印象ですが。
OLE:卒業の話題がほとんどじゃない?日向坂とか他のグループの話題で引き合いに出される。
島:日向坂、もう新曲ですか。アイドルは多忙ですね。秋元康も(笑)。
楠木:そういえば、最近、僕はやっと小坂菜緒の魅力に気づけた。新曲を聴いてもそうだし、アイドルソングランキングを書いていて、やっと小坂菜緒の魅力を発見できたんですね。それは歌声です。「小坂菜緒」を演じてきたことの境地がこれでもかというほどに出ている。どの曲でも「小坂菜緒」が毀れていないというか。作り手にしても小坂菜緒本人にしても身体と精神のイメージを徹底的にケアして、守ってきた。保険のCMなんかでも保険に関係ないワードを小坂菜緒に言わせてみたりね。イメージってのを徹底している。そういう部分が音楽にじかに現れているという点が、言葉どおり価値になっている。「ひらがなけやき」って、長濱ねるをどうするか、と考えた結果にできあがったものですよね。次に日向坂46。これもまた、小坂菜緒をどうするか、考えた結果に誕生している。そういう現実のできごとを小坂菜緒の歌声から教わるということです。だからどうした、と言われそうですが、そうやって虚実をとりまぜて手繰り寄せられるものが、魅力がある、という点が肝要なんだと思います。


2025/01/18  楠木かなえ
*1 Conton Candy/急行券とリズム