アイドルシーンにも波及するコロナ危機

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「新型コロナウイルスがもたらす、アイドルとファンの隔離」

2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、内閣総理大臣、安倍晋三は「緊急事態宣言」を発令した。為替相場は3月の大荒れをまえにすれば、比較的穏やかであり、市場参加者は世間を扇動するマスメディアとは対照的にきわめて冷静だ。
投資、投機の世界にながく身を置いていると、自身が生きるこの世界において、なにか重要な役割をあてられた、代わりの見つからない特別な人間など、ひとりも存在しないという事実を思い知らされる。他のシーンでかがやかしい才能を発揮する、神に愛され、理不尽な才能を握りしめる人間も、市場においては確率通りに勝ち、確率通りに負ける。瞬間的に確率から乖離した勝利を挙げる人間(大衆は彼らのことを天才と呼ぶ)の物語も、結局、その結末は、確率に導かれた損失をまえに、情動に支配され、それまでに稼いだ大金を失う、ありきたりな敗北だ。私が知る限り、例外はない。どのような天才も、かならず最後は市場から去っていく。
為替市場に記録されたチャートは、人間の心理が克明に記された歴史書、あるいは文学小説だ。そこに書かれた物語を読んで気づくのは、人工的に捏造されたトレンドが作るレートは、例外なく、確率通りに、人智の及ばない自然の力をもって、元あった場所へと回帰する点だ。

コロナウイルスによってまず淘汰されるのはエンターテイメント産業だろう。
もちろん、アイドルというコンテンツがエンターテイメントの分野のみに属する、とは思わない。アイドルの概念そのものは、まさしく文学の分野で呼吸しており、文学である以上、文明がどのような変化を遂げようとも、生き残るジャンルであるはずだ。だが、今日のアイドルシーンがエンターテイメントへ傾倒し、支えられていることは言い逃れができない事実だ。「会いに行けるアイドル」、これがアイドルの概念をソロアイドルからグループアイドルへと決定づけたAKB48の根幹をなすものであり、その具体的な手法がファンの手の届く距離で演じられる「劇場公演」やファンと直接触れ合う「握手会」である。

5月27日に発売を予定していたSTU48の5thシングルの発売延期の主な理由として、ミュージックビデオ、ジャケット撮影、レコーディング制作のむずかしさを公式サイトで述べているが、本音はどうだろう、おそらく「握手会」開催の見通しが立たない、この一点のみがCD発売に踏み切らない動機なのではないか。たとえば、2018年9月19日に発売されたAKB48の『センチメンタルトレイン』はセンターポジションに立つ松井珠理奈の休業を受けても、主役不在のまま、ミュージックビデオの制作を強行し、作り手の矜持を一切感じない、商品として流通すべきではない作品を提示している。つまり、楽曲のクオリティを差し置いてでも、CDを発売し、「握手会」を開催する、これがシーンにとっての使命になっている。これらを裏付けるように、4月29日に発売を予定していた=LOVEの7thシングルは、レコーディングはもちろんミュージックビデオからジャケット撮影まで、すでにファン側から見える楽曲制作のすべてを終えていながらも、発売延期を決定しており、グループが「握手会」によって成り立っていることを自白している。要は、現在のメジャーアイドルグループは「握手会」に存在理由のほぼすべてを支えられており、ネットが普及した現代社会のなかで倒錯を描くように、楽曲だけを提供する、という事態に自ら踏み込む、シーンの縮小に対する覚悟を持てないのだ。
一方で、5月13日発売予定のNMB48の23rdシングルはCD特典・「握手会」の代替案に「生電話会」なるものを告知しており、これはひとつの試金石になりそうだが、根底にある問題と向き合った結果生まれた策だとは到底おもえない。

仮に、AKB48から乃木坂46まで、今日のアイドルブームが人工的に捏造されたトレンドだとすれば、当然、それは自然現象によって回帰を強いられる。今、アイドルシーンは、本来あるべき場所へと帰還する、遠く離れた家郷への移動を開始したのではないか。そこから私が導く答えは、アイドル=グループアイドルといった概念の崩壊が訪れる未来よりももっと前の話題、これから近い将来、アイドルシーンは過去に語られた物語を寄す処とする、より郷愁を求める様相を見せることになるのではないか、といった「想像」である。冠番組の収録中止、コンサートの中止、握手会の延期によってシーンの先行きがまったく見えず、活力を失うのはアイドルを演じる少女だけではない。ファンもまた、シーンに向ける、自身の内に抱いた情熱を見失い、はじめて経験するアイドルとの隔離を前に、アイドルを応援する動機の不在を自覚し、シーンに無関心を投げつける結果になるはずだ。そのような事態が訪れた際に、残った数少ないファンが求めるのは、かがやかしい時代の思い出に浸れる偶像、つまり、グループの過去の証としてのみ活動するアイドルになるのではないか、と考える。
この「過去の証」が一体どのようなアイドルを指すのか、それは『寺田蘭世「センタ-」を検証する』の項においてあらためて語ることにする。

2020/04/11  楠木

 

 

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