AKB48 岡田奈々 評価

AKB48

岡田奈々(C)okada7_akb48_stu48/instagram

「三銃士さいごの生き残り」

岡田奈々、平成9年生、AKB48の第十四期生。13代目センターであり、「三銃士」の一人。
強いが故に生き残ってしまう……。他の多くのアイドルを末端的登場人物へと押しやる、並外れた覚悟の持ち主であり、現代アイドル=グループアイドルとして、そのひとつの完成形、成功モデルとよべる水準に到達した、風姿ある登場人物。岡田奈々は、AKB48という集合体から要求される信頼感を受け切ると同時に、AKBグループの矜持と良心を担う者である。アイドルを演じる少女たちが次から次へと晒す、どうしようもない、救う価値もない醜態に救いの手を差し伸べ、共感と友情を示すことのできる心をもっている。
特筆すべきは、真の共感や友情を示した対象でさえも、必要ならば躊躇なく斬り捨てる覚悟をもつ点だろう。将来を嘱望された仲間、ライバルたちが朝露のように消え去っていく光景を直視しなければならない世界で、また、日々新しい才能が誕生する世界で、自身はグループの最前線に立ち続けながら、倒れた才能と新しい才能、双方に変わらぬ笑顔を見せてしまえる、不気味な器を示している。小嶋真子の挫折、西野未姫、早坂つむぎの喪失など、上辺だけで切り抜けられない、グループアイドル特有の稚気、都会のまぶしい光りがつくる影を理解する者だけが持つ覚悟を岡田奈々というアイドルは示すのだ。その覚悟がドラマツルギーの徹底として、彼女にアイドルを演じきらせるのだろう。
この岡田奈々のアイデンティティーの明快さは、生田絵梨花を彷彿とさせる。ストイックという観点、つまり受動的なイメージが作るキャラクターへの徹底という意味では、生田とは真逆に位置し、独走態勢を固めるかもしれない。真面目キャラ、というのはやや陳腐で過剰なフィクションであったが、慇懃を重ねアイドルの表情を硬直させつつあった彼女を、アイドルとして両足で立たせるのに役立ったようである。それがどれだけ退屈でつまらないキャラクターであっても、ファンや作り手の輿望に従い、それを徹底して演じることができるならば、鑑賞者に、アイドルの素顔に到達した、と錯覚させることが可能になるのだ。日常を演じることへの徹底は、アイドルの幻想を打ち消すような少女の隠しきれない体臭や不気味さ、要するにリアリティを大きく揺さぶり、隠蔽してしまえるわけである。ファンは常にアイドルだけを眺めていられる。
けれど、小嶋真子卒業後の、より正確に云えば村山彩希との交流を重ねはじめた岡田奈々からは、アイドルに対するストイックさのようなものは霧散しており、むしろその正反対に位置するエピキュリアン然とした立ち居振る舞いが目立つ。結局、非凡なものを、ストイックに徹するほどの資質・覚悟を持ち合わせていなかっただけだ、と云ってしまえばそれまでなのだが、彼女の横顔に「中庸」を見るのは、このストイックとエピキュリアンのあいだを行き交いした痕跡=記憶があり、それがイメージとして映し出されるからだろう。

また、このアイドルはとびきりに運が良い。小嶋真子を取り巻く全体主義的な期待感に対するアンチ・テーゼとして、この岡田奈々が機能したことは、その境遇は、格別な幸運と呼ぶべきだろう。岡田奈々自身「三銃士」というグループの未来を担う”希望”の一員であり、同世代のアイドルたちと比較してもきわめて恵まれた境遇の持ち主であったが、小嶋真子という圧倒的な存在の前にあっては岡田奈々ですら”不遇”と映ったのである。このレ・ミゼラブル的な、あるいはオリバー・ツイスト的な”不遇評点”を彼女が獲得した事実は看過できない。なんと言っても、アイドルファンは”不遇”という物語に弱いのだ。デビュー直後に幸運な境遇に置かれながらも”不遇”なアイドルとして扱われた幸運、生来のバイプレイヤーでありながら主人公と扱われる幸運こそ、岡田がトップアイドルに必要不可欠な”強運”の持ち主であるということの証になるだろう。

 

総合評価 63点

アイドルとして活力を与える人物

(評価内訳)

ビジュアル 13点 ライブ表現 15点

演劇表現 13点 バラエティ 8点

情動感染 14点

AKB48 活動期間 2012年~

   

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